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2005年6月 5日 (日曜日)

甘酸っぱい思い出の代々木八幡

 先週は体調を崩して2日も会社を休んでしまい(そのため,もう一つのブログ「かすかだり」の記事が増えた),昨日の土曜日は自重して自宅でゆっくりしたが,今日はぶらぶらと出かけることにした。出かけると言っても,遠出する元気はない。とりあえず小田急線の電車に乗り,各駅停車の中でひと眠りした後で目が覚めた代々木八幡駅で下車した。
 遠い遠い遠い昔,学生時代に付き合っていた女性と初めて逢った日に待ち合わせしたのが,この代々木八幡駅だった。自称「高校生みたいに見える」大学生だったが,改札口にはどう見ても中学生に見える女の子しかいなくて,目の前を通り過ぎてしまい,待ち合わせ時間が過ぎてもしばらく隣で待ち続けたことを思い出す。ためらいがちに声をかけた私,驚いたようにふり向く彼女…。あぁ,青春だなぁ。

 真綿色したシクラメンほど
 清しいものはない
 出逢いのときの君のようです
 ためらいがちにかけた言葉に
 驚いたようにふりむく君に
 季節が頬をそめて過ぎて行きました
   ──シクラメンのかほり 作詞:小椋 佳──

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 代々木八幡駅構内の跨線橋の上から電車を見下ろす。代々木八幡駅構内は小田急線内で最もきついカーブになっていて,通過列車にも時速45kmの速度制限がある。福知山線の事故の後,新聞や雑誌に首都圏のJRや私鉄の急カーブ一覧が載っていたが,ここは首都圏でも有数の急カーブであるらしい。
 電車はフランジをキィキィ鳴らして通り過ぎる。

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 駅の外にも跨線橋があり,そこから線路を見下ろす。開かずの踏切を解消するために設けられた跨線橋だと思われるが,通勤ラッシュ時間以外は踏切が開いている時間も長く,跨線橋を利用する人はほとんどいない。

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 跨線橋のさらに上を山手通りの陸橋がオーバークロスしている。陸橋の袂には緑が残り,目を楽しませてくれる。

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 山手通り。山手通りの拡幅工事,および首都高速中央環状線の工事が行われている。

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 山手通りと井の頭通りが交わる富ヶ谷の交差点から新宿方面を見る。古くからの住宅地にも新たな建築ラッシュが押し寄せている感じだ。

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 代々木八幡駅に戻ってきて,踏切待ちしてみる。
 警報器が鳴り,遮断機が下りる。人の流れが止まり,その前を電車が通り過ぎる。遮断機が上がると一斉に人々が歩き出す……。心にゆとりさえ持っていれば,踏切には街の鼓動を生み出す力があるように感じる。開かずの踏切は確かに困るが,そうでなければ毛嫌いするだけの存在ではないように思う。

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 代々木八幡駅の改札口前。

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 駅前の商店街を歩いてみる。

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「春の小川」の文字が見える。童謡「春の小川」の歌詞は代々木八幡周辺を流れていた川の情景を,国文学者の高野辰之がうたったものである。
 壁面にも書かれている高野辰之の詩は次の通りである。

 春の小川は
   さらさら流る
 岸のすみれや
   れんげの花に
 にほひめでたく
   色うつくしく
 咲けよ咲けよと
   ささやく如く

 小学校の時に習った歌詞と異なっている。教科書に載せる際に,小学生にもわかりやすい現代の口語に直したのだろうが,このように美しい元歌を変えてしまって良かったのだろうか。

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 古い商店があった。店頭に路上駐車している車がじゃまだったため,車が立ち去るのをしばらく待ったが,川崎ナンバーのこの車の持ち主は戻らなかった。せめてカッコ良い絵になる車だったら良かったのだが…。

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 路地裏では,小さな芸術家たちが壁のカンバスに向かって作品創作中だった。

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 靴職人の店。

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コメント

三日画師様
春の小川はさらさら行くよ、、ではなかったんですか?
そうでしたか、勉強になりました。
ところで、代々木八幡というのは八幡神社でもあったのでしょうか?
それにしても地方に住む者から見ると、写真に写るだけを見ても
都市圏の公共事業?の多さが目に付きますネ。小○首○の「地方の人々も痛みを分かち合って」っていうのも説得力に今一つ欠けるような。
地方に住む者のひがみかな?
蛇足ながら体調には十分ご留意を。

投稿: 伊達屋酔 | 2005年6月 6日 (月曜日) 23時21分

 私も今回代々木八幡を歩いて,「春の小川」の本当の歌詞を初めて知りました。耳になじんだ童謡が,文部省(当時)による改作(改悪)だというのは,ちょっと驚きです。元の歌詞が美しいだけに,残念でなりません。

 「代々木八幡」の由来となった代々木八幡宮がすぐ近くにあります。と言っても,地図で見ただけですけど。

 確かに都会の公共事業は多いんですけど,人口当たりの金額は地方よりもずっと少ないんですよ。それだけ都会には人がひしめいているってことですね。でも,公共事業が行われるたびに住みにくくなるんじゃ,何のための公共事業かわからないですね。
 小泉首相の説明不足は,もう無茶苦茶で酷いです。説得力に欠ける,どころか,説得しようとする気すら見られません。手術が必要な患者が「手術は怖い」と訴えているのに,医者が「手術は必要だから絶対にやります」としか言わないのでは,患者の不安はいつまでたっても消えませんよねぇ。

投稿: 三日画師 | 2005年6月 8日 (水曜日) 01時58分

久し振りです。るげしー改め、夢想人です。最近の天気に体調崩し気味で・・。シクラメンのかほり・・懐かしいです。布施明バージョンと小椋佳バージョン、違いは解かりませんが、聞こえないなりに聞き取れる音と画面に流れる歌詞を追って聴いていました。歯科技工科に在学していたときに出会った彼女との思い出は今でも心の片隅にあります。ある歌手と漢字違いの同姓同名で、その歌手の大ファンだった僕は舞い上がったものです。デートしたり、文通したりした時間は僕にとっては楽しく、またかけがえのない時でした。ちょいと感傷に浸ってしまいました。さて、小泉首相のいう改革ですが、口で言うは易し行なうは難しの典型でしょうか?官僚と政治家が密着していれば公務員の改革は難しいのではないでしょうか?本来ならば立法で国民の生活を守るべき立場にある政治家が行政の官僚側に立ってしまっている現状では改革は絵に描いた餅で終わると思いますね。介護保険にしても保険料を徴収される真面目な国民が多数を占める一方で制度の抜け道を熟知して一銭も払わない元官僚もいるとか(週刊誌で報道された事が事実ならば)。あの某ラジオ放送買収騒ぎに絡んだといわれるM氏も元官僚で自分が関わった制度に熟知していたためその抜け道を利用したとか・・と」いう報道もありました。多くの官僚は真面目に働いていると思いたいですが、国や国民や領土を守るべき立場にある政治家や官僚がこれではこれから日本はどうなるのでしょう?

投稿: るげしー改メ夢想人 | 2005年7月 3日 (日曜日) 15時52分

るげしー改メ夢想人さん,お久しぶりです。
 お互い若くないですし,カラダには気をつけていきましょう。
 若い頃のことを思い出すと,感傷的になってしまいますね。若気の至りというか,恥ずかしい思い出も数知れないけど……。
 政治家の問題は,結局はそれを選んだのは我々国民だというところに行き着くように思います。厚顔無恥な悪徳政治家も,投票する人がいるから霞ヶ関に集まってきてしまうわけですし。

投稿: 三日画師 | 2005年7月 4日 (月曜日) 03時37分

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