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2005年10月16日 (日曜日)

栃木県烏山 ── 龍門の滝

 晴れの天気を求め栃木県に来たのだが,残念ながら昼近くなっても分厚い雲が取れない。天気予報は「朝方まで雨が残るが,日中は回復して晴れ」だったが,昨日とは逆に悪い方に外れてしまったようだ。まぁ,天気に文句を言っても仕方がないので,予定通り烏山線に乗って龍門の滝を見に行くことにする。

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 宇都宮から東北本線に乗り,二つめの宝積寺駅で烏山線のディーゼルカーに乗り換える。烏山線の列車をわずか二駅先の宇都宮駅まで走らせれば格段に便利になるのだが,乗客は不便な乗り換えを強いられている。東北本線の宇都宮以北の列車本数は少なく,烏山線の列車はさらに少ない。烏山線の列車が宇都宮まで乗り入れることを阻むものは何なのだろうか。

 宝積寺から乗った烏山線のディーゼルカーには,大きな三脚を抱えた,いかにも「鉄ちゃん」風の乗客が多かった。車窓から見た沿線にも,カメラを構えた人達がちらほら。イベント列車での混雑があまり好みではないので,なんだか悪い予感がする……。この週末は各地で鉄道記念日がらみのイベント列車が走るため,イベントとはあまり縁がなさそうな烏山線を選んだのだったが,ひょっとしたらハズしたかもしれない。
 途中の大金駅ですれ違った対向列車は,いわゆるトロッコ列車風の開放的な車両だった。この列車が烏山線を走るため,鉄道ファンが集まっているようだった。

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 終点烏山駅のひとつ手前の滝駅で下車する。この駅のすぐ近くに,駅名の元となった龍門の滝がある。烏山線を紹介する記事があると,この龍門の滝の上を走るディーゼルカーの写真が必ずと言っていいほど掲載される。有名撮影ポイントである。
 イベント列車は走り去ったので,撮影ポイントに鉄ちゃんがあふれていないことを期待しつつ,龍門の滝を目指す。

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 駅から滝に向かって歩いていくと,ちょうど滝の上に出る。国土地理院の地形図を見て,滝の下,左岸から撮影しようと思っていたが,滝の上から見る限りでは右岸のほうが滝の正面になり,見物台もあるようだ。歩いてきた道を引き返して右岸へ渡ることにする。

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 烏山で折り返してきた列車を撮影する。雨天が続いたためか滝の流量が多く,水しぶきも凄い。

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 最初のポイントで撮影し続けるとずぶ濡れになりそうなので,少し下流側から撮影してみる。
 やってきたディーゼルカーはイベント列車だった。カメラを構えていた人も少なく,まさかイベント列車が戻ってくるとは思わなかった。どちらかというと,いつも走っている列車をそのまま撮影するのが好みなので,ちょっとがっかり……。イベント列車を楽しみにしている鉄道ファンの人には,わかってもらえそうにない心情かもしれない(もちろん自分も鉄道ファンのひとりだと思ってはいるのだが)。
 30分ぐらい待って烏山で折り返してくる列車も同じイベント列車になるので,撮影ポイントを変えることにする。

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 滝駅の西側,田んぼの中の築堤を走る区間へ。

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 列車が江川にかかる鉄橋を渡る。龍門の滝の上流とは思えないほど小さな鉄橋である。

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 宝積寺からの普通列車が築堤を下ってくる。

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 小さな鉄橋だが,流量は意外に豊かだ。列車を待っている間,カルガモの親子(5,6匹いただろうか)が上流に向かって必死に泳いでいった。

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 列車は築堤の上で速度を緩める。築堤の先には滝駅がある。

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 烏山駅で折り返してきた列車が滝駅に入ってくる。駅の周辺にはリンゴ畑が広がっている。

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 列車に乗り込む。

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 宇都宮から湘南新宿ライナーに乗って新宿へ(写真は蕨付近の高層アパート群。その昔,東北本線で上京するときには,列車がこのあたりを通過するときに「やっと東京に着いた」と感じたものである)。
 途中の古河駅付近を走行中,電車が急停車した。地震だった。横を見上げると,新幹線の架線がまだ揺れていた。震源は茨城県南部。古河はほぼ震源地だった。

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コメント

電車も景色もじっくりと見回すと
こんなにも絵になる景色があるもんなんだね、
感心していつも拝見していますよ。

日本は良いところばかりに思えます。(笑)

投稿: もこ | 2005年10月26日 (水曜日) 11時20分

 もこさん,いつも見ていただいてありがとうございます。
 日本は良いところばかりですから,そう思えても不思議ではないです。

#もちろん,日本以外が良くないというわけではないです。

投稿: 三日画師 | 2005年10月29日 (土曜日) 11時20分

いやあ、
何だろう、
最初ここを見たときから
感じるものがありましたね。

結局は写真は撮る人の感性なんだよね。

ここに寄ると
何か形にしたいって気になるのよね。
写真のクラブでも作って欲しいわ。

投稿: もこ | 2005年10月29日 (土曜日) 11時25分

 一般的な写真好きの人が好むとは思えない私の写真に関心を持っていただけるなんて……,ひょっとしたら感性に似ているところがあるのかもしれませんね。

 「主題を際立たせる」「花や風景の綺麗なところだけをうまく切り取る」「広角レンズを使うときには一歩前へ」等々,写真好きの人が説明する撮り方が私は好きじゃないんです。「主題は決めない」「綺麗じゃないところも写し込む」「広角レンズは一歩下がって(周囲も写し込む)」というのが私の基本です。日常的に目に入ってくるものを,そのまま写した写真が私の理想です。

 つい先日まで,ドナルド・キーンの『果てしなく美しい日本』(講談社学術文庫)という日本文化論(日本の風景ではなく日本文化について論じていて,「果てしなく美しい日本文化」という内容になっています)を読んでいたのですが,その学術文庫版の序文に,写真に関する面白い文章を見つけました。一部をメモしていたので,下に引用します。ドナルド・キーンが言うところの「日常的なふつうの日本の生活を示す」写真が,私が撮りたい写真に近いのかもしれません。

──『果てしなく美しい日本』(講談社学術文庫)の序文より──
 本に多数の写真を使うことになったので,私の最初の仕事のひとつは,編集者が集めた膨大な写真を検討することだった。とりかかってみると,日本人と外国人の写真家によるそれらの作品を見るのは楽しい仕事だったが,私は彼らの主題にひとつの共通点があることに次第に気づくようになった。外国人写真家は染めた布を京都の白河の流れで洗う光景や,刺青を入れた男たちや,祭りのために着飾った子供たちの写真を,みな飽きもせず撮っているようだった。一方,日本人の写真家たちは,霞のかかった山々など,自然の光景を好んだ。ほとんど誰一人として(日本人も外国人も),お寺の中にいる人々や,日本の台所や,オフィスや,教室の様子を撮影した者はいなかった。そのような場面は絵にならないと思われていることはあきらかだったが,私の考えでは,日常的なふつうの日本の生活を示すためには不可欠なものだった。間違いなく,それは京都の三条大橋にたたずむ芸者のありふれた写真より,はるかによく同時代の日本を表現するように思われた。

投稿: 三日画師 | 2005年10月30日 (日曜日) 01時59分

日常を撮る意味を三日画師さんが
意識されて撮ってるのかもしれないけれど、

ですから映し出されてる写真も良いけれど

写真はその撮り手を反映してるものでもあるわけで

写真の後ろにいる
三日画師さんそのものの生き方

面白さを感じてるってことでもあると
思うのですよね。

もしも三日画師さんが
感じるものを見る側にゆだねて撮ってるとしたらそれもまた凄いと思います。

まさしく
沢山の写真から何かを感じてる自分がいます。

投稿: もこ | 2005年10月31日 (月曜日) 10時36分

 写真を撮っているときには,実は何も考えてないかもしれません。
 撮った後で,あれこれ屁理屈を考えたというの正直なところです。ありがちな言い方をすれば「感じるがままに撮っている」ってところでしょうか。かっこ悪いから言いませんけど……。
 それにしても,もこさん,ちょっとほめすぎですって。

投稿: 三日画師 | 2005年11月 3日 (木曜日) 00時23分

褒めてるつもりは無いけど、
それこそ思うまま感想を書いてるんだけど、
やはり
行った先を撮ってるだけ、
でも
行ってる先は自分が選択してるよね。

都会の人ごみも
少し都会を離れた郡部も
良い写真だなってやっぱ
素直に感じるわね

投稿: もこ | 2005年11月 4日 (金曜日) 11時03分

 もこさん,コメントありがとうございます。
 「行き先」は自分で選択していますよ。でも,東北地方を旅しようと思って東京駅へ行ったものの,みどりの窓口の長い行列を見たら,思わず在来線の東海道本線に乗っていた……という「行き先」変更もしばしばですから,強い意図を持って「行き先」を決めてるわけじゃないです。

 どこにレンズを向けて,どのタイミングでシャッターを押すのかも自分で選択しています。もちろんです。でも,「これをこう撮るんだ」とか「こういう写真をどうしても撮りたい」という強い気持ちは無いんですよねぇ。というか,むしろ「何かを撮るために必死になる」ことが好きじゃないんですよ。なんだかカリカリしているように感じられちゃって。

投稿: 三日画師 | 2005年11月 6日 (日曜日) 02時21分

三日画師さんは
そうやって気ままに自分を撮ってるのかな・・。

もしも自分を撮り続けているのだとしたら
これは人生をかけた素晴らしい趣味だということになりますね。(笑)

ところで私のデジカメは光学3倍ズームなんですが
これを光学12倍ズームにすることでも
写真の世界は広がりますか?

http://nomoko.exblog.jp/
http://moko66.at.webry.info/

投稿: もこ | 2005年11月 6日 (日曜日) 09時30分

 「自分を撮る」ですか……。面白いですね。
 ふと「撮りたい」と思った写真ばかりを大量に並べると,そこに自分自身が浮かび上がってくるということですね。そうすると,そんな写真ばかりを公開している私は,自分でも気づいていないような自分自身を世間にさらしていることになって,ちょっと恐ろしいような気がしないでもないです。

 写真の世界には「ズームレンズを使うと写真がヘタになる」「ズームレンズを使わずに足を使え」というような迷信めいた話もありますし,中には単焦点レンズ至上主義のような方もいらっしゃいますが,私は「高倍率ズームレンズで写真の世界は広がる」と思っています(光学12倍ズームは使ったことがありませんが)。

 構図を決めるために「足を使え」と言われても,撮影ポジションを変えた時点で構図が変わりますから,ズームレンズじゃないと撮れない構図が確実に存在します。それだけでも高倍率ズームレンズを使う理由になるんじゃないでしょうか。

 ただ,カメラの大きさが大きくなることによって撮れなくなる(撮りにくくなる)場面も多くなると思いますので,一台の高倍率ズームデジカメがあればオールマイティだということはないと思われます。

 蛇足ですが,私は一眼レフデジカメに24mmの単焦点レンズを付けていることも多いです。単純に135フィルムで35mm前後の焦点距離が好きなのと,ズームレンズよりも小さくて軽いですから。

投稿: 三日画師 | 2005年11月 6日 (日曜日) 23時52分

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