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2008年9月 6日 (土曜日)

昔,雪村という絵師あり

 フェルメール展の案内をきっかけにして,古い「マウリッツハイス王立美術館展」のパンフレットを引っ張り出してながめているうちに,他の展覧会のパンフレットや展示品カタログを(引っ越し時のままの段ボールから)次から次に引っ張り出すハメになった。
 高価な展示品カタログ等は買わないことの方が多かったので,手元にそれがあるということは,当時,よほど気に入った展覧会だったのだろう。見に行ったときの記憶が徐々に甦ってくる。

 そんなわけで,今日9月6日土曜日も部屋に籠もってのんびり過ごし,過去の展覧会についての記事を書いてみる。

 今回紹介するのは,ひねくれ者の自分らしく水墨画の雪村である。
 雪村は戦国時代の画僧で,関東や南東北を転々とし,晩年は80歳代で亡くなるまで福島県の三春(私が生まれ育った町である)で過ごしたと言われる。磐越東線三春駅の近くには,晩年を過ごした雪村庵があり,竹林と桜の古木に囲まれた一軒家と田んぼという,のどかな風景が現在も残っている。

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 2002年1月26日〜3月3日に千葉市美術館で開催された,「戦国時代のスーパー・エキセントリック 雪村展」の展示品カタログの表紙である。
 表紙の絵は『琴高・群仙 [きんこう・ぐんせん] The Daoist Immortal Qingao and His Disciples』の一部。琴高という仙人が巨大な鯉にまたがり,荒馬に乗るカウボーイのように,鯉のヒゲをつかんで暴れる鯉を乗り回している。なんともユーモラスでエスプリに富んでおり,この展覧会が「スーパー・エキセントリック」と名付けられたことを象徴するような絵だ。今から400年以上も前の戦国時代に,このように自由で奔放な絵を描いてしまうのだから凄い。

 と,ここまで読んで勘違いをされている方もいらっしゃるかと思うので,念を押すと,この絵を描いたのは雪村(せっそん)であり,水墨画家として神格化されている雪舟(せっしゅう)ではない。「雪」の字が共通していることから,雪舟・雪村とひとくくりにされてしまうこともあるようだが,生きた年代がほとんど重ならないこと,雪村が(当時の文化の中心)京都で絵を学んだという記録がないことなどから,雪村は雪舟の絵を見る機会もなく,ド田舎だった東国で独特の絵を作り上げていったというのが定説になっている。

 当時のほとんどの画家が京都周辺で活動し,権力者をパトロンにして絵を描いていたため,戦乱によってほとんどの絵が失われてしまったのに対して,雪村が都を遠く離れた東国に住み,権力者以外の名もない人に対してもたくさんの絵を描いたことから,雪村の絵は現在まで驚くほどたくさん残っているというのも面白い(主要な絵が海外に流出しているというのは日本人として情けないが)。

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 『呂洞賓 [りょどうひん] The Daoist Immortal Lu Dongbin』の一部。
 呂洞賓という仙人が役人の身分を棄てて庶民の中に身を投じ,ついには仙人になったというストーリーを描いたものだという。
 龍の頭に立ち,手に持った壺から出た煙が上空で龍になりかけている。雪村は同じストーリーの絵を何枚も描いており,呂洞賓に何か共感するものを感じていたのかもしれない。

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 『蝦蟇・鉄拐 [がま・てっかい] Xiama and Tieguai』の一部。
 右側が鉄拐仙人。二幅からなる絵で,さらに左側には蝦蟇仙人が描かれている。この写真には写っていないが,この蝦蟇仙人の気色の悪い笑顔が面白い。鉄拐仙人がフューっと息を吹くと,小さな分身が飛び出る。まるで孫悟空じゃないか。左側では蝦蟇仙人が操るガマガエルがマネをして息をぴゅーっと吹いている。
 蝦蟇仙人と鉄拐仙人というテーマは京ではよく知られていたようで,その情報を雪村が妄想的に膨らませて描いたものだと言われる。

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 『列子御風 [れっしぎょふう] Liezi Riding the Wind』の一部。
 列子仙人が風に乗って飛んでいる。『琴高・群仙』といい『呂洞賓』といい,雪村の風の表現は見事というほかない。

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 『竹林七賢酔舞 The Seven Sages of the Bamboo Grove』の一部。
 水墨画の定番,竹林の七賢の絵である。竹林の七賢と言えば,俗世間を逃れ,老荘思想に基づいて自由に哲学的問答を交わす賢人たちだが,こんなに自由で楽しそうで良いのだろうか……。禅問答ではなく酒を交わし,みんな酔っぱらい,奥の竹まで踊り出しているではないか。

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 『花鳥(梅・柳・鷺・燕・鯉)White Herons in Plum and Willow』の鯉と鷺の部分の拡大。
 まあ花鳥画の典型的題材。雪村独特の波の表現の中を泳ぐ鯉のひょうきんな目玉を見たら,そりゃ雪村に恋したくなるのも当然だろ,と思う。

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 『竹・菊に蟷螂 [かまきり] Praying Mantis with Bamboo and Chrysanthemum』の一部。
 小さな虫を追って飛んでいるカマキリ。飛んだまま虫を捕らえようというのだろうか。このタイミングのカマキリを描こうとしたところが,いかにも雪村らしい。
 カタログにも書いてあるが,輪郭線で描いた白い菊の花と,淡いトーンで塗られた輪郭のない葉っぱ,そして濃い墨でくっきりと描かれた竹と竹の葉の表現の使い分けがすばらしい。

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 晩年の作品『野菜(瓜・茄子・棗) Vegetables (Melons, Eggplants and Jujubes)』の一部。
 その日食べたものを描いたのだろうか。瓜のくるくるっとしたツルと葉のリズムが,戦国時代の絵としては実にモダンだ,と私は思う(他の画家の絵をあまり見てないので断定はできないけど)。

 雪村は,正直なところほとんど世間には知られていない。雪舟のように,「涙で描いたネズミが動き出した」というような伝説もない。「雪村」と書いても,「ゆきむら?」と読まれてしまうことが多い程度の認知度かもしれない。戦国時代(室町時代),芸術の中心だった京都から遠く離れた東国(蝦夷)を転々としていたのだから,知られていないのも仕方がない。
 しかし,今から400年以上も前に,このようなエキセントリックな面白い絵を描いていた画家が居たということを,少しでも多くの人に知ってもらいたいと思う。

 また,彼の晩年の安住の地が三春だったということを,実は三春の人はもっと誇りに思っても良いのではないだろうかと,思い続けている。
(昭和の市町村合併時に雪村庵のある西田地区は郡山市になってしまったが……)

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コメント

横須賀のしんべえです。
三日画師さんは、絵にも詳しいんですね。雪村という画家は知りませんでしたが、調べてみたら先月まで上野の美術館で「対決−巨匠たちの日本美術」展というのをやってたようです。雪舟対雪村は主要な対決の一つになってて、asahi.comの挿絵も「がま てっかい」に見入る人たちです。三日画師さんは見に行きましたか?

投稿: しんべえ | 2008年9月16日 (火曜日) 03時04分

 しんべえさん,情報ありがとうございます。

 上野の国立博物館で,そのような展覧会が開かれていたことは知りませんでした。Webで検索してみたら,なかなか盛況だったみたいですね。でも,8月17日までだったんですね。

 歌麿 vs 写楽,鉄斎 vs 大観,永徳 vs 等伯 etc.に混じって,雪舟 vs 雪村が設定されていて,本当に大胆な展覧会ですね。展覧会の感想をブログに書いている方もたくさんいらっしゃって,読ませていただくと,「雪村の方が良かった」という感想もチラホラ……。いや,なんだか自分のことのように嬉しいです。

投稿: 三日画師 | 2008年9月16日 (火曜日) 12時56分

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