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2009年1月 3日 (土曜日)

下駄の町 福山市松永

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 朝の福山城。
 今日は福山市の南部にある港町,鞆町(鞆の浦)を訪問してみようと思っていたが,鞆町に行くバスの経路や時刻をWebで調べていたところ,気が変わった。昨年公開された映画,崖の上のポニョポニョの何とかの舞台が鞆町になっていて,観光地として人気になっていることがわかったためだ(今頃になって知った)。
 古く落ち着いた町並みが,にわか人気で浮かれている雰囲気を見るのは哀しいので,鞆を訪問するのは後の機会にすることにして,今日はさらに西に移動する。

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 福山から山陽本線の電車に乗り,二つ目の松永駅で下車する。
 松永は現在広島県福山市に属しているが,昭和の大合併前は松永市だったところだ。昨年秋のNHKアーカイブス「新日本紀行ふたたび」において,『秋 げたの町で』というタイトルで紹介されたことで気になっていたのだ。番組では,川に沿った松永の町と下駄工場で下駄を仕上げる職人たちを紹介していた。

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 松永駅南口前。
 生産量は激減したとはいえ,生産量日本一の下駄の町ではあるが,元々は遠浅の海を利用した塩田の町として栄えたところだという。現在の市街地は北口側に広がっているが,塩田や下駄の生産で栄えた昔ながらの家並みは南口側の羽原川沿いにある。

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 羽原川の最下流にある相生島橋から上流側を見る。海岸にある貯木場から,この羽原川や縦横に張り巡らされた水路を使って松永の町に材木が運ばれたそうだ。タイミングが悪く,干潮の時間帯だった。

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 材木を運ぶための水路のほとんどは埋められてしまったそうだ。ここは水路の名残かもしれない。

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 柳津町の家並み。

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 潮崎神社。

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 金光教松永教会のある路地。

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 2階部分の造りが興味深い建物。

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 明神自治会集会所付近から北側を見る。

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 羽原川に沿った松永町の元々のメインストリート。

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 羽原川の下流側,潮崎神社方を見る。

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 羽原川は貯木場としても利用されている。

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 家屋が密集していたメインストリートにも,歯抜けになったところが増えているようだ。

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 松永の家並みの中程に架かる橋。

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 木造三階建ての見事な建物が残っている。

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 橋の袂にある祠。

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 祠は町の人に大切にされているようだ。

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 延谷屋橋交差点。

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 観音堂に続く路地。

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 観音堂に続く石段。

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 羽原川の下流方向を見る。あちこちで鷺が獲物を狙っている。

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 羽原川の上流側を見る。

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 山の上に見えるのは承天寺。

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 本荘神社。

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 上之町集会所付近。
 通りすがりのおばちゃんたちに,「綺麗に撮ってよ!」と声を掛けられたりする。

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 松永町の東端付近。

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 本荘神社の幟が見える。

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 羽原川端の祠。

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 松永駅に戻る途中…

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 松永駅が見えてきた。

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 松永駅で,山陽本線の下り電車に乗り込む。

 ── Nikon D3 + AF-S NIKKOR 24-120mm F3.5-5.6G or Canon PowerShot G7

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コメント

見知らぬ町をぶらりと歩いて迷わず駅までたどりつくのですか? 私なら元来、方向音痴ですので丹念に地図で下調べでもして歩かないと道に迷って無駄に時間を過ごしておろおろしかねないところです。(いつも時間ない旅しかしたことがないのもありまして)
先ほどNHKで男女の脳の使い方が違うという番組の中、そのひとつに男性は空間を使い、歩くが女性は目印を見つけて歩くということでした。

投稿: べる まっちす | 2009年1月13日 (火曜日) 00時20分

 幸い方向音痴じゃないみたいです。迷路のようならせん階段を,ぐるぐると上り下りしても,だいたいどっちの方向を向いているかはわかります。

 それに,最近はiPhoneを持ち歩いてますので,GPSで現在位置を表示してくれるGoogleマップを見れば,カーナビ見てるようなもんですから,もう絶対に迷うことはないですね。

 そういえば,「話を聞かない男,地図が読めない女」って本がありましたね。

投稿: 三日画師 | 2009年1月13日 (火曜日) 01時01分

写真を見ると、東側の「羽原川」周辺を撮られているようですが、「松永町」の西方面、北部の「今津町」方面、東の「今伊勢宮」方面も取材をされては如何ですか。また更に「旧松永」の面影が出てくると思いますよ。但し、可成り福山市のベッドタウンとして住宅開発が行われているようですから昔の名残が消えて行っているかも知れません。塩田跡の「入川」の傍に大きな「金比羅灯籠」が立っているのもどうなっているか。また、あちこちに「共同井戸」がありましたが、それもどうなっているか。気になるところです。

投稿: | 2009年2月22日 (日曜日) 13時04分

 コメントありがとうございます。

 松永付近の地図をチェックしたときに,旧松永市を構成した松永町,今津町,柳津村の集落が気になりました。いずれも歩いてみたいところでしたが,歩く距離にも限界があり,羽原川沿いの松永町を選択した次第です。

 駅の北側の今津町は,国道2号線が拡幅され,全般的に近代になって整備された(個人的にはあまり魅力を感じない)街並みではないかと,地図を見て判断しました。

 が,コメントをいただいてから,地図をよく見てみると,松永町は山陰本線の北側にも存在することに気付きました。今津町四丁目から松永町二丁目付近には,私の大好きな鍵曲りも残っており,機会があればぜひ訪問してみたいです。

投稿: 三日画師 | 2009年2月22日 (日曜日) 18時48分

松永はかつて歩き回った町です。ここは昔年、塩田による「製塩」、あぶら木による「下駄」生産、沼隈半島での藺草生産による「畳表」で栄えた町で「松永市」になったこともあります。しかし、これらの製品はすべて時代の変化と推移によって消えて行き、今はその頃の「入川」が残り、「下駄博物館」が出来、かろうじて畳表が「備後表」として残っているくらいの町になりました。歩き回ってみると町のそこかしこにその頃の面影が残っていましたが、福山市の一隅になってどのような変化をして行くのか興味を引くところです。

投稿: 清和源氏 | 2009年7月21日 (火曜日) 13時21分

 いろいろ情報をありがとうございます。松永は畳表の生産量も多かったんですか。知りませんでした。

 そういえば,小中学校の社会科の授業では,岡山県(松永は広島県ですが)はい草の一大生産地と習った記憶があります。現在では,い草の生産は熊本を中心とする九州に移ってしまったようですね。

投稿: 三日画師 | 2009年7月21日 (火曜日) 22時33分

今津町を通っている旧山陽道は国道2号線の北側にあり、古い寺社が並んでいるし、本陣、脇本陣もあり、忘れられた町並みが残っています。ぶらぶらと一回歩いてみて写真を撮られたらと思います。掲載されている写真の地域は「本庄重政」が開いた塩田地区で、上に紹介した旧街道から「沼隈半島」に行く途中の「松永地区」です。本来の街道筋は「今津本陣」界隈でしょうね。また、この街道を東に行けば、今は一寸忘れられた「今伊勢宮」があり、古墳も二・三あります。

投稿: 源龍人 | 2010年7月29日 (木曜日) 08時05分

 機会があれば今津町も歩いてみたいと思います。

投稿: 三日画師 | 2010年7月29日 (木曜日) 10時09分

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