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2005年2月12日 (土曜日)

富士重工の企業城下町太田(群馬県)

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 伊勢崎から東武伊勢崎線で太田へ。伊勢崎と太田といえば富士重工の企業城下町として有名である。
 太田は中山道から分岐し日光へ続く例幣使街道の宿場町として発達した町である。有名な戦闘機を数多く作り出した中島飛行機が戦後解体し,自動車会社として再出発した富士重工とその関係の会社が周辺に集まっている。ちなみに,伊勢崎,太田に限らず,群馬県のこのあたりには中島飛行機関連の企業,工場が多い。

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 太田駅の高架化工事が進み,電車は高架線を走るようになった。地上には本格的な解体を待つ旧ホームが残っている。

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 太田駅の北口前に広がる商店街。例幣使街道が駅の北側に東西に伸び,町もそれに沿って発達したが,大型の商業施設が駅の南側に作られたこともあってか,北口側はちょっと寂れている印象である。ただ,北口側には富士重工の大きな工場があり,平日には工場で働く人たちで賑わうのかもしれない。

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 私の好きな鍵曲がりの道路。

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 伊勢崎に向かう電車の中からチラッとこの風景が見えたため,こうやって太田に戻ってくることになった。別にたいした風景ではないが,自分の記憶の中から出てきたような風景だったりする。

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 太田駅南口。北口に比べるとちょっと賑やかである。

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 南口から南に一直線にのびるのが南一番街商店街。駅の南側は近年区画整理された新しい町である。
 道路の幅は非常に(異常に?)広く,30mぐらいはあるだろうか。その半分は歩道になっていたり,写真のように駐車場になっていたりする。商店街とは言え,これだけ広いと左右の商店間に一体感はなく,閑散とした印象である。
 伊勢崎駅周辺の区画整理事業の完成予想図がちょうどこの南一番街のような外観になっているのだが,こんな閑散とした外観にすると本当に町は活性化するのだろうか。

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 南一番街の両側にはファサードを統一した建物が並んでいる。電線も地中化され,一見すると非常にすっきりした印象である。建物の古さを見ると,この通りは最近になって商店をセットバックして道幅を広げたのではなく,最初に設計した際に広い道幅と両脇の建物を設計したようである。
 ただ,一見すっきりした印象であるのだが,商店の多くが風俗店になってしまっていて,ちょっと複雑な印象になっている。

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 風俗店が集まる通りにしては,道幅が広すぎて,ちょっと間の抜けた感じがする。
 それにしても,なぜこのように風俗店が集まるようになったのだろうか。不思議である。狭い通りに不健康な感じで集まっていたほうが,それっぽくて良いと思うのだが。

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コメント

私も去年行きましたが、大田は強烈ですよね。言葉を選ばずに言えば、大田ちょっとイカレテいるという印象を持ちました。

北口のレトロ商店街と南口の風俗街。
北口は小泉同様、ブラジル系のお店もあります。北口唯一の高い建物である10階建てくらいのマンションはメンテナンスがされていないようでした。

市はおそらく税金を投じて南口の区画整理をしははずなのに、あんな風なモダンな風俗街になってしまって。
駅前駐車場は風俗街の客たちの車を止めるにはもってこいの位置にあります。

私は日曜の3時頃、デジカメを持って南口を2往復ぐらいしましたが、誰ひとりとしてすれ違いませんでした。

投稿: たくろう | 2010年5月10日 (月曜日) 21時07分

 太田の南口の風俗街は驚きですね。

 実は,ゴールデンウィークの後半は,群馬県南部〜栃木県南部をぶらついてきました。4日の晩には太田南口のビジネスホテルに泊まってます。

 夜になってから太田駅の南口に降り立ちましたが,人通りは結構多かったように思います。完全な「夜の街」ですね。

投稿: 三日画師 | 2010年5月10日 (月曜日) 21時22分

私も群馬県南部は栃木県南部けっこう足を運びました。下仁田、富岡、甘楽、伊勢崎、桐生、足利、佐野、館林、栃木など人口5万から10万ぐらいの街がずらっと並びますよね。

そのときは、関心がそういった小さい街に向かっていたせいで、三日画師さんが周られた、高崎と前橋は駅前周辺を歩いただけです。高崎、けっこうレトロな地区があるんですね。駅前のAPAに泊まって駅前を歩きましたが、ぜんぜん発見できませんでした。前橋は前橋駅から上毛電鉄の
中央前橋まで歩いただけです。

私がちょっと穴場だと思ったのは、東武佐野線の田沼、葛生(終点)、東武宇都宮線の壬生です。いずれも完全な田舎の駅です。レトロという感じではないのですが、古い町並みが何の観光化もされず、素のままで残っている町でした。

投稿: たくろう | 2010年5月11日 (火曜日) 20時31分

 高崎駅周辺は無味乾燥で,何だか残念な感じに仕上がってますね。計画的にそういう街づくりをしているんだとは思いますが……。

 実は,東武佐野線の葛生には行ってみようと思ってましたが,わたらせ渓谷鉄道どどっちにしようかと考えて,わたらせ渓谷鉄道を選んでしまいました。
 終点の間藤まで行って戻ってきただけですが,こんどは足尾の街を歩いてみたいと思いました。

 田沼,壬生は頭に入れておきますね。両毛線で通過したときに見ただけですが,足利の街は今度行って見ようと決心しました。

投稿: 三日画師 | 2010年5月11日 (火曜日) 21時34分

足尾に最初に行ったのは学生時代です。友達といっしょでしたが、間藤駅で降り、そのまま引き返してきました。列車がトンネル内で止まった記憶があります。2度目に行ったのは渡良瀬渓谷鉄道になってからで、このときも間藤で引き返しました。
3度目に行ったのは2年前です。間藤駅から奥のほうも、通洞駅、足尾駅周辺もさびれた雰囲気があり、その意味ではムード満点です。観光用の鉱山施設はちょっとちゃちいかなと思いました。

足尾には伝説の「赤い池」があります。鉱毒物質を山の上にポンプであげ、濾過している模様です。私の知る限り、ネット上では、廃墟マニアらしき人とどこかの研究チームのふたつだけが「赤い池」の写真を公開しています。「赤い池」は古川工業の所有地にあり、立ち入り禁止区域となっています。研究チームのほうは正式にこの池を見に行っています。

池は地図上ではわかりません(地図上でこの池が隠されているとも解釈できます)。グーグルマップでもヤフーマップでも中禅寺湖や草木湖は当然、水色で塗られているので、そこが湖であることがわかりますが、この赤い池はなぜかグーグルマップでは薄緑色、ヤフーマップでもさらに薄い「薄緑色」で表現されています。ヤフーマップのほうは地図全体が薄緑なので、普通にみてもそこが池であるとは誰もわかりません。グーグルのほうでは「何かある」とはわかりますが、池だとはわかりません。池が小さすぎるから、地図上に表わすことができないのではありません。ダムのような感じでそれなりに大きいものです。

しかし航空写真でははっきりとわかります。もしよろしければ時間があるときにでも、地図で通洞駅の北3キロぐらいに焦点を当て、航空写真に切り替えてみて下さい。そうすると、こげ茶っぽい赤茶色のエリアが現れます。そこが「赤い池」です。池の南側にはその池にいくための道路がジグザグに走っていることも確認できます。

私はそれで位置を割り出し、池に通じる道がどうやら通洞駅の近くにあると見当を付け、現地でそこに行ってみました。しかしその道を100メートルぐらい進むと鉄柵があり、そこには立ち入り禁止の標識があります。柵を越えて見つかった場合、警察への通報もありうるので、そこであきらめました。池はそこから30分ほど登ったところにあるようです。

観光協会の人に聞いてみると、もし地震で池の水が漏れるようなことがあったら、桐生辺りまで被害が出ると言っていました。

以上、ちょっとレアな足尾ネタでした。

投稿: たくろう | 2010年5月12日 (水曜日) 21時51分

 今は何かのツアーでわたらせ渓谷鉄道沿線のどこかが人気なんでしょうか。大間々駅からツアー客(じいさんばあさん)の大量乗車があって,車内が満員電車のようになってしまいました。
 ツアーの皆さんは神戸(ごうど)駅で下車していきましたが,何のツアーかもわからず,驚きました。

 赤い池ですけども,たぶん簀子橋(すのこばし)堆積場だと思います。Googleマップなどは人が住んでいないところは詳しくないので,ちゃんと載ってないものと思われます。私の実家の町なんかも,いまだに航空写真では拡大図が出てきません。

 国土地理院の地形図閲覧サービスを使うと,簀子橋堆積場がしっかり記述されています。鉱毒(煙害)の影響で,周辺の山が樹木のマークではなく,草地のマークになっているのが生々しいです(植生がわかるのも地形図の良いところですね)。

 赤い池……立入禁止で見ることができないとなると,よけいに見たくなりますね。

投稿: 三日画師 | 2010年5月12日 (水曜日) 22時41分

足尾に行かれたのですね。

赤い池、も気になりますが、直接訪問出来る場所で私がお薦めなのは、原向駅の北側から国道122号線を左に入り、銀山平方面に進む途中の渓谷一帯に広がる、足尾銅山旧小滝坑の施設や関連集落の跡地です。

道路沿いに「ここに小滝の里ありき」という銘を刻んだ、巨大な石柱が立っています。
(参考) http://syowavoxx.hp2.jp/2009/01/17/kotakinosato/

ジョン・フォード監督の名画「わが谷は緑なりき」を髣髴とさせる場所です。

投稿: もりあき | 2010年5月13日 (木曜日) 16時36分

 原向駅の北側ですか。地図を見ると,集落跡の地形だけが残って,自然に帰りつつある感じですね。

「わが谷は緑なりき」とは興味深いですね。ちょうど今年の初め頃だったかにBSで放映されているのを見ました。鉱山の街が非常に印象に残る映画ですね。

投稿: 三日画師 | 2010年5月13日 (木曜日) 21時31分

三日画師さん

私は東武の赤城駅で降り、大間々を歩き、わたらせ渓谷鉄道に乗りました。大間々は古い町並みが残っているという感じではありませんが、ところどころに古い家屋があります。メインの通りはややレトロ感があるといったところでしょうか。
わたらせ渓谷鉄道に沿った道路は日光へのルートとして車でも何度か通ったことがありますが、神戸駅周辺には大きな集落はなかった気がします。早朝、地元の人が駅の掃除をしていたのを覚えています。わたらせ渓谷鉄道は、ハイキングや温泉を楽しむツアーがありそうですね。

「赤い池」については国土地理院の地図で確認しました。
「樹木のマークではなく、草木のマーク」。
なるほど、地図を読むとはこういうことなんですね。目からうろこが落ちた感じです。


もりあきさん

足尾銅山旧小滝坑の紹介ありがとうございます。この地の存在は知っていましたが、足尾を訪問した際、時間的な関係で行けませんでした。というより、足尾の中心からそれほど遠い場所でもなかったのですが、間藤駅でレンタサイクルを借りたことが、そこに行かなかった理由かもしれません。旧小滝坑がどうやら山の中らしい(本当かどうかを知らないのですが)ということと間藤まで返しに行かなければならないということが頭の中にあったように思います。次回の機会にはチャレンジですね。


投稿: | 2010年5月13日 (木曜日) 22時21分

すみません、名前を忘れました。
上のコメントはたくろうです。

投稿: たくろう | 2010年5月13日 (木曜日) 22時30分

 ブログを書かずに時間ばかりが経ってしまってますが,実は,わたらせ渓谷鉄道で間藤まで行った帰りには,大間々で下車して,大間々の街並みを見ながら赤城駅まで歩き,そこからその日の宿を取った太田まで電車に乗るつもりでした。

 でも,ちょっと膝が痛くて,あまり歩きたくない気分だったのと,高架化工事で取り壊されることになっている伊勢崎駅の写真を撮っておこうと思って,大間々では下車せずに桐生まで乗り,伊勢崎〜太田と電車で移動しました。

 大間々は大きな町ではありませんが,地図を見ると煙突のマークもチラホラあって,私も一度歩いてみたいです。

 子供の頃から,本を読むよりも地図を見るのが好きで,地図を見ているとあっという間に時間が経ってしまいます。国土地理院の地形図にはずいぶん散財しましたが,最近は国土地理院のサイトで見られるので,嬉しくて時間がいくらあっても足りないぐらいです。

投稿: 三日画師 | 2010年5月13日 (木曜日) 23時42分

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