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2004年11月の11件の記事

2004年11月28日 (日曜日)

都電荒川線が走る街,大塚を歩く

 山手線と都電荒川線(王子電車)が交差する大塚は,昭和初期頃までは隣の池袋よりも繁華な街だったそうである。その繁華な大塚の街が今の大塚駅周辺(豊島区)なのか,文京区の大塚周辺なのか私は知らないが,東京でも有数の賑やかな街だったことは確かである。

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 山手線大塚駅の南口の前を走る都電荒川線の電車。

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 荒川線の電車は大塚駅の周辺をぐるりと迂回するかたちで回り込み,山手線の線路をくぐる。山手線のガード下に電停がある。このあたりに群がるハトの数は半端じゃない。

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 路面電車ではあるが,ほとんどの区間が専用軌道である。大塚駅周辺でも軌道はガードレールに囲まれていて,歩行者が軌道に入り込まないようになっている。合理的かもしれないが,あまり楽しくない。

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 大塚駅南口駅前一帯に広がる「さんもーる大塚」商店街。歩行者が少なく,ちょっと寂しい感じ。

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 大塚−東池袋間を走る荒川線の電車。このような専用軌道区間が多かったため,東京都内で唯一都電が生き残ることになった。

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 ビルの谷間の細い路地。ここも「さんもーる大塚」商店街である。

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 大塚駅南口で目立っている鳥居。ここが「さんもーる大塚」商店街の入り口となる。
 南口のバス停には錦糸町行きのバスが停まっていた。東京の中心部を横切ることになるが,どのあたりを走るのだろうか。無性に乗ってみたくなったが,今日は時間がなかったのであきらめることにする。

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 山手線のガード下に位置する大塚駅前電停。電車が到着するたびに人並みが出来る。ほとんどの電車が満員状態である。運行本数を今以上に増やすことができないのであれば,2両編成,3両編成での運行も行うべきだろうと思う。

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2004年11月26日 (金曜日)

土曜出勤日で外出できず……

 明日の土曜日は,一年に1,2回ある土曜出勤日である。会社と組合が協議して,他の月の飛び石連休等に土曜日の休みを振り分けて大型の連休にするため,土曜日が出勤日になってしまうのだ。
 飛び石連休に連続して休みたい人は(私もその一人だが)勝手に有給休暇を取るから,組合が頑張って連休を作らなくても良いのではないだろうか。まったく,土曜出勤日だけはカンベンしてほしいものである。個人的な話だが,最寄り駅までのバスが休日ダイヤになってしまうため,通勤に支障をきたすのだ。
 会社の最寄り駅からは土曜出勤日専用の臨時バスが用意されるため,会社や組合としては,「通勤に問題はない」との判断だと思われる。その程度の想像力しかない人達だから,その程度の配慮しかできないのだ。土曜出勤日を作るなら,通勤経路すべてに臨時バス,臨時列車を運行してくれ,と言いたいところである。

 と,ここで文句を書いていても仕方ないので,とりあえず,今から10年前,初めてデジタルカメラを買った頃に撮った写真をアップすることにする。初めて買ったデジカメは,リコーのDC-1という機種だった。これがなかなか良くできたデジカメで(値段も驚くほど高かったが),いつも持ち歩いてあれこれ撮影していたが,さすがに画質は時代を感じさせるレベルでしかない。

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 1995年9月撮影。大規模な工事真っ最中の小田急線相模大野駅の写真。仮設ホームが完成し,数週間前まで使用していた旧ホームを解体中。かなり手ぶれしている。

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 1995年11月撮影。大々的に売り出し中のWindows95。驚いたことに秋葉原駅の総武緩行線ホームの横でも販売していた。

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 同じく1995年11月撮影。電車の中がAppleの広告で一杯だった。Windows95発売に対抗した「Mac買いどきキャンペーン」の広告だった。

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2004年11月21日 (日曜日)

都会のローカル線,鶴見線乗り歩き

 快晴に恵まれた今日は,京浜工業地帯の臨海部を走る鶴見線を乗り歩くことにした。

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 鶴見駅。京浜東北線のホームや東海道本線の線路は地上にあるが,鶴見線だけは高架線になっている。
 日中の列車本数は少なく,鶴見駅からは海芝浦駅行き,扇町行きがそれぞれ1時間に1本の割合(土日休日の場合)で発車する。

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 扇町行きの電車に乗り,海芝浦方面への電車が分岐する浅野駅で下車する。ちなみに,この駅名は,明治のセメント王と呼ばれた浅野財閥の創設者,浅野総一郎に由来する。
 浅野駅周辺にはNKKなどの大規模な工場が広がっている。工場の中には,街の中や住宅街では見かけることのない,写真の被写体として面白そうなモノがゴロゴロしているのだが,工場の敷地内には入れない。たとえ入れたとしても写真撮影は不可ですから……,残念。

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 浅野駅に海芝浦からの電車が入ってきた。
 いつも他路線のお古の電車が走っている鶴見線にも,最近は新しい電車が投入されているが,どうやら今日は走っていないらしい。

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 待つことしばし,浅野駅に海芝浦行きの電車が入ってきた。扇町から鶴見方面への線路を横断するため,ゆっくりゆっくり車体をくねらせながらホームに入ってくる。
 路線が分岐する駅の中で,浅野駅のように構内が三角形になっていて,分岐後のカーブのところにホームがある駅は地方の私鉄でよく見かけるが,JRには珍しいように思う。

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 海芝浦駅到着。ホームの横は京浜運河である。駅の改札口を出ると,そこはそのまま東芝の工場構内になっているため,駅を出てぶらぶらすることはできない。

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 京浜運河の対岸には昭和シェル石油のタンクが並んでいる。

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 のどかな午後。海が見えるところにベンチでもあれば,ホームでしばらくのんびりするのも楽しいのだが,駅は実用一点張りに出来ている。

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 海芝浦駅は鉄チャン以外にも人気があるらしく,私の他にも家族連れがホームをぶらぶらしていた。そのまま写真に撮ると失礼かもしれないので,シルエットで撮影。

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 海芝浦駅で扇町までの切符を買って車内でウトウトしていたところ,乗換駅の浅野駅で下車するのをうっかり忘れ,鶴見駅まで戻ってしまった……。まったく情けない。
 鶴見駅で発車を待つ折り返しの電車を正面から撮影してみる。鶴見線の駅舎は,思いの外,立派な外観をしている。

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 鶴見駅から折り返しの電車は当然海芝浦駅。またもや浅野駅で下車して,扇町駅行きの電車を待つ。
 浅野駅をぶらぶらしていると,扇町発鶴見行きの電車が浅野駅に入ってきた。この電車が鶴見駅で折り返してくるのを待つことになる。

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 西日に光るススキの穂の中を,扇町行きの電車がやってきた。

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 工場群の中を走ると,あっという間に終点の扇町駅に到着。構内にはたくさんの貨車が並ぶ。

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 貨車に西日があたって美しい。

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 電車の側面に貨車の影が映る。空に月が出ているのだが,広角レンズなのでほとんど「点」にしか見えない。
 折り返しの鶴見行き電車は,仕事帰りの人達で賑やかだった。

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2004年11月20日 (土曜日)

亀戸の商店街を歩く

 亀戸天神で有名な亀戸の街を歩いた。

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 JR亀戸駅前。どこにでもある,ありふれた感じの駅前だ。どこでも見かける飲食店の巨大な看板だが,やっぱり無粋な感じがする。

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 JR亀戸駅の横を南北に貫く明治通りの両側に形成された,亀戸十三間通り商店街。亀戸のメインストリートである。

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 亀戸天神まで歩いてみようと思っていたが,どうやら菊祭りが行われているようである。見物客で混雑している光景が目に浮かび,それに巻き込まれたくなかったので,亀戸天神と逆の方向,亀戸十三間通り商店街の東側の路地に足が向いた。

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 亀戸中央通り商店街。商店街のすぐ裏側には古くからの住宅地が広がっている。地元密着型の活気ある商店街である。頼れる酒屋のオッちゃん,元気の良いおばちゃんがいる八百屋さん,いろいろな店が並ぶ。

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 自転車,オートバイ乗り入れ禁止。何もここまでたくさん立てなくても…と思ったら,公園の中にはたくさんの自転車が……。

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 踏切の警報器の音が聞こえたので近づいてみると,東武亀戸線の2両編成の亀戸行き電車がやってきた。

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 東武亀戸線の電車に乗るため駅前に戻る。もうすぐ日が暮れそう。この時期は日が傾くのが早い。

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 東武亀戸線の電車は2両編成のワンマンカーであり,亀戸と曳舟の間を往復している。

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 曳舟駅に到着した電車は,すぐに亀戸に引き返していった。ホームでは,小さな鉄道ファンが小さくなる電車を見送っていた。

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2004年11月16日 (火曜日)

廃止された鉄道の写真 その3

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 名鉄広見線富岡前付近を走る「いもむし」こと3400系電車。半流線型の美しい車体である。2002年8月,引退を目前にしたサヨナラ運転での走行シーン。

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 同じ2002年8月,犬山遊園駅で犬山モノレールと並ぶ3400系電車。この写真を撮ってから約1ヶ月後,2002年8月末に廃車となってしまった。

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 名鉄三河線矢作川鉄橋を渡るレールバス(LEカー)。2002年12月の撮影。
 架線柱が残っていることからわかるように,昔はここに名鉄の普通の電車が走っていたが,コスト削減のためにディーゼル機関のレールバスが走るようになり,そしてとうとう2004年3月末で三河線の両端(山側の猿投−西中金,海側の碧南−吉良吉田間)が廃止されてしまった。

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 少し矢作川鉄橋に近づいて撮影。これも2002年12月撮影。

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 三河旭駅の東側,矢作川鉄橋を渡り終えたレールバスが築堤を下ってきて,蜆川の小さな鉄橋を渡る。

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 松木島駅の東側,矢作古川の築堤を走るレールバス。2002年12月撮影。
 地図を見ると,三河線の碧南−吉良吉田間は沿線の人口密度はかなり高いと思われる。鉄道が廃止になってしまうのが不思議なほどである。

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 名鉄三河線の山側の廃止区間(猿投−西中金)の三河広瀬駅付近を走るレールバス。2003年2月の撮影。
 碧南−吉良吉田間と同様に,昔は電化されて電車が乗り入れていた。

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 矢作川に架かる鉄橋を渡り,三河広瀬駅を目指すレールバス。2003年2月撮影。海側と同じ2004年3月末で廃止された。

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2004年11月15日 (月曜日)

廃止された鉄道の写真 その2

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 名鉄揖斐線黒野駅で発車を待つ本揖斐行き電車(左側)。2001年2月撮影。
 真っ赤な車体が印象的な電車だったが,揖斐線の末端区間である黒野−本揖斐間と谷汲線は2001年9月末で廃止になってしまった。

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 長瀬−赤石間を走る名鉄谷汲線の電車。2001年2月撮影。

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 同じく2001年2月撮影の谷汲線谷汲駅。ひとつ上の写真と同じ日の撮影だが,この付近にはまだ雪が残っていた。
 谷汲駅は谷汲山華厳寺の最寄り駅になっていて,講が開かれる毎月18日にはたくさんの参拝客で賑わっていた。昆虫館を併設した新しい駅舎になったばかりだったが,あっけなく廃止されてしまった。


 谷汲線を撮影したビデオの画像をYouTubeにアップしてみた。当時は銀塩フィルム写真がメインだったので,DVカメラは三脚に付けて撮りっぱなしの手抜き画像である。

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 2001年5月撮影の長野電鉄木島線(河東線)木島駅の写真。2両編成になった元営団地下鉄日比谷線の車両がのんびり走っていたが,2002年3月末で廃止となった。

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 JR可部線三段峡駅の写真。2001年8月撮影。非電化区間だった可部−三段峡間は,渓谷に沿って走る車窓の美しい路線だったが,2003年11月末に廃止になってしまった。

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 小野田線本山支線のクモハ42。とても有名な車両だ。長門本山駅で2001年8月に撮影。
 たくさんのファンに惜しまれながら,2003年3月に引退した。

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2004年11月14日 (日曜日)

廃止された鉄道の写真 その1

 金曜日の夜から原因不明の腰痛がひどくなり,土曜日にはほとんど動けなくなってしまった。腰痛は久しぶりである。横になっても痛く,楽な姿勢が見つからないというつらい状況が続いたが,日曜日の夜になってやっと痛みが治まってきた。腰痛とは言え,内蔵系の疾患の予感もする。はっきり言って内蔵はボロボロである。十二指腸潰瘍をはじめとして,胃や食道にも炎症があるらしいし(先日の胃カメラで判明),肝臓や腎臓も健康診断では危ない数値が出ている。日頃の不摂生のたまものなのだが,本当に困ったものである。

 外出できなかったが,写真無しでBlogを続けるほどの文章は書けそうになく,代わりにデジカメで撮った古い写真をアップすることにする。
 古い写真と言っても,デジカメを使うようになってからの写真であり,歴史的な年代物の写真というわけではない。しかし,今からわずか5〜6年という短い期間でも,廃止されてしまった路線,車両が驚くほど多い。そのような,今から撮ろうと思っても撮れない鉄道の写真を選んでみた。

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 まずは1998年6月に撮影した向ヶ丘遊園のモノレールの写真。このモノレールは「ロッキード式」という珍しい形で,コンクリート製の軌道の上に敷いた金属製のレールの上を走るようになっていて,騒音がかなり大きな乗り物であった(詳しい説明は鉄道ファンの方のWebページを参照のこと)。
 2000年のはじめに運休して定期的な車両検査を行っている最中に大きな損傷が見つかり,そのまま運転を再開することなく廃止となってしまった。廃止前に「さよなら運転」のようなものが行われない,あっけない最後だったわけだが,賑やかでウソっぽいさよなら運転が無いさりげない最後のほうが,このモノレールには似合っているような気がする。

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 名鉄美濃町線の下有知駅付近の写真で1998年8月撮影。美濃町線の末端区間,新関〜美濃間は1999年の3月末に廃止された。この区間には道路の横を走るところが多く,線路と道路の境界がハッキリしないところがとても良い雰囲気だった。

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 1999年2月撮影の蒲原鉄道五泉駅。蒲原鉄道は,路線の大部分が1985年に廃止され,わずか4kmの五泉−村松間だけが奇跡的に残っていたが,1999年10月にとうとう廃止されてしまった。
 この当時,デジカメはまだまだサブカメラのさらにサブの位置付けだったため,まともな走行シーンの画像は銀塩フィルムにしか残っていない。

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 1999年2月,蒲原鉄道を撮影した翌日に立ち寄った新潟交通の東関屋駅の写真である。月潟−東関屋間が残っていたが,この写真を撮影してから2ヶ月後に廃止されてしまった。とても愛嬌のある形の電車が走っており,さらに通勤通学の時間帯には,小田急線の古い電車が小田急線当時の塗装のまま走っていて,なかなか楽しい路線だった。
 元々新潟交通の電車は,新潟市の中心街に近い白山前(県庁前)とJR弥彦線の燕駅を結んでいた。白山前と東関屋駅の間では道路の中央を走る併用区間だったが,そこが1992年に廃止になり,さらには月潟−燕間が廃止になった。つまりは両端の乗客の多い区間が廃止になってしまったことで,この鉄道の未来は決まってしまったようなものである。東関屋駅に大きなバスターミナルを設け,新潟の中心街へ向かう乗客はそこで電車からバスに乗り換えるようになったが,やはり不便であった。

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 2000年7月撮影の東急世田谷線の写真。戦前の玉電時代の車両も含めて,古い電車がたくさん走っていたが,ホームのかさ上げ工事と平行して新型車両への置き換えが進み,2001年3月までに旧型の車両は廃止された。
 現在,世田谷線はスマートなLRTとして生まれ変わっている。

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 松本電鉄新村駅の車庫にたたずむ元東急5000系(通称「カエル」)。2000年8月に引退記念運転が行われたときの写真である。[撮影許可を取って構内で撮影]
 元東急5000系電車は小型で高性能だったため地方の中小私鉄に向いていたらしく,ここ松本電鉄の他にも,長野電鉄,上田交通,福島交通,岳南鉄道,熊本電鉄など,全国の私鉄に払い下げられて活躍していた。とても美しい車両だったが,冷房の取り付け改造が難しいのがネックとなり,あっという間に廃車が進み,現在では熊本電鉄に残るのみとなった。冷房改装が難しいのがネックという割には,火の国熊本の車両が残るというのは皮肉なものである。

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 元東急5000系続きで,廃車後に長野電鉄須坂駅構内に放置される元東急5000系。2000年5月撮影。

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 岳南鉄道の元東急5000系電車。これも廃車になった後,比奈駅構内に放置されている。2002年10月撮影。

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 これが唯一現役で残っている元東急5000系電車。熊本電鉄の池田駅付近で2003年8月撮影。

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 本州最北端の私鉄,下北交通大畑線。2000年9月撮影。JR大湊線の下北駅と大畑駅を結んでいた。
 「みらい海峡ライン」という名前は夢となり,2001年3月に廃止された。

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2004年11月 7日 (日曜日)

東中野周辺を歩く

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 東中野駅の中野寄りの出口を出て,中央線の線路沿いに東へ歩く。

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 東中野駅のホームからもよく見える「ムーンロード」飲食店街。細い路地にたくさんの飲食店が並んでいる。「ムーンロード」という呼称の由来は何なのだろう。通りが弓なりに曲がっているのが三日月を連想させるからかもしれない。

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 24mm相当の広角レンズで撮影しても,こんな感じでヒキが取れないほど狭い路地である。それがまた良い雰囲気を出している。

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 中央線の快速線,緩行線とも列車の本数が多く,ひっきりなしに電車が行き来している。

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 こんな感じで路地が弓なりに曲がっている。楽しい店名が多い。

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 東中野駅周辺にはちょっとした商店街があるだけで,それ以外は静かな住宅地になっている。駅周辺にはビルも増え,住宅地にも高層マンションが増えつつある。

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 東中野駅の新宿寄りの出入り口。古い跨線橋からもわかるように,こちら側が本来の駅舎だったと思われるが,西側(中野寄り)の山手通りの地下に大江戸線が開通したことで,中心は西側に移ったようである。

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 東中野本通りは中央線で駅の北側と南側が完全に分断されており,車は古くからの商店街(写真右側の通り)の手前のこの交差点で中央線のガード下をくぐる通り(写真左側)に迂回する。

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 山手通り。高速道路(中央環状線)の建設工事真っ最中である。

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 中央線で分断された東中野本通りの駅の南側部分。「この先行き止まり」の看板が立っている。行き止まりの先が東中野駅になっている。駅前ロータリーも無く,駅前には交番があることもあってか,送迎の車はほとんど無い。

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2004年11月 6日 (土曜日)

日頃サボってるから休日出勤するハメに…

 最近遠出していないから今週末は関西にでも行こうかと考えていたが,日頃から仕事をさぼっているツケが回ってきて,旅行どころか,締め切りに間に合わせるために休日出勤せざるを得ないことになってしまった。

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 まずはJR藤沢駅前。ここでバスに乗り換える。
 この「魚つる」という魚屋は,一年365日毎朝ここでこうやって商品の積み卸しをしている。駅前なので交通量も多く,かなりの迷惑になっていると思うのだが,警察も取り締まる気配を見せない。

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 こんな感じで,堂に入ったものである。

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 藤沢駅前のこの一角には,以前は西武デパートがあったのだがつぶれてしまい,その後はしばらく駐車場になっていた。最近になってようやくビルが建てられつつあるが,商業施設ではない。駅前の一等地の使い方として,これはこれで良いのだろうか……。

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 仕事を適当なところで切り上げて,さっさと帰宅。
 小田急藤沢駅は混雑していた。この集団,この時期だから新入社員の集団でも無いだろうし,どういう集まりなのだろうか。改札口の前に集合していて,混雑する乗降客のジャマになっていた。

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2004年11月 3日 (水曜日)

楽天といえば錦糸町,というわけで…

 プロ野球界への新規参入が楽天に決まり,相変わらずファンの声を無視し続ける経営陣の体質(仙台では圧倒的にライブドアが支持されていた)や明らかなライブドア潰しの状況に,まったく納得できない気分とシラケた気分を感じつつ,「楽天」という言葉の響きから連想した錦糸町へ向かった。

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 錦糸町駅南口の駅前広場。近年はあれこれ工事が行われていたので,完成してすっきりした印象がある。

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 駅ビルは「テルミナ」。英語なら「ターミナル(終点)」なのだろうが,両国ならまだしも,錦糸町で「ターミナル」はちょっと連想しにくい。

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 ここが言わずと知れた楽天地ビル。錦糸町といえば楽天地,なのである。もちろん今話題の「楽天」とは無関係。
 この再開発ビル,元々は西武百貨店だったりするあたり,時の流れを感じさせる。

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 楽天地ビルにはたくさんの映画館やサウナが入っており,ビルの前も一日中人通りが絶えない。

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 駅をちょっと離れると,高層アパートが林立している。

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 この川は横十間川。墨田区を流れる川は,南北に流れるのが横十間川,大横川,東西に流れるのが竪(たて)川と,縦と横が北を上にした普通の地図の向きとは異なっているのが面白い。江戸城から見て,縦と横というふうに呼ばれるらしい。

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 西日がJR錦糸町駅に差し込む。夜になれば錦糸町の歓楽街も賑わうことだろう。
 錦糸町といえば,藤圭子(宇多田ヒカルの母上様である)の歌,「はしご酒(作詞:はぞのなな 作曲:赤坂通)」の一節が聞こえてくるような気がする。
 歌詞の最後のところは「寄ってらっしゃい,酔ってらっしゃい」かもしれない。

  人の情けがひとしずく
  しみて苦労を忘れ酒
  昔恋しい下町の
  夢が花咲く錦糸町
  よってらっしゃい
  よってらっしゃいお兄さん

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2004年11月 1日 (月曜日)

またもや淵野辺へ出張

 相模原市淵野辺の某所へ出張。
 先日のBlog で,淵野辺駅を利用するたくさんの若者はどういう人達なのか,ということを書いたが,その後地図を見て納得できた。淵野辺駅の周辺には青山学院大学の相模原キャンパス,麻布大学,國學院大学,そして少し離れて桜美林大学があるのだ。道理で若者が多いはずだ……

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 雨が降ったりやんだりする妙な天気。仕事が早めに終わり,淵野辺駅へ戻ってきたところ,強い雨がやんで晴れ間が出てきた。天気が良くなってくると,会社に戻って仕事をする気分にはならなくなる……。

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 綺麗に整備された淵野辺駅の南口。20年ぐらい前までの淵野辺駅周辺はとても辺鄙なところで,特にこの南口側には荒れ地が広がっていたが,最近は住宅地として大きく変貌している。

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 淵野辺駅から東口の商店街を見たところ。
 駅を出た若者達の流れは,商店街の方には向かわず,駅を出てすぐ東側に逸れてしまっている。

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