土電後免線 北浦ごめんなはり
土佐電鉄の伊野線,後免線を乗り継ぎ,後免町(高知県南国市)を目指す。
後免町駅から土佐くろしお鉄道阿佐線(ごめん・なはり線)に初乗車するつもりで,周辺の地図を見るため「御免町(ごめんまち) マップ」でGoogle検索したら,私が生まれ育った福島県三春町の地図が最初に引っかかって,ちょっと笑ってしまった。三春にも御免町(ごめんまち)という地名があって,そこの福聚寺の枝垂れ桜が見事だったり,副住職が芥川賞作家でもある玄侑宗久だったりするのだ。まさか土佐まで来て「三春」の地図を検索するとは思わなかった。
蛇足だが,南国市が後免町,三春町は御免町である。

文珠通電停。伊野から乗った電車は文珠通止まりだったので,ここで後続の電車に乗り換えることになる。

文珠通で乗り換えた領石通行きの電車は,不思議にガラガラだった。領石通電停はどんなところだろうと,運転席横の座席で外を見ていたところ,北浦電停の手前が写真のようにちょっと惹かれる雰囲気だったので,北浦電停で下車してみることにする。
北浦という名前から,ひょっとしたら港のような風景を期待したのだが,ちょっとした川が横を流れているものの,両側がコンクリート護岸の味気ない川であり期待外れだった。ただ,川岸が堤状に高くなっていて,電車を俯瞰気味に撮影できそうなので,しばらく残って電車を撮影する。





北浦電停を通過する電車を何本か撮影した後,電停の緑色のペイント上で,横を走る車に怯えながら後免町行きの電車を待つ。

後免中町電停で下車する。土佐電鉄後免線開業当時にはここが終点だったらしい。

後免中町電停横の路地を入る。

重厚な建物が目立つ。

水量の豊富な水路があり,路地の分岐に合わせて水流も分岐している。農業用水だろうか。

後免町の目抜き通りに達する。

目抜き通りから路地を振り返る。

下田屋呉服店。

後免町の目抜き通り(と思われる)。


目抜き通りの東側(後免東町電停側)でカーブしている。




ここにも水路があり,しかもこの位置で分岐している。

南国市のメインストリートとしては,ちょっと寂しい。周囲にはスーパーマーケットが多く立地しており,商店街はそちらに客を奪われてしまっているようだ。






東町交差点を見ると,ちょうど電車が通過するところだった。

後免東町電停付近を走る鏡川橋行きの電車。

高知,鏡川橋電停に向けて電車が走り去る。

終点の後免町電停。左奥の高架駅が,土佐くろしお鉄道阿佐線(ごめん・なはり線)の後免町駅である。
土佐電鉄後免町電停の横に,内閣総理大臣吉田茂書の「安藝線電化開通記念碑」が立っている。ここ土佐電鉄後免町電停にこの碑が残っているのは,後免町を通る鉄道の複雑な経緯を物語っている。
戦前には既に後免町から安芸までの鉄道が開業し,戦後すぐ(1949年)には記念碑記載の通り電化までされていたのだった。電車は土佐電鉄後免線に乗り入れ,一部の列車は国鉄土讃線にも乗り入れていたという。郊外電車が市内の軌道線に乗り入れるという形態は,現在のLRTの考え方に近く,間違いなく先進的なものだった。それが,やはりモータリゼーションの波にのまれ,1974年に廃止されてしまった。
土佐電鉄安芸線の廃止には,国鉄阿佐線計画も影響している。国鉄阿佐線というのは,高知県南国市の後免駅と徳島県牟岐町の牟岐線牟岐駅を,室戸(室戸岬)経由で結ぶという壮大な計画で,路線の一部に廃止された安芸線の用地も使用することになっていた。
しかし,一度経営が厳しくて廃止された区間の鉄道を作り直して,赤字に悩む国鉄が列車を走らせても採算が取れるはずもなく,バブリーな高架橋があちこちに作られた状態で工事が凍結されたのだった。国鉄再建のために,立派な高架橋が作りかけの状態で残っている風景は全国にあり,特に珍しいものではない。
土佐くろしお鉄道阿佐線(ごめん・なはり線:後免−奈半利)の不思議はその後も続く。
1980年後半から2000年は,採算の取れないローカル線がどんどん廃止になる時代だった。そんな時代に,採算が取れるはずもない路線計画が,まさか実現することになるとは思わなかった,というのが大多数の感想だろう。なんと,高知県が第三セクター土佐くろしお鉄道をつくり,同様の未成線だった宿毛線(中村−宿毛)だけでなく,阿佐線(後免−奈半利)も工事を再開し,2002年に鉄道を復活してしまったのだった。
未電化とはいえ鉄道が復活し,高架線上をディーゼルカーが走る姿を感慨深く思った人も多いことだろう。
しまった……。鉄道の話が脱線してしまった。

土佐電鉄後免町電停を出た電車が,急なS字カーブを曲がる。車体の先端部にはオーバーハングがあり,レールから大きく外れているように見える。


土佐くろしお鉄道阿佐線の後免町駅の高架ホームから,土佐電鉄後免町電停を見る。西日が当たった赤い電車(コカコーラのラッピング電車)が美しく光る。

土佐くろしお鉄道阿佐線後免町駅ホームに下りディーゼルカーが入ってきた。
この後免町駅を,「ごめん→ありがとう」の連想から,ありがとう駅という愛称で呼ぼうとする運動があるようだが,個人的にはちょっと気持ちが悪い。

ホームで上り列車を待つ。後免町駅から後免駅まで,一駅だけだが列車に乗ってみようと思う。
ごめんまち駅ではなく,ありがとう駅と呼ぼうという運動であるが,なぜかイメージキャラクター(写真の駅名板参照)は「ごめんまちこさん」なのだ。「ごめんまち」ではなく「ありがとう」と呼ぼうというシンボルが「ごめんまちこさん」というのは,違和感が大きすぎやしないだろうか。

後免駅に到着。この駅にも何やらキャラクターが設定されているらしいが……暴言になるので以降は省略。
今晩も高知市内に宿を取ろうと思ったのだが,Webの予約サイトではなぜかどこも満室だ。明日は何か催し物でもあるのだろうか。休日のビジネスホテルが満室というのは,よほど大がかりなイベントに違いない。
そういえば,最近数年間でも,博多どんたくや山形の花笠まつりの日だということを知らずに,その日の宿の予約が取れず焦ったことがあった。大がかりなイベントや祭には興味がないので(人混みが好きじゃないのだ),いつどこで何が行われるのかには無関心だったが,宿が取れなくて焦るのは趣味じゃないので,もう少し知識を得ておいた方が良さそうだ(と日記には書いておこう(c)龍角散)。

というわけで,高知市内ではなく,近くの南国市内に宿を確保。ついでに,南国市内から近い高知空港から羽田までの明日の航空券もゲット。明後日になればUターンラッシュも始まるので,とりあえず明日の切符が取れたのは収穫だったかも。
南国バイパス(国道55号線)沿いにあるホテルへ。近くの山を削った住宅地に驚く。

ホテルの隣は田んぼ。夜は久しぶりにカエルの合唱を満喫した。
── Nikon D3 + AF-S NIKKOR 24-120mm F3.5-5.6G
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コメント
これはなかなか渋い町並み、イカス電車たちではありませんか。
堂々とした家屋の錆具合なんかほれぼれしてしまいますね。
これは写さずにはいられない風景でしたでしょう。
味のあるエントリ、楽しませていただきました。
投稿: osa | 2008年5月10日 (土曜日) 23時12分
そうですね,電車も町並みも魅力的でした。
高知県って,なんとなくですけど,独立した国のような独特の雰囲気があるような気がして,面白いです。四国の他の3県が本州との間に橋を作って,県内よりも県外の方を意識しているような感じがするから,なおさら高知が独特に見えるのかもしれませんけど。
投稿: 三日画師 | 2008年5月10日 (土曜日) 23時46分