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2007年1月 1日 (月曜日)

江戸時代の家並みが残る有松

 名鉄豊橋駅から急行列車と各駅停車を乗り継いで,江戸時代の家並みが残る東海道の宿場町,有松の町を歩いてみることにする。

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 名鉄豊橋駅で急行列車に乗り込む。転換クロスシートは,名鉄の古いタイプの電車に多く使われている。

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 有松駅(名古屋市緑区)には急行が停車しないので,手前の前後(ぜんご)駅で各駅停車に乗り換える。地図を見ると,なぜ家屋が疎らな前後駅に急行が停車し,家屋が集中している有松駅に停車しないのか,理解に苦しむところだが,地図からはわからない理由が何かあるのだろう。

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 有松駅の北側には大きな商業施設ができている。

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 立派な跨線橋から名鉄の電車を見下ろす。有松の街並みを散策する観光客向けの案内板があちこちに見られる。

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 名鉄有松の東側の旧東海道。早くからバイパス道ができていたためだろう,旧東海道の両側には江戸時代からの家並みが残っている。

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 有松という地名との関係はわからないが,町には松の木も多い。

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 道が緩やかにカーブしていて心地良い。

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 見事としか言い様がない。

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 ここからは有松駅の西側になる。

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 有松では江戸時代に大火を経験しており,その後耐火建築として瓦葺きの重厚な建築物が多く建てられたのだという。これだけ古い家並みが残っているのは,やはり凄い。

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 街並みの西側では巨大な高架道路の工事が進んでいる。高速道路だろうか。

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 それにしても大規模な工事である。

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 意外なほど神社仏閣が少ない有松では随一の有松天満宮。歩いて参拝する人よりも車で駆けつける人が多く,天満宮前の狭い道路が渋滞していた。

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 大火に備えた耐火建築(ダジャレも少し入っている)として見ると,立派な卯建や漆喰塗り込め造り,土蔵造りが多い理由がよくわかる。

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 どういう理由でこのような不思議な電柱ができてしまったのだろう。

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 町を歩いているうちに,あっという間に時間が経ってしまい,周囲が薄暗くなってきた。幸いなことに駅前のショッピングセンターは元旦から営業しているようなので,ゆっくり遅い昼飯を食うことにする。

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 今日の宿は名古屋駅に隣接したビジネスホテル。部屋の窓からは名古屋名物(?)の「大名古屋ビルヂング」が見えた。

【使用したカメラ】
・PENTAX K10D + smc PENTAX-DA18-55mm F3.5-5.6 AL
・Canon IXY DIGITAL 800IS

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コメント

はじめまして。たらこと申します。

私は地元の人間ですが、こちらは天満社となっているような気がするんです・・・

すぐ近くにまた別に天満宮があるんですよ。。。

僭越ながらそれだけ申し上げたかったので、駄文失礼しました><

投稿: たらこ | 2013年1月 1日 (火曜日) 22時18分

 コメントありがとうございます。地元の方からの詳細情報は嬉しいです。

 天満社ですが,踏切を渡ったところの写真に写っている石鳥居の額束に「天満宮」,東海道から天満宮への入口に「文章嶺天満宮」と彫られた石柱が立っており,どちらもかなり古いもののように思いましたので「天満宮」としました。

 ただ,その額束が天満宮になっている鳥居の前の幟(作られて数年の,かなり新しいものと思われます)は,「文章嶺天満社」となっているように読めますので,「天満社」というのが現在の現地の方の呼称なんでしょうね。ちょっと面白い話ですね。

〔写真の拡大〕
・額束は「天満宮」,幟は「天満社」
http://www.flickr.com/photos/mikkagashi/8349528814/
・石柱は「文章嶺天満宮」
http://www.flickr.com/photos/mikkagashi/8349528840/

投稿: 三日画師 | 2013年1月 5日 (土曜日) 19時57分

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