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2005年4月24日 (日曜日)

里山の残る小野路町を歩く

 今日は町田市の北部,里山の風景が残る小野路(おのじ)町を歩くことにする。
 福島県の三春町から関東に出てきたばかりの頃,地図を見ていて「小野路町」という字面が,三春と同じ田村郡にある「小野新町(おのにいまち)」に似ていて思わず目がとまった。それが気になって訪ねてみたところ,その美しい街並みや周囲の里山に魅了されてしまい,それからはのんびりした風景を見たくなったときにはこのあたりを歩くことにしている。

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 多摩ニュータウンの南端にある南野地区が出発点。ここから北にはきれいに区画された多摩ニュータウンが広がっている。

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 そこから南は急に幅員が狭くなった下り坂になっている。坂の下にはニュータウンの開発からのがれた町田市小野路町がある。

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 緑の多い急坂を下ると小野路町だ。先日のブログでは,町田の中心に広い道路ができて,将来的には多摩センターからモノレールが延びてくる予定だという話を書いたが,多摩センターのモノレールをそのまま延ばすと,この小野路町の上をモノレールが通ることになる。

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 坂の途中から横道に逸れると,そこには鬱蒼とした木々の間を縫うような小道が続く。

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 今日は快晴。紫外線の多そうな太陽光も,木々に囲まれた小道では気持ちの良い木漏れ日となる。

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 おっと,小道が三つに分岐している。左側から,緑が深く日当たりが悪そうな道,最も順調そうで高いところを通る道,太陽の光がさんさんと降り注ぎそうな明るい道,とりあえず全部歩いてみたいところだが,そういうわけにもいかない。なんとなく最も左側の道を選んでみた。

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 意外にも明るいところに出た。

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 畑に植えられているのは青ネギだろうか。田舎育ちの私にとっては原風景のような小道となった。

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 雑木林が広がる。ところどころで椎茸を作っているのを見かけた。昔は炭を作ったりもしたのだろう。

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 緑のトンネルが続く。あちらこちらでウグイスが鳴いている。

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 見事な幽霊(ゴースト)も出た。

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 鳥のさえずりと風の音しか聞こえなかったところに爆音が轟いた。オフロードバイクだった。次から次へ,6,7台はいただろうか。なんとも無粋な行為である。彼らは立派なヘルメットをかぶっていて気にならないだろうが,小道はしばらくホコリまみれになった。鳥もいなくなってしまった。
 それにしても,以前も書いたが,自由気ままに走ることが好きなはずのバイク乗り達は,なぜ群れたがるのだろうか。集団で走ったら,自分の思うがままに走ることができるというバイクの魅力が半減すると思うのだが……。

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 トンネルを抜けたところで,歩いてきた道を振り返る。三方向に分岐している。歩いてきたのは真ん中の道だが,さて,こちらから歩いていくとしたら,どの道を選ぶだろうか。想像すると面白い。

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 規則正しく並んだ切り株は桑の木である。実家のある三春町にも桑の木が多かったが,このあたりでも養蚕──三春の言葉では「カイコ様」。豊かな生糸を作ってくれる蚕(カイコ)は「様」を付けて呼んだのだ──を行っていた(いる?)のだろう。

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 懐かしいネギ坊主。

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 坂をどんどん下ると,ちょうど「小野路」のバス停となる。

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 小野路のバス停から南側は,道路の幅が狭いままの区間が残っている。車のすれ違いもままならない。小野路町は古くから栄えた町のため伝統的な建築物もあり,道路の拡幅が進まなかったのだろう。

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 狭い通りをバスも通る。当然他の車とすれ違うことはできないため,はるか彼方に対向車を見つけると,すれ違いのできる場所で対向車を待つことになる。特に整理員も信号機もない状態で,それなりにうまく通行できているところが面白い。

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 この小野路町宿でも,道路の拡幅工事のためのセットバック,立ち退きが始まったようである。小野路町の事情では拡幅は無理ということで,近くにバイパスでも通すのかと思っていたから,ちょっと驚いた。以前は古い宿場町の名残がそこかしこに残っていたのだが,それがどんどん失われているようだ。

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 小野路町宿の集落の中程にある中宿のバス停。バス停の横だけは道幅が広がっている。

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 南の鶴川側から多摩センター行きのバスが宿の集落に入ってきた。このあたりは昔の宿場町の雰囲気を残している。
 とはいえ,この近くには「煙草屋」という名前の古い酒屋さんがあって,店頭には見事な杉玉(酒林)がぶら下がっていて感激ものだったのだが,そこはすっかり更地になってしまっていた。

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 見事な塀は,新撰組ゆかりの小島家(現在は小島記念館)。ツツジが綺麗だ。

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 ここの道路が拡幅されるのだ。ちょっと信じられない。

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 ソメイヨシノは葉桜になったが,八重桜が満開である。薄紅色が綺麗だ。ソメイヨシノに比べて派手なためか人気のない八重桜だが,カメラマンの中にはソメイヨシノのような限りなく白っぽい花びらでも八重桜のようなピンク色に見せかけることに必死なひとも多い。

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 鶴川まであれこれよそ見しながら歩くことにする。交通量は多くなり,周辺には新しい住宅地が広がりつつあるが,まだまだ里山の風景が残っている。

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 鶴川まで歩くつもりだったが,2kmぐらい歩いたところで「小野路」交差点に到達。「小野路」の文字を見たら後ろ髪を引かれたような気がして,多摩センター行きのバスに乗り,今度は小野路の街並みをバスの中から見ることにする。ここを通らなければならないバスの運転手には,ストレスのたまりそうな通りである。

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コメント

三日画師様
小野路町いいですね〜。
自分の今の立場から矛盾してるかもしれませんが道路拡張反対です。どこもかしこも同じ顔の町になっていくような気がして。
道路は曲がっている物、曲がっているから飛ばせない、飛ばせないから安全。
まっすぐの道路・川そんなのおかしいですよね?
(アッ、かすかだってしまった)
三日画師様のほのぼのとしながらもクールなブログ楽しんでます。これからも気長に楽しませていただきます。

投稿: 橋元勝紀 | 2005年4月29日 (金曜日) 18時12分

橋元様,コメントありがとうございます。
何年ぶりかでノートパソコンを持たずに旅に出てしまったため,お礼が遅れました。

 会社は連休の真っ最中なのですが,仕事上でののっぴきならない理由のため,旅先から戻ってきました。5月5日にも(たぶん)出社しなければならず,今年のゴールデンウィークはあっという間に終わりそうな雲行きです。
(ゴールデンウィークはサラリーマンの特権なのに……)

 確かに,三春の中心商店街で道路拡幅反対を言い出すのは難しいでしょうね。でも,町の顔ばかりか,商店街の振興策まで,どこもかしこも同じになってしまいがち。幸いなことに三春には,違った顔になれるお面(張り子の?)がいくつかあるので,上手いかたちで使えたらいいですね。橋元様のような問題意識を持った若手(すでにベテランか?)商店主がいるのは三春の強みかも……ですね。影ながら期待してます。

投稿: 三日画師 | 2005年5月 2日 (月曜日) 21時52分

こんばんは。ある事情でパソコン開くのを休んでいました。道路拡張や「開発」の話ですが、確かに今はどこ行っても「金太郎飴」のように同じ顔、というか街並みが同じに見えてしまう所が非常に多いですね。ですから旅行などで行っても駅前などの中心街はあまり印象に残らないのかな?三春の「中心街」も道路拡張で空が広くなった、歩きやすくなった、などと感じる反面、昔の狭いながらも風情のあった町並みが懐かしくなるのは僕だけ?年に何回か会津の大内宿に行くのはそのせいかな?便利さのための開発もいいけど、昔の良さもちゃんと残して欲しいです。三春張子の話が出ましたけど、郷土資料館とかなどにあっても街中のメインストリートで見るというのはあまり無いような。というか、目立たない所に引っ込んでいるような感じうけるんですけど。画師さんの言うとおり、もっと前面に出したらいいと思います。どうせならギネス級のでっかい三春張子を.....なんちゃって。

投稿: るげしー | 2005年5月 2日 (月曜日) 23時57分

るげしーさん,コメントありがとうございます。
 駅前などの商店街の顔が同じようになってしまうのは,中心的な商店街は賃料が高いためか,結局全国展開しているようなチェーン店ばかりになってしまうことも理由のひとつじゃないかと考えています。いろいろ難しいですね。
 私も,三春町の中心は狭くてカギ曲がりが残っていた(特に荒町付近)ころが懐かしく感じています。磐州通りを造るのも良いけど,たとえば紫雲寺の山門が無くなってしまうのを防ぐことは出来なかったのか等,疑問を感じるところも多々あります。
 ただ,観光を中心とするのは難しいし,観光地化を目指してほしくないし,「巨大な三春駒」の類は恥ずかしいので絶対にやらないでほしいです。対案があるかと言えば,地道に,近くの農家が作った新鮮な農作物で商店街が一杯になるようにするところから始めるぐらいしか思いつかないんですけどね。

投稿: 三日画師 | 2005年5月 5日 (木曜日) 16時39分

こんばんは。今日はお仕事だったのでしょうか?でっかい三春張子または三春駒位は駅前にあってもいいのではないかと思います。というのは、さきのコメントでも述べたように、駅前に年間通じてアピールできる物が無い気がするからです。駅前にシンボルか何かあれば、「三春に来たんだ」と思える人が増えるだけでも良いのではないでしょうか?実際、駅舎を出て辺り見渡しても食堂とか土産物店とか売店とか何も無いですから。不便な気がします。というか、中心街までバス、タクシーで行かなければならないというのはどうもね。歩いてもいいけど、歳食った身では・・・。シャトルバス多ければいいけど、採算難しそうだし。車社会の弊害の一つでしょうかね。K書店やKケーキ屋とか、山の上の方に行っちゃって車が無いと行けないし。中心に残るか、駅前に移って欲しかった。長くなりました、このへんで。では。

投稿: るげしー | 2005年5月 5日 (木曜日) 22時50分

るげしーさん,コメントありがとうございます。
 5月5日の予定が一日延びたため,5日は出勤しなくて良いことになりました。でも,前日にそれが決まっても……という感じです。
「駅前に町のシンボルを設ける」というのは,町興しということで普通にマーケティング活動を行えば,たぶん間違っていない施策だとは思います。観光で町を訪れる人の多くは,確かにそういうシンボル的なものを求めているでしょう。それを否定したいのは,単なる私のへそ曲がりですから,あまり気になさらないでください。

 たとえばですが,三春駅近くの雪村庵の横に,「雪村庵」という目立つ文字と,漫画チックな(どちらかというと子供向け風の)雪村の大きな似顔絵が描かれた看板を立てたとすると,多くの人達は,雪村庵そのものではなく,その大きな看板をバックに記念写真を撮り,後々も,その写真を見ながら雪村庵を訪れたことを思い出すのが多数派だとは思っています。
 また,観光客が観光地で買う土産物の類も,その観光地のシンボル的なものであって,それがその土地で作られたものかどうかとは無関係だし(Made in KOREA,Made in HONG KONGも多いわけですし),買う人もそれを知りながら買っているのだということもわかります。

 でも,そういうもので三春が観光地として賑やかになったとしても,個人的にはちょっとつらいです。虚しいです。あくまで変わり者の考えですけど…

投稿: 三日画師 | 2005年5月 7日 (土曜日) 01時00分

いえいえ、こちらこそいつも返信ありがとうございます。三春出身であることに誇りを持っている者としての意見交換だと受け止めていますので気にしていません。三春は観光だけでなく、郡山のベッドタウンとしても発展(特に舞木などの西部辺り)しつつありますが、それに伴って色々な問題が出てきているのも事実です。何を目的としたのか解からない(または解かりにくい)『町村合併』(平成の大合併)などもあり、町全体が揺れたのもまた事実です
。田村郡内の4町1村が合併して「田村市」になりましたが、三春、小野は合併せず、未だに『田村郡』の名称を頭にかぶっているような状態です。(面白いのは両町とも旧郡の両端に位置してること、警察署も有していること。新市にはありません。)経済圏は郡山市に入るのだから将来は郡山市になるのでは?という話もあるのですが、どうなんでしょうね?生活や文化の面から言えば「三春」は三春としてずっとこのままでいて欲しいのですが・・・。

投稿: るげしー | 2005年5月 7日 (土曜日) 23時44分

 舞木・岩江地区の人口は増加し,旧町内は人口減少傾向ですよね。岩江小・中と三春小・中の生徒数は近年近づきつつあるようで,もう少しで追い抜かれるかもしれないそうですね。
 三春の旧町内はいわゆる人口集中地区(DID:総務省だったかの定義で,人口密度が高く,人口が5000人を越える地区)になっていて,福島県内の町村では珍しい町だったのですが,最近の国勢調査の結果では三春にDIDは存在しなくなっていますね(私が以前調べたときの記憶では,福島県内の町村では,本宮,保原,染川にはDIDがあります)。国土地理院の地形図でも,市街地(地形図上でハッチングされている地区)は明らかに縮小しています(大町の「まほら」周辺など)。
 小野と三春が田村市に加わらなかったことは,よくわかります。どちらの町にもメリットがないですから。小野町は小さな町ですけど,市街地は三春や船引と互角ですし,郡山市やいわき市から適度に離れているため,拠点性も高いです。
 三春が「合併しない」という選択肢を選んだことは支持していますが,郡山市との合併を選んだとしても(そういう選択肢は無かったのかもしれませんが)「三春」という地名が無くなるわけではないので,それはそれで良いのではないかと思っていました。

投稿: 三日画師 | 2005年5月10日 (火曜日) 02時28分

 おばんです。
 ○元○紀改め、伊達屋酔狂です。
 仕事柄5月に入ると「バタンキュー」の日々が続くので久々に拝見致しました。
 駅が遠い地域で育ち現在もその状況の中で生活してると駅前に云々 と言う発想が正直、恥ずかしながら浮かびませんでした。(汗;)
 そう言えば昔、三春駅から町中までの道路両側は桜並木だったような記憶があるんです。
 あの並木は いつ頃どうして無くなってしまったのかな〜。
 それなりの幹の太さの桜並木だったような。数十年を経て育った木々が駅から続くというのもりっぱな地元の顔かな?な〜んて思いますが、、、今となってはどうしようもないことですが。
 地元の歴史や風習などを横に置いて、手を加えた事によってメチャメチャになった事って多いような。(ほとんどかな?)
 いいのかな〜?
 ひょっとして日本全国似金太郎飴のような町になったりして。

投稿: 伊達屋酔狂 | 2005年5月23日 (月曜日) 19時41分

伊達屋酔狂さん,おばんです。ぴったりハマった名前ですね。お互い飲み過ぎには注意しましょう。
 三春駅から担橋の桜並木(道路の両側ではなくて,線路側だけでした)は,磐越東線との立体交差がらみで道路が拡幅されたときに切られてしまったと記憶しています。本当にもったいないことをしました。愚策だったと思います。
 三春駅の西側にも,そこそこ立派な桜並木がありましたけど,やはり道路の拡幅工事で寂しい状況になっていませんでしたっけ?
 桜の木は成長が早いので,新たに三春駅から町中までを桜並木にするという運動があっても遅くないと思います。

投稿: 三日画師 | 2005年5月24日 (火曜日) 00時44分

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