カテゴリー「・13 東京23区」の175件の記事

2017年6月 2日 (金曜日)

MacBook Pro を抱えて Apple Store 銀座へ

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MacBook Pro を抱えて Apple Store 銀座へ


 酷使していた MacBook Pro が突然動かなくなり,週末の休みを利用してアップルストア銀座の Genius Bar に持ち込んだ(詳細は別ブログの「MacBook Proのバッテリーが膨らむ(三日画師のかすかだり)」に書いた)。

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 東京に向かう電車の中で MacBook Pro の動作を再確認。うんともすんともいわない。こころなしかバッテリーの膨らみが増しているようだ。

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 有楽町駅の銀座口を出る。

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 アップルストア銀座へは有楽町イトシアの側から銀座西三丁目交差点に抜けるのが近道だが,東京都議会議員選挙を前にして中央口前の広場では何やら演説が行われて人だかりになっていたので,それを避けて有楽町マリオンの横から数寄屋橋側を回る。
 写真左の青空が見えているところに建っていたニュー・トーキョービル数寄屋橋本店ビルがなくなっている。ビアホールで有名なビルだったが,再開発事業のため2015年に閉店したとのことだ。

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 有楽町マリオン横の晴海通りの数寄屋橋バス停。

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 有楽町マリオン。西武有楽町店と有楽町阪急の二つの百貨店が入る不思議なビルだったが,現在は西武有楽町店が閉店し,代わりにルミネが入っている。

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 首都高の高架下の西銀座デパート。こういう街中に水着のポスターは下品だな……

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 晴海通りと外堀通りが交差する数寄屋橋交差点の銀座クリスタルビル。屋上に大きな不二家の看板があることで知られる。

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 数寄屋橋交差点のソニービル。ソニープラザやショールームがあったが,今年3月に閉館。まもなく解体される予定。

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 数寄屋橋交差点を渡る。

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 数寄屋橋交差点の南西側の一角には東急プラザ銀座がある。

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 銀座クリスタルビルの曲面状のファサードの1階部分にあるのがスキヤカメラのニコンハウス。並んでいる中古レンズに見入ってしまうと,うっかり財布が軽くなってしまうことがあるので注意が必要だ。

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 天賞堂本店の角に隠れて弓矢を射ようと狙っている天使が,背後からカメラを持った女性に狙われているのをオイラが撮影するという構図……

 天賞堂といえば時計・貴金属,そして鉄道模型の店。私が小学生の頃から(つまり50年近く前から),天賞堂の鉄道模型は他メーカに比べて圧倒的に精密で,圧倒的に高価であり,鉄道模型好きで知らない人はいない存在だった。
 もちろん私には天賞堂の製品が買える財力もなく,天賞堂の製品のベースになっているアダチ(安達製作所。天賞堂の製品の組立も行っているはず)のブラスキット(真鍮製のキット)を買って組み立てていた。D51とD50ではスパイクモデルのパーツを使って13mmゲージ化し,京成高砂のニワモケイのロストワックスパーツを使って,精密感でも天賞堂のモデルに追いつき追い越せと頑張っていた。

 ブラスキットは真鍮製のパーツをはんだ付けで組み立てる。パーツをはんだゴテで加熱してはんだを融かして組み立てるため,接着剤と違ってヘタに加熱すると先につけた部品を固定しているはんだが融けて取れてしまう。はんだ付けの技術のなさを補うため,低融点はんだと高融点のはんだを使うこともあった。そのときのはんだ付けの知識が,まさか仕事でスーパーコンピュータ・汎用超大型機の実装技術を開発したときに,はんだ接合に温度階層を使う技術(たしかIn-48Sn共晶はんだ融点117℃・Sn-38Pb共晶はんだ融点183℃・Au-20Sn共晶はんだ融点280℃を使った)につながるなんて思ってもみなかった。

 現在では天賞堂がプラスティック製の製品を出していたり,Nゲージの製品を出していて,時代の流れを感じる。Webページを見たら,HO 16.5mmのC62形蒸気機関車2号機(カンタム・システム搭載)が¥405,000円,NゲージC59形蒸気機関車161号機が¥120,000円だ。今も昔も天賞堂の製品は高嶺の花だね。

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 銀座四丁目の交差点。和光本館の前から銀座三越を見る。

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 銀座四丁目の交差点の銀座プレイスと銀座コア。その奥に話題の GINZA SIX がチラッと見える。閉館したソニービルのソニーストアやショールームは,ここ銀座プレイスに移って営業中。

 写真右は銀座三愛ビル(三愛ドリームセンター)。知る人ぞ知るリコー三愛グループのビルなので屋上にRICOHの広告塔があり,リコーのフォトギャラリーもある。昔はこの広告塔に三菱電機の三菱マークがついていて,昔のプロレス中継はネオンが光る銀座三愛の三菱マークの俯瞰映像で始まった記憶がある。プロレス中継のなかで,リング上を「風神」掃除機で掃除する生CMもあった。

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 中央通りを銀座三丁目交差点方向へ。

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 銀座三丁目交差点のアップルストア銀座。

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 アップルストア銀座の向かいは松屋銀座。中央通りと交差するのは松屋通り。

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 中央通りの銀座三丁目交差点。

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 アップルストア銀座の Genius Bar へ。

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 Genius Barで座って待つ。

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 MacBook Proのバッテリーが明らかに膨らんでいるので,あっという間に修理内容が決まり,修理を依頼してすぐにアップルストアを出る。

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 中央通りを北へ。シャネル銀座の前から銀座三丁目交差点を見る。

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 中央通りと銀座マロニエ通りが交差する銀座三丁目交差点。

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 銀座三丁目交差点のカルティエ銀座ブティックの前の宝くじ売場。宝くじだけ,なぜこのような売場があるのか,ちょっと不思議な気がする。

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 銀座三丁目交差点から松屋銀座を見る。松屋銀座の手前はルイ・ヴィトン松屋銀座店。

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 銀座マロニエ通り。マロニエというと洒落た印象になるが,日本語にすればトチノキである。葉っぱの形をみるとベニバナトチノキなので,厳密に言えばマロニエ(セイヨウトチノキ)ではないという主張もできそう。

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 銀座マロニエ通りから銀座三丁目交差点を振り返る。正面に見えるのはブルガリ銀座タワー。銀座三丁目交差点の四隅にはブルガリ,ルイ・ヴィトン,シャネル,カルティエが並んでいる。さすが銀座,オイラには縁のない店ばかりだ。

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 銀座マロニエ通りのデビアス銀座ビルティング。ゆるやかな曲面を描くステンレスの外壁が印象的なビルである。

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 銀座ガス灯通り。

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 銀座ガス灯通りのキャバレー「白いばら」。キャバクラなどとは違う,オーソドックスなキャバレーである。生バンドによる音楽ショーやダンスショーがあったり,ダンスフロアがあって踊れたり。昔はたくさんあったキャバレーもずいぶん少なくなった(ひょっとして銀座はここ「白いばら」だけ?)。

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 銀座ガス灯通りを南へ。

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 ガス灯通りの北側を振り返る。

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 松屋通りに出る。あらら,こんなところに車を停めちゃって……というような車は,だいたい埼玉・千葉・神奈川のナンバーだったりする。

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 松屋通りを西(北西)へ。

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 松屋通りから細い路地を入ったところにある親子丼専門店「○勝」。Sobaの看板はラーメンの「篝(かがり)」。

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 銀座レンガ通り。

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 松屋通りと銀座レンガ通りの交差点にある清水カメラ。だいぶ少なくなったとはいえ,銀座〜新橋には中古カメラ屋が多い。

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 PENTAX 67II + SMC Takumar 75mm f4.5 が¥162,000。使わなくなってしまった PENTAX 67II を手放さずに持っているが,これぐらいの値段で売れるなら手放そうかな……
 オリンパスの「実態顕微鏡」は「実体顕微鏡」の typo かな。

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 並木通りの銀座並木通郵便局の一郭。

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 松屋通りの MCM。

 MCM はバッグや財布のブランドだが,私のかつての専門である実装技術の分野で MCM といえばマルチチップモジュール(Multi-Chip Module)を意味する。通常の電子機器はシリコンの LSI をセラミックやプラスチックのパッケージに入れて,それをプリント基板上に並べるのだが,MCM は裸のままの LSI のダイ(ベアチップ)を複数個,直接サブストレートの上に並べることで,LSI 間の伝送経路をより短くして高速化したり,小型化する技術である。もともとは高速化・高性能化のためにスーパーコンピュータや大型汎用コンピュータ向けに開発されていた技術だが,小型化のメリットもあり,現在では携帯電話などの超小型機器にも使用されている。

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 銀座西三丁目交差点の横断歩道で外堀通りを渡る。正面は首都高速高架下の西銀座デパート。

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 銀座西三丁目交差点から数寄屋橋交差点を見る。

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 銀座西三丁目交差点から銀座西二丁目交差点を見る。

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 外堀通りの丸の内東映会館とマロニエゲート銀座2。マロニエゲート銀座2(讀賣銀座ビル)は2016年までプランタン銀座だったところ。

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 丸の内東映会館の向かい側あたりから首都高速高架下は銀座インズとなる。

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 マロニエゲート銀座2 にはニトリやユニクロが入っている。プランタン銀座にニトリの出店が決まったときには,あれこれ驚きの声を耳にした(目にした)ものだった。

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 ふと時刻を見たら午後4時20分。夕方の通勤ラッシュに巻き込まれる前に帰るつもりだったので,そろそろ銀座を離れなければ……

── SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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2017年5月 6日 (土曜日)

大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景

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大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景


 タワークレーンが林立する日本橋界隈を見ていたら,同様に大規模な再開発が行われている渋谷駅界隈の写真を撮っておきたくなったので,三越前駅から東京メトロの銀座線に乗り渋谷駅へ。

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 渋谷駅西口バスターミナル側に出る。

 写真左が渋谷駅と一体化した東急東横店南館。渋谷駅直結の東急百貨店東横店は東館・西館・南館で構成されていたが,再開発事業のためにまず東館が解体され,現在は西館と南館の2館体制となっている。

 写真正面では玉川通りの上を首都高速3号渋谷線が走っている。その向こう側が桜丘町。「桜丘町1地区」では東急不動産が大規模な再開発を計画しており,地上36階建てと地上32階建て,地上15階建ての3棟のビルが建つらしい。

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 視線を南側に移すと,東急電鉄本社跡地にセルリアンタワーがそびえ立つのが見える。渋谷では一番高いビルだ。

 数年前までならセルリアンタワーの手前の駅前に東急プラザ渋谷が立地していたが,老朽化により2015年3月に閉館して解体された。現在は跡地に地上18階地下4階建ての再開発ビルの建築が始まっており,2020年の東京オリンピック前に竣工予定だそうだ。ビルの1階部分にはバスターミナルが設置されるらしい。

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 手狭な感じの渋谷駅西口バスターミナルだが,バスのりばまではすべて平面移動で済む。駅の正面を出てすぐのところにバス停が並び,島になっているところのバス停へも地上を歩くだけで到達する。

 世の中には,バスのりばへの移動に階段の上り下りが必要だったり(そういうところは地上が横断禁止になっていても,歩行者は危険な路上横断をしがち),駅の正面にマイカーで横付けできるのにバス停は駅から離れていたりするようなバスターミナルが多い。少しは渋谷駅西口バスターミナルを見習ってほしい気がする。

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 ハチ公前広場を通って宮益坂口のほうへ。ハチ公前広場は人が多すぎて,写真を撮っているような状況ではなかった。

 写真左が東急文化会館跡地に建つ渋谷ヒカリエ,渋谷駅前を東京メトロ銀座線の高架橋が横切る。

 写真右側は渋谷駅宮益坂口である。以前はここに東急百貨店東横店東館が建っていたが,2013年3月末に閉館し,解体された。現在はJR山手線や東京メトロ銀座線の運転を止めずに,線路の上にある東急百貨店の建物を解体する工事が進められている。東急百貨店東横店東館跡地は,最終的には新しい東口バスターミナル(の一部)になるようだ。

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 渋谷駅東口の渋谷ヒカリエ。地上34階,地下4階建て,2012年3月竣工の渋谷の新しい顔だ。以前ここに建っていた東急文化会館の五島プラネタリウムは残念ながら復活せず,ヒカリエ内の劇場「東急シアターオーブ」の名称にその面影を残すのみ。

 写真右側のタワークレーンは東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビルで,地上35階建て,地下4階のビルが2018年秋に竣工予定だ。
 もちろんここも東急系の再開発である。東京丸の内が“
三菱村”,東京日本橋が“三井村”(三井村は大阪の淀屋橋にもある)であるように,渋谷は“東急村”になっている。

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 渋谷駅東口バスターミナルは,東口の南側,東京メトロ銀座線と玉川通りに挟まれたところにあったが,都市再生特別地区の再開発で旧東横線ホーム跡地と併せて渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の建築が始まり,宮益坂側に押し出されてきている。最終的にもこちら側が東口バスターミナルになるようだ。

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 渋谷からのバスの主力,都01系統の六本木経由新橋駅前行きのバス停も宮益坂側に移動している。

 どうでもいい話だが,1990年頃に南青山に通勤していたことがあって,渋谷から勤務先に近い南青山七丁目を通り東京タワーへ行く渋88系統のバスをたまに利用していた。今になってみると1990年もずいぶん昔のことになってしまったが,それでもほぼ現代と言える1990年に,この渋88系統のバスだけは,なぜかワンマン運転ではなく車掌が乗務していたことを覚えている。ほんと,なぜだったのだろう?

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 工事用フェンスで囲まれた東急百貨店東横店東館跡地。

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 明治通りの宮益坂下交差点を渡る。

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 宮益坂下交差点を渡り,渋谷駅方向を振り返る。東急百貨店東横店西館と渋谷マークシティ(イースト)が見える。
 渋谷マークシティイーストは地上25階建てで,京王井の頭線渋谷駅の上に建っている。“東急村”の渋谷では,かつての京王帝都電鉄の京王電鉄も目立たず,駅の上に建つ渋谷マークシティの上層階に入っているのは京王グループではなく東急グループの渋谷エクセルホテル東急である。

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 銀座線の高架線をくぐり,渋谷ヒカリエの前から南側を見る。

 写真正面が東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビル,写真右のタワークレーンが渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)である。

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 地方の都市では駅を市街地から少し遠ざけて高架化し,駅前広場を大きく広げる工事が盛んに行われているが,東京を代表する繁華街の渋谷では駅前広場をつぶしてビルを建てている。そのコントラストが興味深い。

 個人的な話になるが,駅を下りて巨大な駅前広場を見ると,その向こう側まで歩くのがおっくうになり,ため息をつきたくなる。駅の改札口を出たら,すぐに商店街になっているような街だと,心からホッとする。
 交通の結節点になって利用者の多い駅では,利用者を受け入れるだけのキャパシティが必要になるので,駅前広場を大きくしなければならない面もあって難しい問題だ。

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 まずは渋谷ヒカリエ9階のヒカリエホールから渋谷駅周辺を俯瞰する。

 ヒカリエ11階には展望スペース「スカイロビー」があるのだが,Googleで画像検索したところ,渋谷駅側には植栽を施したひさしがあるらしく,下のほうを俯瞰できるのは東京メトロ銀座線の真上の一部だけのように思われる。
 それより階数は低くなるが,9階のヒカリエホールのほうが真下に障害物がなく,広角レンズでの俯瞰が撮りやすいと判断したのだった。

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 渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の様子がよく見える。

 これで綺麗な夕焼けになってくれたら最高なのだが,残念ながら水平線近くに雲があるので難しそう……

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 かぶっていた帽子でレンズを覆って写り込みを防ごうとするが,なかなかうまくいかない。こういう撮影のためにラバーフードが欲しくなるね。

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 ヒカリエホールに到着してから15分。あっという間に日没。鮮やかな夕焼けにはならなかった。

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 思い思いのかたちで渋谷の街を見る。

 今度は標準域〜中望遠のレンズも用意して,11階のスカイロビーにも行ってみたい。

(動画もずいぶん撮ったのだが,Macに取り込み忘れてしまった。大失敗)

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

【関連記事】
2011年4月25日 (月曜日):もうすぐ地下化される東横線渋谷駅界隈
2011年4月25日 (月曜日):ときどき剣呑ベーゴマ遊び 渋谷のんべい横丁

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いかにんじんを買いに…日本橋室町三越前

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いかにんじんを買いに…日本橋室町三越前


 いかにんじん食いたい,阿武隈の紅葉漬食いたい,酪王カフェオレ飲みたい……。福島県で生まれ育ったので,ときどき故郷の食べもの,飲み物が欲しくなる。
 残念ながら「いかにんじん(にんじんイカとも言う)」も紅葉漬も県外の人には知られていないし,近所のスーパーでは売っていないので,日本橋ふくしま館MIDETTEまで買いに行くことにする。

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 戸塚から横須賀線・総武快速線直通君津行きの電車に乗り,新日本橋駅で下車。中央通り(国道4号線・国道6号線・国道17号線等)と江戸通り(国道6号線)が交差する室町3丁目交差点で地上に出る。

 室町3丁目交差点から中央通りの南側,日本橋室町三丁目方向を見る。写真右側の日本橋三井タワーの手前の日本橋室町三丁目地区第一種市街地再開発事業A地区の再開発事業が始まっている。地上25階地下3階建て,延べ床面積約168,000m²の大規模再開発だ。日本橋三井タワーやCOREDO室町と同じ三井不動産の再開発なので,ここもまたCOREDOになるのかもしれない。

 それにしても,日本橋界隈に林立するクレーンは壮観である。

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 室町3丁目交差点のすぐ北側の中央通り柳屋太洋ビルに日本橋ふくしま館MIDETTEはある。MIDETTE=ミデッテは「見でって」で,見ていってね,来てみてね,を意味する福島弁である。

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 いかにんじんだけじゃなく,さまざまな福島県の特産品があって目移りする。

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 私が生まれ育った三春町の三春駒や三春張子(腰高虎),もちろん“かんのやの家伝ゆべし”もある。
 最近では三春の名物と言えば三春滝桜ばかりが有名になっているが,もともとは三春駒や三春張子のほうが全国的に知られていたのだ。

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 食いたくてたまらなかった阿武隈の紅葉漬,いかにんじん,都路村(現在は田村市都路町。美しい村名だよね)のハツの燻製などを購入。

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 酪王カフェオレも買う。酪王牛乳がまだ三春牛乳だった頃,給食の牛乳は三春牛乳だったし,酪王カフェオレがまだコーヒー牛乳だった頃から馴染んだ味だ。三春に帰省したときには,駅前の三春牛乳工場(のちの県酪連三春工場)の前の自販機でテトラパックの酪王カフェオレを買って飲むのが決まりだった。

 昔は大手メーカーのコーヒー牛乳が乳飲料だった時代に,三春牛乳のコーヒー牛乳(酪王コーヒー牛乳)は牛乳なのが,俺たち三春牛乳ファンの自慢だった。牛乳業界での紆余曲折があり,生乳100%しか「牛乳」を名乗れなくなったため,酪王コーヒー牛乳は酪王カフェオレとなったが,牛乳っぽさが残る味は健在だ。

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 日本橋ふくしま館MIDETTEで買物した後は北の神田方面に抜けるつもりだったが,日本橋室町の再開発の様子を見たら,現状を写真に撮っておきたくなったので方針転換。南へ……

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 中央通りの室町三丁目南交差点。写真右が日本橋三井タワー。

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 室町三丁目南交差点から日本橋三井タワーを見上げる。

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 日本橋三井タワーの奥が三井本館(重要文化財)。さらにその先が日本橋三越本店(重要文化財)と国の重要文化財の建物が並んでいる。

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 中央通りから福徳神社に続く浮世小路。江戸時代の地図には「室町うき世少路」ともあり,「うきよこうじ」ではなく「うきよしょうじ」と呼ぶらしい。このあたりに加賀出身者が住んでいたため,加賀言葉で「しょうじ」なのだとか。

 日本橋の浮世小路といえば,古典落語の「百川」がこのあたりにあったという料亭「百川」を舞台にしている。田舎なまり強い奉公人の話なので,東北の福島で生まれ育ち,30年以上も首都圏で生活しているのにいまだになまりが抜けない私にとっては微妙に身につまされる演目である。

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 福徳神社の鳥居と,福徳神社の前で浮世小路と交差する仲通り。写真右がCOREDO室町(室町東三井ビルディング),左がCOREDO室町2(室町古河三井ビルディング)。

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 福徳神社と福徳の森。ビルに囲まれた,ちょっとした憩いの場になっている。

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 中央通りに戻り,三井本館を正面から見る。巨大な大理石の列柱が特徴的な銀行建築である。1929年(昭和4年)竣工の鉄骨鉄筋コンクリート造で,1998年に国の重要文化財に指定された。

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 中央通りと江戸桜通り(駿河町通り)の交差点を挟んで日本橋三越本店が並ぶ。

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 日本橋三越本店の前から三井本館・日本橋三井タワーを見る。

 世の中には「腰巻ビルはダサい」という意見が数多く見られるが,歴史的な建物との連続性や統一感を出すための選択肢として,これ以外に良案が見当たらない気がする。

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 日本橋三越本店本館。
 地下鉄の駅が地下にあって見えないため,日本橋~京橋~銀座の主要な交通機関はタクシーのように思えてくる。郊外や地方都市のようなマイカーではない。

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 日本橋三井本店本館。1914年(大正3年)の竣工で,その後何度か増築されている。同時期の大規模建築だった東京駅前の丸の内ビルヂング(丸ビル)はあっさりと取り壊されてしまったが,この三越本店は約1年前,とうとう国の重要文化財に指定されている。

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 中央通りの日本橋三越本店本館の前から北側を振り返る。

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 日本橋三越本店本館の前の「にほんばし島根館」。最高の立地条件だ。

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 日本橋三越本店本館(写真右)と日本橋三越本店新館(写真左)。

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 かつおぶしの大和屋が角にあるむろまち小路へ。山本海苔店本店(こちらは山本陽子がCMをしていたほう。上から読んでも山本山,下から読んでも山本山の山本山も老舗で日本橋に本店があるからまぎらわしい)や,うなぎの日本橋伊勢定の本店があったりして,そこはかとなく日本の文化を感じさせるあたり,さすがお江戸日本橋である。

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 むろまち小路。江戸時代の品川町通りかな。

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 むろまち小路から中央通りの日本橋三越本店を振り返る。

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 むろまち小路のミカドコーヒー,その奥は志賀直哉が名づけたことで知られる寿司の蛇の市本店。

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 蛇の市本店の前の四つ辻から北に延びる通りは,コレド室町とコレド室町2の間の仲通りに続いている。

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 狂気さえ漂うペットボトル群。日が当たってキラキラするものを猫が嫌うという都市伝説があるらしい。路上駐輪避けにはなるかも。

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 旧室町から本小田原町あたりには細い路地が多い。

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 むろまち小路とあじさい通りの交差点が見えてくる。あじさい通り(ひょっとしたら新仲通りとも言うのかな)は日本橋室町と日本橋本町の境界になる。

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 むろまち小路とあじさい通りの交差点にある老舗中華料理大勝軒。

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 むろまち小路。突き当たりに昭和通りの上を走る首都高都心環状線の高架が見える。

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 老舗の貫禄が感じられる大勝軒。残念ながら定休日だった。

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 中華料理大勝軒。

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 鳥萬,とんかつ宇田川,加賀麩の不室屋の並び。

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 中華料理大勝軒の写真をもう一枚。

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 あじさい通りを南へ。

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 あじさい通りから路地を通って中央通りに抜けようと思うが……

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 天丼「金子半之助」に長い行列ができていて行く手をさえぎる。行列が苦手な私は,思わずここで引き返す。

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 あじさい通りに戻る。
 弁松総本店は折詰弁当専門店。都内の百貨店などでしか買えないが,ここ本店では小売りもしているらしい。
 シャッターに日本橋魚河岸按針町と書かれているように,もともと魚河岸で働いている人向けの食事処で,料理を持ち帰る人が多かったことから,徐々に折詰弁当専門店になったという。

 店の前の桜の木は阿亀桜(オカメザクラ)。マメザクラとカンヒサクラの交雑種という説明書きがあった。

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 昭和通り(高架は首都高都心環状線)の日本橋本町スクエア,本町会館の前。昭和通りの東側の日本橋小舟町には,昭和の初期まで日本橋川から延びた東堀留川・西堀留川という入堀があり,日本橋の魚河岸などとともに舟運で栄えたところである。

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 昭和通りからむろまち小路の加賀麩不室屋の前に戻る。

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 とんかつ宇田川の前からむろまち小路の西側,日本橋三越本店方向を見る。日本橋三越本店本館と新館を結ぶ連絡通路が見える。

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 加賀麩不室屋の横の路地を入る。

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 あじさい通りに抜けようと思ったら,ここにもまた行列。天丼ではなく“天ぷらめし”の金子半之助。

 それにしても行列に並んでまで食べたいという気力がすごいね。行列が苦手な私は,日本橋なら行列のない名店がいっぱいあるだろうに……と思っちゃう。

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 あじさい通りを南へ。中華料理大勝軒の前に戻ってきた。

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 むろまち小路から仲通りに入り,南へ。

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 日本橋焼餃子の前から仲通りの北側を振り返る。コレド室町とコレド室町2を結ぶ連絡通路が見える。

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 日本橋三越新館の前,中央通りの日本橋北詰交差点に出る。

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 日本橋北詰交差点から日本橋を見る。

 大きく見えるビルはコレド日本橋。その上に頭が飛び出ているのがコレド日本橋とは永代通りを挟んで向かい合う東京日本橋タワーである。

 さらにその奥に見えるタワークレーンは,上の方で書いた海苔とお茶の「山本山」本社と丸三証券本社のビル跡地の日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業C街区の再開発による高層ビルで,そのまた隣の高島屋日本橋店本館(日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業B街区)の改修と合わせて工事が行われている。
 ちなみにここも三井不動産。丸の内の“三菱村”に対抗するかのように,日本橋の“三井村”化が進んでいる。

 地方では県庁所在地どころから政令指定都市でも街が寂れ,景気回復の実感に乏しい状況が続いているが,東京のど真ん中では不景気などどこ吹く風といった感じの再開発ラッシュに沸いている。

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 日本橋北詰交差点と日本橋三越新館。

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 そして日本橋川に架かる日本橋。日本の道路元標があり,日本の道路網の源である。

 ちなみに福島県の国道4号線あさか野バイパスには五百川に架かる「日本橋」があるが,こちらは郡山市和田町と宮市にまたがることから名づけられ,日本橋(ひもとばし)と読むので注意が必要である。

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 日本橋は1911年(明治44年)の竣工。日本の首都を代表する橋らしい重厚な石造二連アーチ橋で,親柱や中柱には塔柱が立ち,北詰東側は東京市の紋章を手にした獅子の青銅像が守っている。

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 日本橋の上を首都高速都心環状線が通っている。景観的に上に被さる首都高速を問題視する議論があり,地下化しようという話もあるようだ。

 Wikipediaの「日本橋 (東京都中央区)」の項には,現行の日本橋が1911年に完成した当時の写真が載っている。写真がパブリックドメインなので,次に写真とそのリンクを貼り付けてみた。

Photo

 日本橋の見事さとともに,その手前の複線の線路に目が釘付けとなった。こんなところに鉄道が通ってたっけ? まさか貨物線か? ……と一瞬頭の中がパニックになりかけたが,日本橋の上を走っていた東京都電(当時は東京市電かな)の仮設橋だという考えに思い至り,やっと腑に落ちた。

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 日本橋の南詰東側には「滝の広場」が整備され,日本橋川には東京湾クルージングの日本橋船着場がある。

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 日本橋南詰の野村證券の前の「滝の広場」。

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 日本橋南詰東側の親柱の燈柱。

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 日本橋南詰の親柱も,東京市の紋章を抱えた獅子が守っている。

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 日本橋南詰東側のソメイヨシノの下……

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 日本橋南詰の野村證券ビル(旧日本橋野村ビル)は1930年(昭和5年)の竣工。奥行きがあって「軍艦ビル」とも呼ばれているらしい。

 このビルを含む一帯では,大規模な日本橋一丁目中地区の再開発計画が動いており,重要文化財等に指定されているわけではない野村證券ビルがどうなるのかは気になるところである。

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 中央通りの日本橋南詰の交差点。この「日本橋一丁目1,2街区」でも約7,000m²の再開発が計画されている。もちろんここも三井不動産の計画だ。

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 日本橋南詰西側の親柱。

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 首都高速都心環状線の橋桁に設置された「日本橋」の銘板と野村證券ビル。

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 日本橋南詰西側の親柱の燈柱と獅子。

 その後ろに見えるのは「K&K」の国分グループ本社である。K&K国分といえば缶詰のイメージで,少し前まで勝手に鹿児島県国分市(現在は合併して霧島市)の会社だと思い込んでいた。♫花は霧島 煙草は国分〜のイメージ。子供の頃に刷り込まれた記憶は強いね。

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 日本橋から中央通りの南方を見る。

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 日本橋の上を通る首都高速都心環状線にも「道路元標地点」と彫られた燈柱が立っている。

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 日本橋の中柱の燈柱の両側には麒麟がいる。

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 燈柱の影が伸び,そろい踏み。

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 麒麟は伝説の霊獣で吉兆をあらわすことから,東京の繁栄を象徴している。麒麟の羽は,ここが道路元標地点であり,ここから西に北に羽ばたくことをも意味しているらしい。

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 日本橋を渡り,北詰へ。

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 日本橋北詰交差点。

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 日本橋北詰交差点西側の親柱の獅子。

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 日本橋北詰交差点の横には「道路元標の広場」があり,旧東京市道路元標と日本国道路元標(複製)が展示されている。

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 東京市道路元標。
 里程標には,横浜市 二九粁,甲府市 一三一粁,名古屋市三七○粁,京都市 五○三粁,大阪市 五五○粁,下関市 一○七六粁,鹿児島市 一四六九粁 と書かれている。
 こういう一覧を見ると,その都市を選んだ基準が興味深く感じられる。今選ぶなら,甲府市じゃなくて静岡市,下関市じゃなくて福岡市かな。赤間関市じゃなくて下関市と書かれているということは,それほど古い記述ではないのかな。

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 日本橋三越本店新館と本館の間。空中に連絡通路がある。ここにはタクシーのりばがあり,次から次へとタクシーが出てくる。先にも書いたが,東京都心部の交通手段は地下鉄・タクシー・徒歩が主流である。

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 日本橋三越本店に室町一丁目町会の二の宮神輿が展示されている。この二の宮神輿は商売繁盛・医薬健康・開運招福のえびす様を乗せる神輿で,1973年(昭和48年)に日本橋三越が創業300年を記念して奉納したもの。

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 一週間後には神田明神御祭禮「神田祭」(室町一丁目祭)が開催され,この神輿も神田明神へ宮入する。神田祭は「天下祭」とも呼ばれ,山王祭・深川祭と並ぶ江戸三大祭りのひとつである。

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 日本橋三越本店の前から中央通りの北側を見る。

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 屋号が書かれた弓張り提灯がズラリと並ぶ。

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 日本橋三越本店本館正面玄関に並ぶライオン像。三越の象徴である。

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 日本橋三越本店本館正面玄関のライオン像。前足や鼻はみんなになでられてツルっつるだ。

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 江戸桜通りを挟んで向かい合うコレド室町(写真左・室町東三井ビルディング)とコレド室町3(写真右・室町ちばぎん三井ビルディング)。

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 中央通り(写真左)と江戸桜通りの交差点。

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 中央通りと江戸桜通りの交差点の三井本館(三井住友信託銀行・三井記念美術館)。

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 桜の季節以外は意外にひっそりとした江戸桜通りの日本橋三越本店本館に,「三越地階賣場 地下鐵入口(地下鉄銀座線三越前駅)」があるので地下鉄に乗るために三越前駅へ。

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 東京メトロ銀座線の三越前駅。

新日本橋〜日本橋室町
 ビルが多いのでGPS経路がグシャグシャになっている。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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2017年5月 4日 (木曜日)

逢おうかまた蒲田で……Part2 大田区蒲田

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逢おうかまた蒲田で……Part2 東京都大田区蒲田


 JR蒲田駅西口周辺の繁華街を歩く。

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 品川から京浜東北線の電車に乗り,蒲田駅で下車。駅ビル「GRANDUO蒲田」西館を出る。

 グランデュオ蒲田西館は10年ぐらい前までは「サンカマタ」だったが,大規模な改修工事によって,2008年にグランデュオ蒲田として生まれ変わった。

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 蒲田駅西口前。

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 東急池上線・東急多摩川線蒲田駅の駅ビル「東急プラザ蒲田」はグランデュオ蒲田西館とほぼ一体化している。と言っても,全フロアがつながっているわけではないところが若干まぎらわしい。

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 蒲田駅西口のタクシーのりば。

 JR蒲田駅は不幸な駅である。

 蒲田駅には東海道線中距離電車のホームがなく,京浜東北線の電車しか停まらない。
 JR蒲田駅は東京都南部の拠点駅なので利用客数は多く,国内のJR線駅別乗車人数では23位(乗車人数144,072人)になっている。この数字は,東京都東部の拠点駅で総武線快速も停車する錦糸町駅の106,222人(42位)を大きく上回り,中野駅146,400人(22位)とほぼ同数である。

 JR蒲田駅に東海道線のホームが作られないのは,すぐ隣に川崎駅があるからだ。川崎駅は東海道の川崎宿に隣接しており,1872年(明治5年)に日本最初の鉄道が品川−横浜(桜木町)間に鉄道が開業した直後(約1か月後)に開業している。

 それから約30年後の1904年(明治37年),まだ見渡す限り田んぼだったところに蒲田駅が開業。蒲田の街は,この駅を中心に発達した比較的新しい街である。江戸時代からの街である川崎には,駅の出自の時点で敵わず,それを現在も引きずってしまっている。

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 蒲田駅西口には蒲田西口商店街のサンライズ商店街とサンロード商店街というふたつの全蓋式アーケードがある。

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 東急の駅ビル「東急プラザ蒲田」。

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 ふたつある全蓋式アーケード商店街のうち,北側にあるのがサンライズ商店街(西口本通り)。商店街の入口にあった「千成」という大きな八百屋がなくなって,携帯電話ショップになっている。八百屋・果物屋のいろどりは,商店街を印象づける上でとても重要だと思っているので,ちょっと寂しい。

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 サンライズ商店街の前からグランデュオ蒲田西館・東急プラザ蒲田(写真右)を振り返る。

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 ふたつある全蓋式アーケード商店街の南側にあり,東急池上線・多摩川線と平行しているのがサンロード通り。

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 サンロード通りの全蓋式アーケード。「どっきりカメラのキシ」のキシフォートは,“カメラ”,“フォート”を名乗っているが雑貨屋さん的ななにかである。

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 東急プラザ蒲田の前から蒲田駅西口の広場を見る。植栽の工事が行われている。

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 蒲田西口商店街のサンライズ商店街。

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 サンライズ商店街の全蓋式アーケード。

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 東急バスの路線バスが蒲田駅西口を出て行く。蒲田駅西口の駅前ロータリーにバスのりばはなく,駅前のバス通りにバス停が並んでいる。

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 蒲田駅西口のグランデュオ蒲田西館。耐震補強工事を含めて,大規模な改修工事で新しいビルになっているが,上層階の外観には1970年に開業したサンカマタの面影が残る。

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 蒲田駅西口から西に延びるバス通り。

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 グランドキャバレー「レディタウン」がある。

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 グランドキャバレー「レディタウン」。生バンドによる生演奏,生歌・ダンス。貴重な昭和の遺産とでも言える存在であるが,残念ながら8月10日で閉店してしまうとのこと。

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 蒲田西口商店街のサンライズ商店街「サンライズ・ショッピングモール」。

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 サンライズ商店街の全蓋式アーケードからJR蒲田駅を見る。

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 西口サンライズ通り「サンライズ・ショッピングモール」。

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 どっきりカメラのキシフォート,サンライズ蒲田店。カメラ関係は扱っていない。

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 西口サンライズ通りの「サンライズ・ショッピングモール」。

 蒲田西口商店街の東側にあるからサンライズ通り,真ん中がサンロード通りなのだと推測してみた。東急池上線・多摩川線沿いの路地はさしずめサンセット通りなのだと思われる(現実にはくいだおれ横丁・東急駅前通り「バーボンロード」となっている)……

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 約400mの全蓋式アーケード商店街である。

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 南側を見ると平行するサンロード蒲田の全蓋式アーケードが見える。

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 サンロード蒲田「サンロード・ショッピングモール」。

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 サンロード蒲田「サンロード・ショッピングモール」。サンライズ商店街に比べると幅員がかなり狭い。

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 さらに南側には東急池上線・多摩川線(目蒲線)が平行している。東急線のガード沿いは,東側(蒲田駅側・写真左)がくいだおれ横丁,西側が東急駅前通りとなっている。

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 東急駅前通り「バーボンロード」。

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 くいだおれ横丁。ガード上に東急蒲田駅のホーム屋根が見える。

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 東急駅前通り「バーボンロード」。その名の通り飲食店が多い。

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 東急駅前通り「バーボンロード」。東急池上線と多摩川線の電車が頻繁に走る音がするが,残念ながら商店街と一緒に写せる場所が見つからなかった。どこかに俯瞰できる場所があればおもしろいのだが……

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 サンライズ商店街の亀屋百貨店の前に戻る。亀屋百貨店は昭和2年の創業の老舗。家具とインテリアの大きな店だ。

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 亀屋百貨店とサンライズ蒲田「サンライズ・ショッピングモール」。

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 西口サンライズ通り「サンライズ・ショッピングモール」を西へ。

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 蒲田センタービル。

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 西口サンライズ通り「サンライズ・ショッピングモール」のイナバかばん店の前の四ツ辻。

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 四ツ辻を南へ。サンロード蒲田の全蓋式アーケードはここ(写真左)で終わっている。突き当たりは東急線のガード。

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 おふくろの味「蒲田食堂」昔懐かし定食や……と看板に書かれているめし処「壱番隊」。どれが店名だかわかりにくい。店の前で子供たちが遊んでいるという,最近では珍しくなった光景が見られた。

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 蒲田食堂(壱番隊)の前から西側を見る。

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 サンロード蒲田の全蓋式アーケードの中から西側を見る。

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 サンロード蒲田「サンロード・ショッピングモール」。

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 東急池上線の電車とガード横の東急駅前通り「バーボンロード」。

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 蒲田食堂「壱番隊」の横から西に続く路地。

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 サンライズ蒲田商店街に戻る。

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 サンライズ蒲田商店街の純喫茶「リオ」。こういう喫茶店が残っているかどうかは,街の奥深さの指標になる。

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 イナバかばん店の前から東側(蒲田駅方向)を振り返る。

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 蒲田西口商店街から駅前のバス通りを渡り,蒲田西口クロス通り商店街へ。蒲田西口クロス通り商店街は蒲田駅西口の駅前ロータリーの西側に広がり,バス通りと多摩堤通りに挟まれたエリアにあたる。

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 このあたりは,昔少年チャンピオンに連載された漫画「750(ナナハン)ライダー」の作者の出身地だとかで,三番街すずらん通りには「750ライダー」の商店街フラッグが下がっている。

 ただ,蒲田西口すずらん通り商店街は蒲田駅前から多摩堤通りに沿った商店街だと思っていたので,ここがすずらん通り商店街なのか,蒲田西口クロス通り商店街との関係がどうなっているのかがよくわからない。

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 蒲田西口クロス通り商店街を東の蒲田駅方向に歩く。

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 蒲田西口クロス通り商店街のスナック「ガッティ」の横から多摩堤通り方向に続く路地。

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 蒲田西口クロス通り商店街の西側を振り返る。

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 蒲田西口クロス通り商店街は,大きな荷物を引きずって蒲田駅方向に向かう人が多い。商店街の西側にホテルが多いからだと思われる。

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 蒲田西口クロス通り商店街の立花屋。ここの四ツ辻が「クロス通り」の名の元になった交差点だと思われる。大正時代,このあたりにやっと市街地が形成し始め,まだ「御園(ミゾオ)」と呼ばれていた頃(現在は西蒲田七丁目),既にここには十字路があったことが古い地形図から見てとれる。

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 立花屋を正面から捉えた写真を撮っておく。

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 立花屋の前からクロス通りの東側を見る。突き当たりには蒲田駅前の弘城ビルが見える。

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 立花屋の前から蒲田西口クロス通り商店街の西側を振り返る。

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 四ツ辻の少し北側から立花屋・蒲田駅前郵便局方向を振り返る。

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 ラーメン二郎JR西口蒲田店がある。ラーメン二郎と言えば,山盛りになったラーメンの写真を何度も見たことはあるが,たまたま今まで自分の行動範囲に店が存在したことがなく,たぶん生まれて初めて「ラーメン二郎」として視野に入ったラーメン二郎である。店に入らず通過したけど……

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 写真左奥が多摩堤通りとの交差点。

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 ラーメン二郎の前から西に延びる蒲田西口クロス通り商店街を西へ。

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 スナック「カトレア」,スナック「香奈児(シャネル)」がある四ツ辻。香奈児でシャネルは読めない。

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 そのまま西へ歩き,小さな飲食店街のある交差点へ。

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 かつての地名が残る御園写真館の先にはビジネスホテルやラブホテルが並んでいる。

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 多摩堤通り(蒲田西口すずらん通り商店街)へ出る。左側は壱岐いきスナック「さくら」。

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 多摩堤通り(都道11号線)をJR蒲田駅西口に向かって走る東急バス。

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 大國鮨から時計・宝石の精光堂の並び。交差点の45°面取りが美しい。

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 大國鮨の並び。

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 しゃれた工場風にも見える建物。元は何だったのだろう。

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 東京蒲田病院北西の多摩堤通りの交差点。大田都税事務所バス停の近く。

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 東京蒲田病院の裏側(南側)に回ると,10分ぐらい前にチラッと見た飲食店街となる。

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 小料理店やスナックがズラリと並ぶ。

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 特にこの飲食店街の名前があるわけではないようだ。

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 BAR「黒ばら」の前から東側(蒲田駅側)を見る。

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 交差点の45°面取りは大好きだが,角アールはもっと好きだ。

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 焼鳥「松之山」。

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 角アールの建物だけでも大好きなのに,それが向かい合わせになっていて,立ち去りがたい。

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 後ろのビルは東京蒲田病院。

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 焼鳥「松之山」の前から西側を振り返る。

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 西蒲田七丁目,東京蒲田病院裏の飲食店街。

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 西蒲田七丁目,東京蒲田病院裏の飲食店街。

 午後6時半を過ぎ,だいぶ暗くなってきた。

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 再び多摩堤通りを横断して北側の西蒲田六丁目側に抜け,細い路地を通って女塚神社方向へ。榛名看護婦家政婦紹介所がある。このあたりは女塚(ヲナヅカ)という地名だったところである。

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 曲がった道路の雰囲気や古い地図を見た感じだと,右側の道路はこのあたりに家がほとんど建っていなかった頃からの道だと思われる。

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 西蒲田六丁目の女塚神社。もともとはJR蒲田駅東口付近にあった旧御園村・旧女塚村の鎮守の八幡社が,東海道線の敷設でこの地に移転し,女塚神社と改称したものらしい。

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 女塚神社の前から大城通り商店街に抜ける。

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 大城通り商店街。蒲田駅近くの多摩堤通りから都立大森高校付近まで,北北西に約900mもある長い商店街である。

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 大城通り商店街。相生小学校の東側にある変形六叉路(駐車場への通路を入れると七叉路のようにも見える)。

 蒲田付近はもともとは水田地帯で,東京湾に向かってかすかに傾斜のある水田に水を配するために形成されたあぜ道が元になった道路が多く,そこを旧東海道や東海道本線が斜めに真っ直ぐ横切ったところに街が形成したため,道路が斜めに交差している箇所が多く,必然的に五叉路・六叉路(そして七叉路の「七辻」でも有名)が多くなる。

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 大城通り商店街の南端にある商店街アーチ。
 このあたりから西蒲田一丁目〜六丁目にはバス路線がなく,公共交通機関のないエリアが広がっており,タクシーと自転車を多く見かけた。

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 大城通り商店街の商店街アーチの横が五叉路になっている。

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 大城通り商店街の南端の五叉路。

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 飲食店の多い細い路地を通って蒲田駅近くの多摩堤通りに抜ける。

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 西蒲田五丁目にはスナック・小料理屋が密集した三角地帯がある。

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 三軒茶屋の三茶三角地帯より規模は小さいが,紛れもない三角地帯である。

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 直角三角形なのでここの角度は90°。

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 直角三角形の鋭角の横にスーパーホテル東京JR蒲田西口がある。

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 ツタが電線にからまっている。

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 直角三角形の斜辺にあたる路地。直角三角形の斜辺の長さは外接円の直径に等しく,直角をはさむ2辺の長さの和から内接円の直径を引いた差に等しい。

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 直角三角形の斜辺を蒲田駅方向に伸ばした路地にある長屋式飲食店街。

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 多摩堤通りとの交差点が見えてきた。

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 路地の北西方向を振り返る。

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 多摩堤通りとすずらん通りとその他の通りの交差点。日本工学院専門学校・東京工科大蒲田キャンパスの前にあるこの交差点は,蒲田らしく数え方によっては七叉路になっている。

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 日本工学院専門学校・東京工科大蒲田キャンパスの前の交差点から蒲田西口クロス通り商店街・蒲田駅前郵便局方向に延びる通り。

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 この通りは多摩堤通りから蒲田駅方向に延びるバス通りで,バスの降車場が並んでいる。

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 中島ビル。

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 蒲田駅前の降車場に到着した蒲田駅行きのバス。

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 蒲田駅前のニューカマタビル。

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 蒲田駅西口には弘城(ひろき)ビルが複数あるだけでなく,パチンコ弘城やシティホテル弘城,焼肉弘城,中国料理大飯店弘城,台湾菜館弘城など,ヒロキがあふれている。

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 Club Music & Bar 8810。階段のところに身体がはさまって入れなかった……というのはウソだよ。

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 多摩堤通りからJR蒲田駅ホームの横に続くすずらん通り。突き当たりに京浜東北線の電車が停まっているのが見える。
 たぶんここがもともとの多摩堤通りで,東海道本線で分断されてしまったのだと思われる。

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 ここから日本工学院専門学校・東京工科大蒲田キャンパス方向に延びているのが蒲田工学院通り商店街である。

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 蒲田工学院通り商店街には飲食店,特にラーメン屋がとても多い。

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 工学院通り商店街で晩飯を食べようと思ったが,若い人向けの店ばかりのような気がして困ってしまう。

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 工学院通り商店街。

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 蒲田工学院通り商店街の蒲田駅方向を振り返る。

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 工学院通り商店街の商店街アーチ。

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 蒲田駅前のドン・キホーテ。

 ゴチャゴチャとした雑多なものは案外大好きなのだが,なぜかドン・キホーテは私の琴線に触れず,半世紀以上の人生でいまだに利用したことがない。

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 ドン・キホーテ他が入る弘城ビル。都市の雑居ビルの典型といった感じである。

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 蒲田駅から電車に乗って帰路に着く。

 蒲田の街のごく一部を歩き回っただけだが,雑多な街を満喫した。やっぱり蒲田は奥が深い。

蒲田駅西口

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS

【関連記事】
2007年11月17日 (土曜日):蒲田の街で晩飯を食う
2010年11月20日 (土曜日):逢おうかまた蒲田で……
2011年11月20日 (日曜日):蒲田駅から品川行きのバスに乗った

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京急品川駅の上下ホーム連絡通路から見る

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 JR東日本の品川車両基地跡地の再開発やJR東海の中央リニア新幹線品川駅の工事,京浜急行の品川駅地平化計画にともなって,数年後には変わり始めそうな品川駅(既にJRのホームは変わりつつある)。
 京浜急行品川駅からJRに乗り換える機会があったので,京急の上下ホーム連絡通路からの俯瞰を中心に写真を撮ってみた。

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 現在の京急品川駅は2面3線の高架駅になっている。これを地平化する計画が進められている。
 全国区の中核都市で,街を駅や鉄道が分断しているため街が衰弱しているという理由で駅の高架化が進められている中,首都東京の中心的な駅である品川駅で,高架駅を地平化する計画があることがとてもおもしろい。
 そういえば,JR東海道本線沿線は,品川も川崎も横浜も地平駅のままである。

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 京急品川駅の下りホームのペイントは,慣れないとわかりにくい。

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 上下ホーム連絡通路をエスカレーターで下る。

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 下りホームの上に掲示される発車案内。比較的最近まで(と言っても2000年頃までだったろうか)反転フラップ式の案内表示機が残っていたが,現在はLED方式の案内表示機になっている。

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 JR品川駅との間にある中間改札口と下り1番線ホームが同じ高さにある。

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 JR品川駅構内の京急線切符売り場。

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 階段を下りるとJR品川駅構内となる。

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 JR品川駅の京浜東北線ホームへの階段。階段の手摺りは転落事故防止の観点から基本的には下り用のはずだが,利用客の動線を考慮したためか,下りは階段の真ん中,上りが手摺りのある両側を利用するようになっている。

 もちろんJRもそのへんはわかっていて,「手すりを必要とされるお客様は、通行区分に関わらずご利用ください。お客さまのご理解とご協力をお願いいたします(品川駅長)」という貼り紙があちこちに掲示されている。真ん中に一本手摺りがあると良いかも(真ん中に手摺りを設けるには階段が狭すぎるかな)。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or iPhone 7

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2017年3月11日 (土曜日)

北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く

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北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く


 上大岡から京急線の品川行き普通(=各駅停車)に乗り,どこへ行こうかと考えながら拙ブログの過去記事を読んでいたら,前回北品川駅で下車したのは9年前の2008年3月ということに気づいた。

 もう10年近く北品川駅で下車していないことに驚く。再開発が急ピッチで進む品川駅北部ほどではなくても,新しい高層ビルが立ち並ぶJR品川駅港南口は近いし,北品川駅周辺が大きく変わっていても不思議ではない。あるいは,10年近く経ってもほとんど変わっていない可能性もある。とりあえず下車して歩き回ってみることに決めた。

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 北品川駅で下車。乗ってきた品川行きの普通電車を見送る。電車の行先にはJR品川駅港南口のビル群が見える。

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 北品川駅のすぐ横の踏切を渡ってすぐに旧東海道に出るのもいいが,まずは北品川駅の北側にある第一京浜の八ツ山橋の踏切を見てみる。踏切付近の大規模な工事が終わり,JR品川駅港南口側と第一京浜新八ツ山橋東詰交差点を結ぶ道路が踏切の下を通るようになったため,地上の(正確には築堤の)道路もだいぶ変わったのではないかと思っていたが,大きな変化はなさそうだ。

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 踏切の築堤からの下り坂にある都営北品川アパート(1966年昭和41年竣工)も健在だ。

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 八ツ山橋の踏切(品川第1踏切)の京急線の電車と都営バス。
 理想をいえば,品川駅方面に去って行く電車ではなく,向かってくる電車が写真に収まってくれたら嬉しいのだが,そうなるともう少しカメラを右に振らなければ構図のバランスが悪くなってしまい,しかも左端に写っているマンション「ペアシティルネッサンス高輪」が写らなくなってしまう。

 ちなみに「ペアシティルネサンス高輪」は1980年末の竣工で,同年結婚引退した山口百恵・三浦友和夫妻が最初に入居した高級マンションであることは知る人ぞ知る話であり,それを構図に入れるかどうかはますますどうでもいい話ではある。

 どうでもいい話を続けると,百恵ちゃんは芸能界デビューしたときに,横須賀市の不入斗中学校から中学3年生で北品川の品川中学校(現在は品川女子学院中等部に名称変更)に転校している。北品川駅のホームで電車を待つセーラー服姿の百恵ちゃんの写真が,当時の雑誌に掲載されたりしていた。初めての住居,ペアシティルネサンス高輪が,卒業した中学とは東海道線・山手線を挟んで斜向かいにあるというのはなかなかの巡り合わせである。

 品川中学を卒業した百恵ちゃんは,芸能活動への理解があり当時から多くの芸能人が通っていた堀越高校ではなく,普通の高校生として通いたいという理由で芸能コースのない日出女子学園に進学する。芸能人「山口百恵」ではなく,同級生と一緒のときには普通の高校生になれることに幸せを感じていたようだ。授業中にサインをねだった簿記の先生の授業を最後までボイコットしたりしつつ,出席日数不足で同級生から遅れること約3か月,6月末に無事に高校を卒業する(そんな日出女子学園も現在は日出中学・高校となって芸能コースが設置され,芸能人がとても多いようだ)。

 普通の高校生であることに幸せを感じ,特別扱いしない友人たちを大切に思う。引退〜引退後と同じだ。弱冠21歳の山口百恵が提示してみせた,大スターや売れっ子芸能人の座にあるより普通の主婦になるほうがとても魅力的であり幸せなのだとする判断は,いつの世も一般の民衆に対して説得力を持ち続けるはずだ。

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 北品川駅ホームのすぐ北にある品川第2踏切から南に続くのが旧東海道(品川宿・北品川本通り商店街)である。

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 旧東海道の北品川本通り商店街。「くさ餅」の幟が立つ枡翁軒。ちなみにATOKの候補は「草餅」「草もち」のふたつ。わかりやすい「草」をひらがなにして「餅」が漢字のままなのは不思議な「かんじ」。

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 枡翁軒の前の丁字路でこの写真(八百半商店)を撮ろうとしていたら,品川浦のほうから坂を上ってきたクルマが丁字路を曲がろうとして,たどたどしいハンドルさばき。私が立っていたのは路側帯の上だったけど,我が身の危険をも感じたので大きく道を譲って差し上げたら,なんとそのまま八百半商店の前に路上駐車,運転していた老人はそのまま八百半商店の中に消えていった。「撮れるときに撮るべし」は,このような短時間でも,数年から数十年のスパンでも,街歩き&写真撮影では鉄則だと思う。

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 北品川郵便局の前から北品川本通り商店街の北側を振り返る。野菜・果物の八百半商店はお客さんでいっぱいだ。

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 フローリスト「はなの樹」の前から北品川本通り商店街の南側を見る。

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 北品川郵便局の前。ちなみに品川宿の北寄りの北品川本通り商店街あたりには,幕府の命により歩行役(かちやく・人足役)が配置されていたことから,歩行新宿(かちしんしゅく)と呼ばれていた。

歩行新宿
(昭和22年発行の地理院地形図。「今昔マップ on the web」より)

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 路上駐車の老人が単なる八百半商店の客なのか(しばらくすれば立ち去る),付近の住人だったりして何十分も停めたままなのか気になりながら,郵便局の前に居続ける。写真の撮影時刻を見ればわかるように,八百半商店の付近に15分も立ち続けている……(なんと酔狂な)

 八百屋での買物に15分もかかるとは思えないので,あきらめて立ち去ろうとしたとき,私の目は見覚えのある老人の姿が店から出てくるのを見逃さなかった。

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 くさ餅の枡翁軒の前に戻り,最初に撮ろうと思っていた構図で撮影。ここまで約20分。そこまで時間を掛けて撮るような写真かと言われればそれまで。

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 せっかくなので問答河岸の碑が立つ丁字路の坂を下る。

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 多国籍料理「居残り 連」の横,八ツ山通りの交差点へ。

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 八ツ山通りの交差点にある多国籍料理「居残り 連」。交差点に面した看板建築の切り欠き(面取り・C面・Chamfer)が美しい。

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 八ツ山通りの栄歩道橋の下から都営北品川アパートを見上げる。

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 都営北品川アパートには都営バス品川営業所が併設されていて,そこからバスが次々に出てくる。

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 八ツ山通りから旧東海道を見ると,旧東海道がかなり高いところにあるのがわかる。

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 都営バス品川営業所の事務所棟。

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 都営バス品川営業所の前の交差点から路地を入ると,品川浦の船溜まりが見えてくる。その横には古い民家の家並みが残っている。

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 品川浦の船溜まり。

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 屋形船が並ぶ品川浦の船溜まりに小さな漁船が帰ってきた。

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 小さな漁船が屋形船の間を抜けて船溜まりの奥へ。

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 それにしても見事な古民家群。路地は未舗装で,中央に石畳がある。

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 建物も植栽も丁寧に手入れされていて,気品を感じる。

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 超高層ビルが立ち並ぶ街のすぐ近くに,このような家並みが残っているのは貴重だ。

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 八ツ山通りを歩いて品川浦船溜まりの南側へ。

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 品川浦がL字型になっている部分に架かる北品川橋。

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 豊かな水産物の水揚げがあり,海苔の産地でもあったかつての品川浦に思いを馳せていたら,突然耳をつんざく轟音が響き,現実に引き戻された。
 公道を走るゴーカートの集団だった。その姿からすぐに,任天堂が提訴したことがニュースになっていた「マリカー」だとわかった。そしてこれはやっぱり“あかんやつ”だと思った。任天堂には相当な苦情が届いたのだろう。個人が任天堂のキャラクターに扮して公道走行しているのならまだしも,レンタルサービスでの集団走行では言い訳できない。

 この後も北品川付近をブラブラしていたら,ゴーカートの爆音が何度も聞こえてきた。調べてみたらこの公道ゴーカートのレンタルショップが北品川にあるようだ。近隣住民の方,大変だね……

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 たくさんの屋形船が並ぶ品川浦と品川の超高層ビル群。

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 品川浦の対岸に先ほどの古い民家の家並みが見える。

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 品川浦(かつての目黒川)に架かるのは1925年(大正14年)竣工の北品川橋。橋のたもとに鮨処「石橋」がある。北品川橋の親柱は石積みなので,それにちなんで石橋なのか,ご主人の名前が石橋さんなのかは不明だ。

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 北品川橋の西側を振り返る。

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 旧目黒川の船溜まり。

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 旧目黒川の右岸(写真左)は河口にできた砂州で,幕府に魚介類を納める御菜肴八ケ浦のひとつ南品川猟師町(現在の東品川一丁目。洲崎とも)と呼ばれる漁業の町だった。沖は埋め立てられ,東京湾が遠くなってしまったが,猟師町だった頃の名残がかすかに感じられる。

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 北品川橋の上から北側を見る。

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 旧目黒川に沿って八ツ山通りを歩く。屋形船・釣り船「ひらい丸」の看板が立つ。

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 品川浦旧目黒川の一番奥。ここから上流側はすっかり埋め立てられ,品川浦公園となっている。

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 品川浦公園から旧目黒川を見る。

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 品川浦公園の横にある利田(かがた)神社。沢庵和尚が弁財天を祀ったのが始まりと言われ,かつて洲崎弁財天・洲崎弁天と呼ばれていた神社である。目黒川河口の南品川猟師町の沖は,江戸時代の中頃から南品川宿の利田吉左衛門によって埋め立てられ開墾(南品川新開場)されたことから利田新地とも呼ばれたという。

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 利田神社(洲崎弁天)といえば「鯨塚」で知られ,品川浦公園にはクジラのオブジェや遊具がある。

 1798年(寛政10年),品川沖に迷い込んだ巨大な鯨を漁師たちが浅瀬に追い込み捕獲,一目見ようとする人で浜は大賑わい。浜御殿(現在の浜離宮)沖まで運び,11代将軍徳川家斉が上覧するほどの大騒動になったという。その後,鯨の骨を埋めて祀ったのが利田神社脇にある鯨塚である。

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 八ツ山通りの台場歩道橋……の下の横断歩道を渡り,台場横丁の坂を上って旧東海道に戻る。

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 星野金物店の見事な看板建築。

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 星野金物店。レンガまたはスクラッチタイルの壁に銅板張りのパラペットがすばらしい。

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 星野金物店の前から旧東海道の南側を見る。

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 同じ場所を撮っても,広角側(この写真は24mm)と中望遠側(ひとつ前の写真は60mm)ではこんなに印象が変わってくる。

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 旧東海道と黒門横丁の交差点。

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 黒門横丁から旧東海道を振り返る。写真左側にあったはずの「天ぷら三浦屋」がなくなってる。がっかりしているところを,「マリカー」装束の外人軍団とすれ違った。こうやって時代は変わっていくんだな……

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 黒門横丁から法禅寺に抜ける。

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 臨海山光照院法禅寺。1384年(至徳元年)開創,芝増上寺の末寺である。

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 法禅寺の山門とレンガ塀。突き当たりが旧東海道である。

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 法禅寺。門の横に品川小学校発祥の地の碑が立っている。品川小学校は品川区で最も古い公立小学校で,法禅寺にあった寺子屋を引き継ぐかたちで開校したという。

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 法禅寺から旧東海道へ。

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 法禅寺の入口から旧東海道(北品川本通り商店街)の北側を見る。

 旧東海道は電線類地中化され,電線は共同溝に埋設されている。しかし,道路上から電柱をなくす無電柱化は行われていない。広い歩道のある道路であれば,歩道上に変圧器や開閉器を納めた地上機器を設置すれば良いが,旧東海道のような道路では設置場所の問題が大きいため,地上に電柱を残して,電柱の上にトランスを設置している(単柱頂部設置方式)。

 トランス用電柱(街路灯)から下がる東海道品川宿のバナー(垂れ幕)には,「きたしなカード葵」と書かれている。北品川地区の北品川本通り商店街・北品川商店街・京急新馬場商店街の三つの商店街共同のポイントカードらしい。

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 野菜・果物「マルダイ」とせんべい処「あきおか」の前。

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 喜楽すしの前の実用自転車。懐かしいロッド式ブレーキだ。

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 喜楽すしの横には品海公園がある。品海公園の入口には小さな街道松とともに品川宿と刻まれた石碑があり,「日本橋より二里 川崎宿へ二里半」と記されている。

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 トーモンハウスの前に東海道品川宿と書かれた門柱のようなものが立っており,ここから南が北品川商店街となる。歩行新宿と北品川宿の境もこのへんになるのだろうと思われる。

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 創業明治23年の老舗尾張屋の前から北品川宿(北品川商店街)を見る。このあたりから目黒川に架かる品川橋までが北品川宿である。

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 尾張屋の前から歩行新宿(北品川本通り商店街)を振り返る。

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 北品川商店街の米の専門店「新実商店」。その奥の緑に囲まれた山門は一心寺。

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 北品川商店街の丸屋履物店は1865年(元治2年・慶応元年),激動の幕末の創業である。店頭にはたくさんの下駄や雪駄・草履が並んでいる。店内には鼻緒をすげていない下駄も並んでおり,ちゃんとした職人さんがいる店らしい。すばらしいね。

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 一心寺。江戸三十三箇所(昭和新撰江戸三十三観音札所)の30番札所である。
 境内は広くなく,山門を入るとすぐに本堂が建っている。

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 一心寺の前から北側を振り返る。

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 一心寺の向かい側,養願寺(品川虚空蔵尊)に続く路地を入る。

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 一心寺側を振り返る。

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 品川虚空蔵尊(天台宗養願寺)。

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 品川虚空蔵尊の前から一心寺方向を振り返る。

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 狭い路地と虚空蔵尊(養願寺)の境内が一体化していて,路地を歩く人が自然に虚空蔵尊の本堂の前を通り抜けるようになっている。

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 虚空蔵尊(養願寺)には女性の参拝者が絶えなかった。

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 虚空蔵尊の南側に続く路地へ。この路地は虚空蔵横丁と呼ばれているらしい。

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 正徳寺を囲む虚空蔵横丁のレンガ塀。

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 正徳寺のレンガ塀と虚空蔵横丁。レンガは下のほうがイギリス積み,上のほうがフランドル積み(フランス積み)になっていて面白い。一般的にはイギリス積みのほうが新しい場合が多いので,施工時期の違いによるものでもなさそうだ。

 そもそも,なぜここにレンガ塀があるのかが不思議だ。由緒ある寺とレンガ塀が結びつかない。古い地図を見ていたら,大正8年発行の地形図のこの付近に学校を示す「文」マークがあることに気づいた。昭和に入ってからの地図には「文」マークが見当たらないが,それがレンガ塀に関係しているのかもしれない。そういえば法禅寺もレンガ塀になっていて,品川小学校発祥之地でもあった。

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 正徳寺のレンガ塀から北品川公園に続く路地に旅館「靜正」がある。

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 旅館「靜正」の横には壊れた井戸がある。このあたりは江戸時代に小泉長屋と呼ばれたところで,入り組んだ路地に共同井戸が残っていることで知られる。探せばまだ現役の共同井戸が見つかるはず。共同井戸の水質は飲用に適さなくても,散水などの生活用水としては十分利用でき,住民に大事に守られている。全国には,「名水百選」に選ばれているのに,飲用不可となっているその土地自慢の名水も多い。飲用に使わないのに,地下水が飲み水の環境基準を満たさないから“安全だけど安心じゃない”とか言っている都知事の行動に唖然とするばかりだ。

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 誰も遊んでいない北品川公園と,寂しく佇む黒猫。

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 入り組んだ路地の中にある北品川公園には飛行機のかたちをした遊具がある。しかも複座だ。印象的な遊具から「ひこうき公園」とも呼ばれるらしい。

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 レンガ塀のある虚空蔵横丁に戻る。

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 虚空蔵横丁から新馬場北口通りへ。

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 新馬場北口通りの京急新馬場商店街。

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 京急新馬場商店街(北馬場参道通り商店街)。以前は商店街の東西に「サクセス品川」という商店街アーチがあったのだが撤去されたようだ。サクセス品川商店街あるいは新馬場北口通り,または新馬場サクセス通りと呼ばれていたのは確かだ。品川神社の前の第一京浜北品川三丁目交差点から東海道北品川交差点まで続く新馬場商店街は,品川神社の参道として発達した商店街である。通りや商店街の名称が定まらないところに迷いが感じられる。

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 明治時代の一軒家を改装したレンタルスペース松本は,戦前は松本酒店,戦後はもつ煮込みが名物の居酒屋「松本屋」だったそうで,この日は山形の野菜を販売中だった。

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 新馬場参道通りから虚空蔵横丁を見る。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)に並ぶ看板建築。

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 お菓子の太子堂とリサイクルショップ桃色雛。

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 麺屋「まる」と休み処「品川宿参道」,桃色雛の並び。見事な三軒長屋の看板建築だ。

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 王将せんべいとさっぽろジンギスカン喜楽,そしてパン屋の龍月堂。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)は看板建築の宝庫だ。

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 サクセス品川(新馬場北口通り)から北馬場参道通りとなった商店街アーチ。赤い電車が走る京急線の高架橋の先には品川神社がある。

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 電線類の地中化でスッキリした北馬場参道通りの京急新馬場商店街。まだ「サクセス品川」だった2008年11月撮影の写真と比べると,そのスッキリ具合がよくわかる。

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 上の写真からわずか2分後の写真。撮ろうと思った瞬間に撮っておかないと,後で後悔することになる。

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 北馬場参道通りを東へ歩き,正徳寺の門前から京急新馬場駅方向を振り返る。

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 創業宝暦11年(1761年)の加藤畳店(創業時は湊屋)。写真右は正徳寺。

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 木村屋和菓子店とトモ薬局。

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 北馬場参道通り商店街のトモ薬局の看板建築。

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 北馬場参道通り商店街。

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 チャイニーズレストラン「野沢屋」の並びの看板建築。

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 ここの看板建築を2008年11月に撮ったときのようにもう少し引いた位置から撮影したかったのだが,ちょうど向かい側で建築工事をやっていて,その関係者のものと思われる車(工事用車両ではない)が路上駐車をしていて,引きの写真が撮れなかった。残念。

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 突き当たりのやまのて青果の前の道路が旧東海道。

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 北馬場参道通り商店街のミツワヤ化粧品店。ちなみに,上に書いた路上駐車の工事現場はここではない。

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 マルサングループやまのて青果。

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 旧東海道の花と園芸「花本園」と旬菜料理「竹乃家」。このあたりは北品川商店街となる。

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 北品川商店街の若素園と魚より。

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 東海道品川宿本宿「北品川商店街」と書かれた商店街事務所と中国料理「登龍」。

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 若素園と魚よりの間に緑の多い路地がある。

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 東海道品川宿本陣跡は聖蹟公園となっている。江戸初期には南北の品川宿それぞれに本陣が置かれたが,江戸中期に本陣は北品川宿のみとなったらしい。「聖蹟」の名は明治天皇の明治元年の行幸の際に行在所となったことから。

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 山手通りと旧東海道が交差する東海道北品川交差点。油そば専門店「ぶらぶら」の油っぽい名前に惹かれたが,がまんがまん……

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 山手通りを渡り,旧東海道をさらに南へ歩き,品川屋海苔店の前。このあたりも北品川商店街になる。「○○○品川店」と「○○○新馬場店」が混在している。

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 北品川商店街の品川宿交流館本宿お休み処。駄菓子屋や休憩所,多目的スペースが設置されている。

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 品川交流館の横から北浜公園に続く石畳の路地に割烹神戸家がある。

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 品川橋のたもと。

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 目黒川に架かる品川橋。品川橋を境に北品川宿と南品川宿に分かれることから境橋とも,昔は北品川宿の品川神社の天王祭と南品川宿の荏原神社の天王祭が同じ日に行われ,この品川橋の上で行き会ったことから行合橋とも呼ばれたという。目黒川の改修で南品川宿側にあった荏原神社が,目黒川の北側になってしまい,紛らわしくなった。
 品川駅の南に北品川があったり,品川駅が品川区ではなく港区にあったり,品川区では海岸通りと呼ばれる道路が,港区に入ると旧海岸通りになったり,紛らわしいといえば紛らわしいことだらけの土地であるとも言える。

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 目黒川の左岸にある北浜公園の北浜こども冒険広場。

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 目黒川の横の須山米店と新品川橋(洲崎橋)。

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 品川橋の上流に架かる赤い欄干の鎮守橋。荏原神社の参道に架かる橋である。大正末期から昭和にかけて,曲がりくねっていた目黒川を真っ直ぐに改修した際,南品川から荏原神社へ渡る橋が必要になり,1928年(昭和3年)に鎮守橋が架けられた。

 南品川から品川橋を渡れば,図らずも北品川側に移ってしまった荏原神社を詣でることは可能だが,荏原神社は南品川の鎮守だったから話は複雑だ。結局,荏原神社の氏子の拠出により,南品川地区から北品川を通らずに目黒川の北に移った荏原神社に直接参拝できる鎮守橋が架けられることとなった。

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 品川橋を渡って南品川宿(品川宿場通り南会商店街)へ。橋のたもとにある小さな建物は,どこからどう見ても旧交番っぽいが,特に説明書きは見当たらなかった。

 その向かいの城南信用金庫品川支店には案内板があり,信用金庫の場所が南品川宿の脇本陣の百足屋だったこと,東海道から荏原神社への道を天王横丁といい,荏原神社の鳥居の向きから往時の様子が推定できることが書かれている。
 地図を見ると,荏原神社から鎮守橋に続く参道の角度は北品川地区の町割りの角度とは違い,目黒川の対岸の南品川地区の町割りに一致することがわかる。

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 品川宿場通り南会商店街のまいばすけっとの前から品川橋を振り返る。

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 旧東海道の南品川宿の品川宿場通り南会商店街。写真右の建物のシャッターに「南品川一郵便局」の文字が残っている。現在郵便局は約100m南に移っている。

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 南品川宿の街道松の広場と「浜松宿の松(品川宿の松)」。浜松市の有賀氏から寄贈された樹齢80年の黒松で,1993年に植樹されたものらしい。

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 品川診療所のある四ツ辻。品川診療所の北隣には昭和ネオンの品川本社がある。

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 南品川二丁目児童遊園でトイレ&休憩。

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 南品川二丁目児童遊園の隣にある青波堂木庭印房(創業明治四十年)。その隣は床屋さん風だが,今は空き家になっている。

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 創業明治二十七年の富田屋工業所。軒下の古い看板は富田工業所となっている。

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 長徳寺の入口付近の旧東海道(品川宿場通り南会商店街)。このあたりになると「○○○品川」「○○○南品川」「○○○東品川」の他に「○○○青物横丁」がチラホラ。

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 写真右側が開校明治七年の城南小学校の正門。品川区立城南小学校と区立城南幼稚園の共用の正門になっている。長年川崎市と横浜市に住んできたため,幼稚園は私立という思い込みがあり,公立の幼稚園と小学校が併設されていることに驚いてしまったが,都市によってはごく普通のことなのかもしれない。

 城南幼稚園・小学校の正門付近から,旧東海道の商店街は青物横丁商店街となる。

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 1779年(安政8年)創業の松岡畳店。大正時代の建築である。

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 畳松岡の看板がある松岡畳店。

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 古い「魚長」の看板が残る居酒屋えいちゃん。

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 青物横丁商店街の焼肉「オモニ」。

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 派手な看板の焼き鳥店(店名読めず)の横に諏方神社の参道がある。

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 南品川二丁目の諏方神社。境内の狛犬は1831年(天保2年)につくられたもの。

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 旧東海道とジュネーブ平和通りが交差する東海道南品川交差点。竹内醫院の下見板張りの洋館は健在だ。

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 東海道南品川交差点から東側の八潮高校入口交差点・南品川二丁目郵便局方向を見る。青物横丁商店街のエンドウ豆風の街路灯が面白い。

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 東海道南品川交差点から旧東海道の南側(南品川三丁目)を見る。

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 東海道南品川交差点から西側の京急青物横丁駅方向を見る。

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 東海道南品川交差点のフードマーケット平野屋。もともとは1800年(寛政12年)創業の酒屋「平野屋」。

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 青物横丁商店街の街路灯は照明の部分がエンドウ豆風になっているだけじゃなく,柱の部分にも果物や野菜が刻まれている。

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 東海道南品川交差点のすぐ南,南品川三丁目の青横ファーマシー薬局。旧東海道らしい縦書きの看板に,創業平成三年と記されている。旧東海道とはいえ,江戸時代や明治・大正時代創業の店ばかりではないのだ。平成生まれでも既に二十年以上になり,昭和生まれの私は時の流れを感じる。

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 ジュエル靴クリームの矢場靴店。

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 青物横丁駅が近づいてきた。

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 青物横丁駅前のジュネーブ平和通りの青物横丁商店街。南品川三丁目にある品川寺(ほんせんじ)の行方不明になっていた梵鐘が大正時代にスイスのジュネーブの美術館に所蔵されていることが判明し,その返還交渉が契機となって品川区とジュネーブ市が友好都市の関係を結んだ。それがジュネーブ平和通りの名の由来になっている。

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 京急本線の青物横丁駅のガード下。

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 青物横丁駅前の横断歩道。モスバーガーの看板を見たら,腹ぺこだったのでハラペーニョがのったスパイシーチリドッグが無性に食いたくなり,足が勝手に横断歩道を渡ろうとしている。

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 横断歩道を渡る。看板通りなら50m先にモスバーガーがある。

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 京急線のガードをくぐる。

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 モスバーガーのスパイシーチリドッグにむしゃぶりつき,一休み。

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 青物横丁駅から京急線の普通電車に乗り,のんびりとした帰路につく。

北品川〜新馬場〜青物横丁 2

── PENTAX K-1 + HD PENTAX-D FA 24-70mmF2.8ED SDM WR or RICOH GR

【関連記事】
2008年11月29日 (土曜日):京急線新馬場駅周辺を歩く
2008年3月22日 (土曜日):北品川駅界隈(品川宿〜品川湊)
2005年4月 3日 (日曜日):京浜急行青物横丁〜鮫洲

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2016年11月26日 (土曜日)

七辻から雑色商店街へ 東京都大田区仲六郷

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七辻から雑色商店街へ 東京都大田区仲六郷


 七辻からは京急蒲田駅に向かっても雑色駅に向かっても,ほぼ等距離になるので,どっちに向かうかが悩ましい。かつて京急の出村駅があった蒲田消防署付近から蒲田温泉あたりを経由して京急蒲田駅に向かうのも魅力的に感じたが,ただなんとなく雑色駅に向かって歩き始めた。

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 七辻通りの南側から七辻を見る。

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 フレッシュフーズ「七辻ひらばやし(都南青果物)」の南側から七辻を見る。七辻に信号機はない。

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 フレッシュフーズ「七辻ひらばやし(都南青果物)」の北側の通りを西へ向かう。

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 七辻の西側,タイ屋台料理「まいぺんらい」のある変形五叉路には信号機がついている。

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 信号機のある変形五叉路には人つながりの呑み処「うちべんけい」,「おそばなかむら」があり,「まいぺんらい」とともにひらがなの店が集まっている。

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 変形五叉路の居酒屋「ビッグマミー」と「三平鮨」。
 七辻から東六郷一丁目を西へ歩いている。

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 同じ変形五叉路の“おさしみの店”「東」。

 東六郷一丁目には信号機が少なく,第一京浜(国道15号線)のように他地区との境界を通る道路にある信号機を除くと,この変形五叉路の信号機が地区内の唯一の存在である(ように思う)。

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 壁面に絵が描かれている大田区職員寮の1階部分が東六郷保育園になっている。

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 東六郷一丁目バス停。日中でも15分間隔でJR蒲田駅~羽田空港のバスが走っている。

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 第一京浜(国道15号線)の東六郷一丁目交差点を曲がる蒲40系統の羽田空港行きバス。

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 第一京浜の東六郷一丁目交差点の横断歩道を渡りながら南側を見る。午後4時を過ぎたばかりなのに,日が沈もうとしている。この時期の東京の日没時間は約4時半で,一年で一番日没が早い。

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 高架化された京急本線の下をくぐると仲六郷小学校がある。付近のガードレールが緑色だ。景観への配慮か,スクールゾーンを意味するものなのかは不明。ちなみに,山口県のガードレールは黄色い。

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 路地を歩いて大田仲六郷郵便局の前。居酒屋「船方」がある。

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 大田仲六郷郵便局の南のディスカウントショップ「モロヤ」(質屋「モロヤ」)。

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 大田仲六郷郵便局の南の四つ辻の季節料理「南部」。

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 四ツ辻の西側に,スナック「チエ」,喰呑処「たま家」,「南部」が並ぶ。

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 戸石商店では畳を打っているところ……

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 仲六郷二丁目のバス通りに出た。

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 仲六郷二丁目のバス通りの雑色商店街。

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 仲六郷二丁目のバス通り(写真左)と 大田仲六郷郵便局の南の四つ辻に続く路地(写真右)。

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 バス通りの雑色商店街を北へ。

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 仲六郷二丁目のバス通り雑色商店街のそば処「満留賀」。

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 街路灯には「人にまちに優しい“笑”店街(雑色商店街)」と書かれている。

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 仲六郷二丁目の雑色商店街(バス通り)の雑色熱帯魚店。交差点から北は仲六郷一丁目となる。

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 仲六郷一丁目(バス通り)の食事処「中むらや」とFマートチェーン「ヤオハン」。ここから北の仲六郷一丁目は仲六郷一丁目商店街となる。

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 写真左の雑色熱帯魚店側が仲六郷二丁目(雑色商店街),Fマートチェーン「ヤオハン」側が仲六郷一丁目(仲六郷一丁目商店街)。

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 仲六郷一丁目商店街のバス通りを蒲73系統仲六郷・六郷橋経由羽田車庫行きのバスが走ってきた。

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 仲六郷一丁目商店街の「ヤオハン」の前から雑色商店街を見る。

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 雑色熱帯魚店。

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 仲六郷二丁目の雑色商店街を南へ。

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 雑色商店街のバス通りの居酒屋「よし成」の前。

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 雑色商店街のバス通りを南へ。

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 雑色商店街の全蓋式アーケード。バス通りから京急線の雑色駅前を通り,第一京浜(国道15号線)の雑色駅入口交差点までアーケードが続いている。
 午後4時半を過ぎ,暗くなってしまった。

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 雑色商店街の西側は東海道本線・京浜東北線の踏切まで商店街が続いている。

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 いつも買い物客で賑わっている雑色商店街。

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 雑色駅方向を振り返る。

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 雑色商店街のアーケード(ZOSHIKI ARCADE)には象のマークが描かれている。

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 雑色商店街のアーケードから西側を振り返る。

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 雑色商店街の全蓋式アーケード。

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 リヨンクローバーというパン屋さん。

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 雑色商店街の尾張屋洋品店と花の豊花園。

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 谷松屋毛糸店にはいろいろなボタンが並んでいる。懐かしい。

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 花の豊花園の横に行き止まりの細い路地がある。

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 行き止まりの路地を入ってみる。居酒屋「みよちゃん」が営業中。

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 居酒屋「みよちゃん」の奥は真っ暗だったが,高感度に強いPENTAX K-1がISOオートでISO12800までアップして,「おとなの駄菓子屋」やYAKITON BAR「BUBU」が写った。

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 雑色商店街の川田茶園。

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 全蓋式アーケードが途切れたところが元は京急線の踏切だったところ。

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 全蓋式アーケードは京急線の高架橋で途切れるが,その先まで続いている。

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 京急線の高架橋の下から東西の雑色商店街の全蓋式アーケードを見る。こんな写し方は魚眼レンズにしかできない。

 京急線雑色駅の高架化は2012年に完了したばかりで,高架下や周辺の整備が行われているところだ。以前はアーケード商店街と雑色駅が密着していたが,高架化にともなって駅は南の六郷土手駅側に少し離れてしまった。今後,この駅前のスペースがどのように整備されるのかが楽しみだ。

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 かつては写真右側のスペースに雑色駅があった。

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 以前の雑色駅があったスペース。アーケード商店街の横が京急線のホームだったが,駅の入口はずいぶん遠くなってしまった。

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 京急線の踏切がなくなり,東西の移動はスムーズになった。

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 以前の雑色駅の駅舎が取り壊され,そこから新しい駅舎まではフェンスに囲まれた通路になっている。フェンスには雑色のシンボルの象が建設用重機を説明する絵が描かれている。これはロードローラー。

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 雑色駅前のオーケーストア・ジャンボサガン店のビル。昨年9月まではここがオーケーストアの本社ビルだったが,現在は横浜のみなとみらいに移転している。

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 新しい雑色駅の入口。

七辻〜雑色

── PENTAX K-1 + smc PENTAX-DA FISH-EYE10-17mmF3.5-4.5ED

【関連記事】
2007年11月 3日 (土曜日):雑色駅界隈を歩く《前半》
2007年11月 3日 (土曜日):雑色駅界隈を歩く〜ねぶた《後半》
2010年7月31日 (土曜日):浮世草子聞き偲ぶ 雑色
2012年7月15日 (日曜日):初恋草紙聴かせて 雑色

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糀谷商店街から七辻へ 東京都大田区萩中

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糀谷商店街から七辻へ 大田区萩中


 久しぶりに多摩川を渡って神奈川県から東京都へ。上大岡で乗った電車がエアポート急行だったため,京急蒲田駅から空港線に入り,一駅目の糀谷駅で下車する。

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 京浜急行電鉄空港線の糀谷駅(東京都大田区西糀谷四丁目)。2012年までに上下線とも高架化が完了している。隣の大鳥居駅は地下にあり,その次の穴守稲荷駅では一旦地上に出たあと,また地下にもぐる。アップダウンが多くて,先頭かぶりつきでの車窓は楽しいかもしれない。

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 ピカピカの糀谷駅改札口。シースルー改札口も完備している。

 何も考えずカメラが入ったカバンを持ってきたため,11月12日に使用したPENTAX K-1に魚眼ズームレンズが付いたままになっている。バッテリーも放置したままの状態だが,ミラーレスカメラやコンパクトカメラのようにバッテリーが数百枚分しか持たないということはないし,ボディにはバッテリーグリップを付けっぱなしなので安心していられる。

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 糀谷駅の改札口の前。糀谷駅前地区第一種市街地再開発事業第2街区の地上18階建てのビルが竣工間近だ。沖縄料理居酒屋「ゆがふー」。沖縄の方言を調べてみたら「ゆがふー」は「(弥勒)世果報=楽土から五穀の神が運んでくる豊年」のことであり,(ミロク)ヨカホウ→(ミルク)ユガフウになったようだ。沖縄の祭では布袋の仮面を被って弥勒神となり,世果報を祈願する弥勒踊りを行うという。

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 糀谷駅前から南に続く糀谷商店街。

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 糀谷駅前から北に延びるのは「おいで通り糀谷」商店街。以前は西糀谷商店街だったが,名称を変更したようだ。

 西糀谷商店街を北に向かい,京急蒲田駅まで歩こうと思っていたが,ぐるり180度を撮影できる魚眼ズームレンズこそ「七辻」を撮影するのに適している,と思い立つ。

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 糀谷駅前から南の環八通りに続く糀谷商店街へ。

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 環八通りの糀谷駅前交差点から糀谷駅方向を振り返る。京急空港線の高架線を電車が走る瞬間を狙って撮っているが,こういう写真ではあまり意味がない。

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 環八通りの糀谷駅前交差点。交差点を渡った先にも糀谷商店街が続いている。

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 糀谷駅前交差点の南側の糀谷商店街。

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 糀谷商店街は戦前から続く商店街である。○○一丁目と○○二丁目が別の商店街になっていたりするように,街区によって商店街名(商店会)が変わる商店街が多い中,ここ糀谷商店街は西糀谷四丁目・萩中一丁目・二丁目・南蒲田三丁目にまたがって存在している。

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 糀谷商店街の日の出屋本店。大きな青果店だ。

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 フローリスト三幸。路地を挟んできれいな花が並んでいる。

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 栄文堂書店と亀屋万年堂。

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 愛川屋蒲鉾店がある四ツ辻。

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 四ツ辻を西へ入ったところにある「肉のハナマサ」。

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 肉のハナマサの向かいの居酒屋「たかちゃん」,「丼麺亭」「まごころ亭」。

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 中国料理「錦珍楼」の前から萩中神社の裏手方向に続く通りは住宅街となっている。

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 愛川屋蒲鉾店の前の四ツ辻に引き返す。左の大山商店のところは,シャッターの前に自動販売機が並んでいる。

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 愛川屋蒲鉾店・衣料品「サックス」の前の四ツ辻(変形四叉路)。

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 大田区全般に言えることだが,平坦なので自転車が非常に多い。

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 愛川屋蒲鉾店・衣料品「サックス」の前の四ツ辻。

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 四ツ辻の南側の「むさしや履物店」と「肉の太田屋(写真右)」。

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 四ツ辻の焼鳥屋と村松園茶店。

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 糀谷商店街の桃太郎薬局の前を南へ。

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 桃太郎薬局の前から糀谷商店街の北側を振り返る。

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 むさしや履物店とセーター・毛糸・手芸「むさしや」が並んでいる。

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 軒下にぶら下がっている虎とライオンの顔の形をしたリアルアニマルリュック5900円が気になってしまった。自転車のおばさんの目線も,たぶん虎とライオンの顔を見ている。これを背負って歩いたら街中で評判になれそうだが,ネタのために買う勇気はなかった。

 ちなみに虎とライオンのリアルアニマルリュックの部分を拡大するとこんな感じ。
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 八百屋の「八百周」。

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 糀谷商店街と萩中通り商店街の交差点。
 この萩中通りを真っ直ぐ西へ向かえば目的地の「七辻」だが,その前に萩中通り商店街をぐるりと見て回ることにする。

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 萩中通り商店街の蕎麦処「さか本」,もつ焼・とんかつの店「まつざか」。右の路地を南へゆくと区立大田生活実習所がある。

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 萩中通り商店街の複合ビル「グランシャリオ」。1階部分には100円ショップ「ザ・ダイソー」や大きな自転車屋の「サイクルオリンピック萩中店」などが入っている。

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 萩中通り商店街。
 約6年前,初めて萩中通り商店街を歩いたときに,昭和40年代頃にまとめて作られたと思われる集合型店舗群があることを知った。集合型店舗群の多くは健在なようだ。

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 西のグランシャリオの「サイクルオリンピック萩中店」を振り返る。

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 萩中通り商店街に並ぶ集合型店舗群。午後3時を過ぎて商店街は買物道路(歩行者天国)になったはずなのだが,まだ車が通過していく。

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 インドネパールレストラン「エベレスト」。

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 萩中通り商店街を東へ歩く。

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 萩中通り商店街の山本焼肉店,大寿司,ダイヤの並び。

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 萩中通り商店街の集合型店舗群。買物道路(歩行者天国)になっても自転車の数は減らない。

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 萩中通り商店街。通過する自転車が少ない瞬間を狙って道路の真ん中から撮影。

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 シオノ靴店の前から萩中通り商店街の東側を見る。

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 萩中通り商店街。

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 うなぎ・活魚料理「一平」とアイザワ美容室が入る集合型店舗。

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 萩中二丁目の東端,萩中三丁目寄りにあるスーパー「マルエツ新糀谷店」。

 萩中通りをこのまま東に歩くと,目的地の「七辻」からどんどん遠ざかるので,このへんで西へ引き返す。

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 萩中通り商店街の自転車屋「すぎちゃり」。

 自転車屋が多い大田区がうらやましい。私が現在住んでいる横浜市港南区上永谷駅周辺は起伏が多く,自転車利用者が比較的少ないため,自転車屋が(ほとんど)ないのが悩みの種である(以前は駅前のヨーカドーに自転車コーナーがあったのだが,売れないためか売場がなくなってしまった)。
 台数は売れなくても,坂道だらけなので電動アシスト自転車が多く売れるはずなので,商売的にはけっこう美味しいようにも思うのだが……

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 萩中通り商店街の北側の歩道を歩きながら通りを西へ引き返す。

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 午後3時を10分以上過ぎ,買物道路(歩行者天国)が確実に認知されると,広々とした道路を歩く人が増えてくる。

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 萩中通り商店街を西へ。

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 歩行者天国となり,車両通行禁止の車止めが置かれている。自転車も「車両」だと思うのだが,自転車を押して歩いている人はほとんどいないようだった。

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 中国料理餃子ハウス「長安」。

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 糀谷商店街と萩中通り商店街の交差点。

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 ファミリーレストラン「Coco’s」の前にママチャリが大集結。

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 萩中神社のある一郭。

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 萩中神社。このあたり一面が広大な田んぼだった頃から鎮座する。江戸時代後期には神明社と称したらしい。

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 萩中通りをさらに西へ。大きな和牛専門店「東」がある。

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 都営萩中一丁目アパート13号棟。11号棟,12号棟と3棟のアパートが並んでいる。

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 都営萩中一丁目アパート13号棟の1階部分は店舗になっているが,シャッターが閉じている。

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 手描きのパターン絵が描かれている光輪幼稚園。

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 光輪幼稚園もある萩中一丁目のこの一郭には7つの寺が集まっている。現在は萩中だが,かつては出村だったところである。もともと築地本願寺にあった子院が関東大震災で被災し,まとまってここに移転したようだ。

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 水路が暗渠になったと思われる路地。痕跡が多摩川まで続いている。

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 七辻。萩中一丁目,大田区南蒲田二丁目,東六郷一丁目,南六郷一丁目の境界にある有名な七叉路である。交通量は意外に多いが信号機はなく,「日本一ゆずり合いモデル交差点」となっている。

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 まさに七辻,七叉路である。

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 大正時代の地図では,田んぼや畑の中に既に七叉路が通っていることが見てとれることから,歴史のある交差点だとわかる。

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 フレッシュフーズ「七辻ひらばやし」。

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 傍らに「七辻の由来」の看板が立っている。

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 看板には「日本一 ゆずり合いモデル交差点」と書かれている。信号機がないので,基本的にゆずり合いがなければ成立しない交差点なのである。

糀谷〜萩中〜七辻
 糀谷商店街を歩いている途中でiPhoneのGPSロガー機能をonにしたので,中途半端なログになってしまった。

── PENTAX K-1 + smc PENTAX-DA FISH-EYE10-17mmF3.5-4.5ED

【関連記事】
2010年9月21日 (火曜日):京急空港線の高架工事や 糀谷

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2015年12月26日 (土曜日)

蒲田駅東口の歓楽街から京急蒲田駅へ

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蒲田駅東口の歓楽街から京急蒲田駅へ


 近くにありながら,今まで写真に収めることがなかったJR蒲田駅東口の繁華街を歩いてみる。

 なぜ蒲田駅東口を撮ることがなかったか……。特に理由があるわけではないが,強いて言えば,商店街が発達した蒲田駅西口や京急蒲田駅のほうに魅力を感じ,どちらかというと工場跡地の広い敷地に建った新しめのビルが多い東口にはあまり惹かれなかった,と言えるかもしれない。

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〔明治39年と昭和20年(空襲で焼け野原になる前)の蒲田駅周辺の地形図〕

 現在では駅の東西に繁華街が広がる蒲田駅周辺だが,もともと何らかの町があったわけではなく,1904年(明治37年)に荏原郡蒲田村に東海道本線の蒲田駅が開業した当時は,周囲に田んぼしかない田園地帯だった。明治39年の地形図を見ると,都市的な家屋の集積は京浜電気鉄道(現在の京浜急行電鉄)の蒲田駅(現在の京急蒲田駅)がある蒲田新宿の東海道沿いにしか見られない。当時は既に荏原郡大森町(京急線の平和島駅~大森町駅あたり)や橘樹郡川崎町(川崎市)には大きな市街地が形成されており,また荏原郡羽田村の羽田漁師町の家屋の集積も大きく,蒲田村との違いには驚くばかりである。蒲田の繁栄は鉄道駅の設置によってもたらされたことがわかる。
(大森町は1897年に町制,羽田町は1907年に町制,蒲田町は1922年に町制)

 昭和20年の地形図では,蒲田駅周辺は一気に市街化している。商業地域は新旧多摩堤通りと旧東海道,そして東海道本線の西側は住宅地,京浜急行電鉄の東側も住宅地(と町工場)となった。東海道本線と京浜急行にはさまれた地域には工場が立ち並んだ。

 1920年(大正9年)に蒲田村に開所した松竹蒲田撮影所も,1923年の関東大震災で壊滅状態となり,わずか16年後の1936年(昭和11年)には閉所,大船の松竹大船撮影所に移転しており,跡地は大きな工場となっている(現在はニッセイアルマスクエアのビル)。そのような工場の跡地が徐々にビル群に変わっていったのが蒲田駅東口である。

 蛇足になるが,こうやって松竹蒲田撮影所があった場所の古い地図を見ると,開所直後から周辺に工場が増えてトーキー時代の映画撮影に適さなくなったことがよくわかる。かつて蒲田がモダンな「映画の町」だったというイメージは,現実とはずいぶん違っているような気がする。

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 蒲田駅東口の正面。横断歩道で駅前広場のロータリーを横切ると,蒲田東口中央通りの商店街アーチがある。その南側には一番街通りが平行している。

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 蒲田駅東口駅前ロータリーの北側。

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 JR蒲田駅東口の駅ビル,グランデュオ蒲田東館。もともとの駅ビル「パリオ」を全面改装したものである。
 グランデュオ蒲田東館と駅前の蒲田三和ビルの間に,少しだけ見えるのが大田区役所である。区役所が入っているビルが,あのバブル経済が沸き立った時代に不動産業界の寵児的な存在だった桃源社のビルだったことも,すっかり忘れられつつある。

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 東口前から蒲田五丁目交差点方向に続く「ぽぷらーど(蒲田東口商店街)」。歩道の上にアーケードが設置されている。
 蒲田駅東口は羽田空港・羽田車庫・糀谷・森ヶ崎方面のバスターミナルになっている。バス停のほとんどが駅前広場ではなく「ぽぷらーど」に並んでいるのは,駅前ロータリーにたくさんのバス停を並べるスペースが取れないためだろうか。一番遠いバス停は東口から250メートルぐらい離れており,蒲田五丁目交差点近くになる。運転本数の多いバス停が駅の近くに配置されているわけでもなく,駅から遠いバス停の利用者は不運を嘆いているに違いない。

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 蒲田駅東口の駅前広場の北側に広がる飲食店街へ。

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 街路灯などを見る限り,蒲田駅東口の北側から呑川沿いに広がる飲食店街には特に名称が付いていないようだ。蒲田東口商店街の一部という位置づけか,あるいは商店街組合のようなものがないのか,よくわからない。

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 平成通りに続く路地にも飲食店が並んでいる。

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 蒲田で一番 安心して遊べる店,日刊ゲンダイ推薦……

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 平成通り商店街から路地を振り返る。

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 平成通り商店街。呑川に掛かる宮之橋から「ぽぷらーど」まで南北に延びる商店街である。宮之橋を渡った北側は宮の橋通り商店街になる。街路灯の垂れ幕を見ると,蒲田東口商店街 ⊇ 平成通り商店街・ぽぷらーどという関係になっているようだ。

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 平成通り商店街の中央部で,東海道本線をアンダーパスする多摩堤通りの上を渡り,平成通り商店街の宮之橋側を見る。

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 東海道本線をアンダーパスする多摩堤通りの上は自転車置き場になっている。その先を東海道本線の電車が走る。

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 多摩堤通りの上から蒲田駅東口駅前広場の北側に抜ける路地を見る。中国料理寳華園の右側が蒲田駅東口に続いている。

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 中国料理寳華園の横の多摩堤通り。アンダーパスの上が駐輪場になっている。

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 多摩堤通りの東海道本線アンダーパスの横には,自転車や歩行者が通れる地下通路が整備されている。
 東海道線の西側の大きなビルは東京工科大の蒲田キャンパス。右側にチラッと写っているのは,日本工学院専門学校の校舎。駅のすぐ近くに大学と専門学校があり,若い学生が街を歩くことが,蒲田の街の賑わいにつながっているのだろう。

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 飲食店街となっている路地の北側からJR蒲田駅東口方向を見る。

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 多摩堤通りの上に整備されている駐輪場。

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 多摩堤通りの北側から呑川沿いに続く路地にも,飲食店などがびっしり並んでいる。

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 路地の西側(写真左側)には飲食店が並び,東側(写真右側)には……

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 路地の東側(写真右側)には連れ込みホテル……ラブホテルが並んでいる。

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 なぜこの路地にラブホテル街が形成されたのかはわからない。呑川の対岸の蒲田一丁目には,東京に多い黒湯の温泉「ゆーシティ蒲田」がある。黒湯の銭湯は蒲田にもっと多く存在していたらしいが,それがラブホテル街に結びつくようには思えない。

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 呑川側の入口から,飲食店街とラブホテル街が向かい合う路地を見る。

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 呑川と京浜東北線の電車。電車の向こう側に見えるのが日本工学院専門学校である。

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 日本工学院専門学校,デカいなぁ。

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 平成通りから宮之橋を渡り,宮の橋通り商店街へ。

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 宮之橋から南側の平成通りを振り返る。

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 宮の橋通り商店街。黒湯の温泉「ゆーシティ蒲田」の「ゆ」という看板も見える。

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 宮の橋通り商店街の「ゆーシティ蒲田」前の丁字路。

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 黒湯の温泉「ゆーシティ蒲田」。名前は今風でも,古風な銭湯を想像していたので,ちょっと驚いた。

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 宮の橋通り商店街。「宮」の由来となる神社か祠を探したが,近くに見つけることができなかった。明治39年の地形図を見ると,現在の蒲田三丁目の稗田神社から四方に道が延びており,その中の一本が宮之橋に続いている。稗田神社は蒲田村の旧郷社でもあり,宮之橋の「宮」は稗田神社に違いない。

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 宮の橋通り商店街。

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 蒲田五丁目交差点の「ぽぷらーど(蒲田東口商店街)」からJR蒲田駅東口方向を見る。

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 蒲田五丁目交差点から南東側を見る。右は旧多摩堤通り,左はあやめ橋~第一京浜の東蒲田二丁目交差点に続く。

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 京急蒲田駅南側の京急蒲田駅前交差点や蒲田八幡神社の前に続く,旧多摩堤通り。歩道の上のアーケードの形は変わるが,ここも「ぽぷらーど(蒲田東口商店街)」である。この通りも飲食店が多いが,どちらかというとチェーン店系統の店の割合が大きい。

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 ぽぷらーどの歩道の上のアーケードは幅が狭く,雨を防ぐ機能はあまり強力ではない。しかも,肝心のアーケードの真下には放置自転車が並んでいたりして,微妙感を感じさせながら,美しいカーブを描いてJR蒲田駅方向に伸びている。

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 ぽぷらーどの一本南側に平行する通りが,蒲田東口中央通り商店街である。

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 蒲田東口中央通り商店街は東西に延びていて,西端はJR蒲田駅東口の駅前広場につながっている。飲み屋を探して歩く人通りが多い。

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「蒲田東口中央通り」の商店街アーチ。

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 看板がやたら目立つヒノマル食堂蒲田店。

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 蒲田東口中央通り。「かおるちゃん」かと思ったら「かるちゃん」だった。

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 蒲田東口中央通りの西側,蒲田駅方向を見る。

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 “立ち飲み”「かるちゃん」の2階,「さしみや五坪」には“座ってゆっくり呑める”の文字が……

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 さかさ横丁。

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 さかさ横丁の入口には,スナック三鐘(ミツベル)とカラオケスナック鐘三(ベルサン)の入口が並んでいる。中に入ったら同じ店だったりして?

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 さかさ横丁。「大女優」という名のスナックが蒲田っぽい。

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 さかさ横丁。

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 さかさ川通り(旧逆川道路)。蒲田駅と京急蒲田駅のほぼ中間にあり,賑わいの拠点としてきれいに整備されている。かつてはここを六郷用水の支流「逆(さかさ)川」が流れていたらしい。

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 蒲田五丁目バス停付近の蒲田東口商店街の中華楼。

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 京浜蒲田商店街「(京急蒲田)あすと」の西側の入口。京急蒲田駅西口から延びる全蓋式アーケード商店街である。

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 京浜蒲田商店街「あすと」。

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 京浜蒲田商店街「あすと」。

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 商店街の西側を振り返る。

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「京急あすと蒲田」の北側にある京浜蒲田「柳通り」。

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 京急蒲田駅西口の再開発によって,「あすと」のアーケードが5〜60メートル短くなっている。
「祝あすとウィズ あすとデッキ」の横断幕が掲げられている。

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 立ち飲みワインバー(バル),バル・バンチョ。

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 京急蒲田駅西口の「あすと」のアーケードを取り壊して設けたペデストリアンデッキ「あすとデッキ」と駅前広場。

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 あすとウィズの1階と2階にはスーパーマーケットのライフが入っている。ライフはもともと駅前にあったので,何年ぶりかで復活したことになる。1階と地下1階には,ライフと同じぐらいのスペースの大きなパチンコ屋が入っている。

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 再開発で整備された駅前広場の南側の出入口。

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 再開発で整備された駅前広場とペデストリアンデッキ。有効活用されているように見えない……。東口駅前広場が完成すれば,バス網がそれと一体化して便利になるのだろうか。

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JR蒲田〜京急蒲田へ

── PENTAX K-5 IIs + HD PENTAX-DA 20-40mmF2.8-4ED Limited DC WR or smc PENTAX-DA15mm F4 Limited

【参考】
2007年10月28日 (日曜日):京浜蒲田商店街「あすと」を歩く
2013年8月25日 (日曜日):解体工事が進む京急蒲田西口駅前地区

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2015年4月18日 (土曜日)

江古田市場通り〜江古田ゆうゆうロード

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江古田市場通り〜江古田ゆうゆうロード



 西武池袋線の江古田1号踏切を渡り,江古田駅の北口側の商店街へ……

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 江古田銀座を歩き,江古田1号踏切を渡ると,栄町本通り商店街「江古田ゆうゆうロード」が始まる。

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 江古田1号踏切の横には江古田市場通りの入口もある。入口の横には八百屋の八百喜商店がある。

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 江古田1号踏切を振り返る。
 西武線の電車と言えば「黄色い電車」のイメージが強いが,日立製作所の「A-train」によるアルミ押し出し材を用いた軽量車両で,「黄色くない電車」もずいぶん増えたようだ。

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 西武池袋線の線路横を江古田駅北口に向かって続く駅前通り(江古田駅北口商店街)。江古田駅北口商店街は,線路際の駅前通りから真っ直ぐに北の武蔵野音楽大学まで延びる音大通りや浅間通り・保育園通りにも広がっている。

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 江古田市場通りの八百喜商店とくだものの森崎商店(フルーツ森崎)。

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 江古田市場通りの横を西武池袋線の電車が走る。

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 江古田市場通りのくだものの森崎商店と八百喜商店。

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 たい焼きの万龍にはSLと車の遊具がある。

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 くだものの森崎商店の向こうを西武池袋線の電車が走る。

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 たい焼きの万龍。

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 2014年の暮れに閉場した江古田市場の跡が更地になっている。

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 練馬区として,この一帯は“江古田市場を核にしてにぎわいや親しみやすい街として評価を受けている地域”だという認識はあるが,“買い物などのための歩行者空間が十分確保されていないことや、1街区入った後ろ側には閑静な住宅地が存在することなどから、地域の安全性や防災性を高め、商業空間と住宅地とが共存するまちづくりが課題となっている”ということから,江古田駅北口地区地区計画を策定することになったらしい。

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 たい焼きの万龍。

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 江古田市場通り商店街の田中洋装生地店。

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 江古田市場跡地と江古田市場通り商店街。

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 江古田市場通り商店街の「魚勇」とグルメシティ跡地の仮囲い。
 グルメシティはダイエーグループの食品スーパー(以前はセイフーというスーパーだったらしい)で,今年(2015年)の2月22日で営業を終了したという。

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 江古田市場通り商店街の「魚勇」とグルメシティ跡地。

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 江古田市場通り商店街の八百屋「市場のあにき」と茶の丸美屋。築地市場の用語集といった感じのサイトを見ると,新たに入荷したものに対して,前日の入荷分のものを「アニキ(兄貴)」と呼ぶのだそうだが,「市場のあにき」は鮮度が自慢だとか。

 江古田市場とグルメシティが立て続けになくなったというのに,商店街は賑わっている。以前と変わらぬ人通りなのか,それともだいぶ人通りが少なくなってこの状態なのか……

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 美容室「festa」……

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 江古田市場通り商店街の八百屋「市場のあにき」と茶の丸美屋。

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 江古田駅北口商店街。音大通りと江古田市場通りとの十字路。突き当たりの木々は浅間神社。

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 江古田駅北口商店街(音大通り)の鮪専門店「鮪ism」と大衆酒場「八丈」。

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 音大通りの串焼き「ひみつ基地」。

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 音大通りを北へ。

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 江古田駅北口商店街の総菜の「点点」と四文屋。

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 近江屋精肉店と洋食「砂時計」。

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 江古田駅北口商店街の銭湯「浅間湯」。

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 キッチン「男の晩ごはん 女の昼ごはん」。店の前に,ネパールから来て日本の定食が大好きになりました,と書かれている。チェーン店らしい。

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 江古田駅北口商店街の珈琲「モカ」。

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 銭湯「浅間湯」の焼き物のたぬき。フロントには剥製のたぬきもあるらしい。

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 江古田駅北口商店街を南へ引き返す。

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 保育園通りの江古田北口商店街のこどもや呉服店と多賀家具店。

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 保育園通りと市場通りの交差点だが,写真に写っている範囲はどちらも江古田市場通り商店街になるらしい。

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 交差点の西側は栄町本通り商店街「江古田ゆうゆうロード」になる。

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 江古田市場通り商店街。
 人通りの多い路地のど真ん中に自転車が駐めてあって,通りがかる人が口々にその駐め方にあきれたり苦情をつぶやく……。自転車の主は,店の壁に「憲法9条をまもりぬきます。日本○○党」というポスターを貼って戻ってきた。ああ,やっぱり「苦情」をまもりぬくためには迷惑はどうでもいい人たちなんだな……と思った。

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 江古田市場通り商店街と江古田市場の跡地。

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 栄町本通り商店街「江古田ゆうゆうロード」。

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 左が栄町本通り商店街「江古田ゆうゆうロード」,右は保育園通り。

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 栄町本通り商店街の浅見園芸の前から西武池袋線の江古田1号踏切を見る。

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 鯉のぼりが泳ぐ江古田ゆうゆうロード(栄町本通り商店街)。

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 江古田ゆうゆうロード。

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 寿し処江戸雅。

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 江古田ゆうゆうロードの江戸雅の交差点。

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 江古田市場通りから続く通りと栄町本通りが斜めに交差している。

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 寿し処「雅(みやび)」=江戸雅の前から江古田市場通り商店街に続く通り。

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 丸幸商店と九州屋蒲鉾店。

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 江古田ゆうゆうロードのブティック「CORAGGiO(コラッジオ)」。

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 江古田ゆうゆうロードを西へ。

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 手しごと「もみの木」。

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 江古田ゆうゆうロードを西へ。

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 江古田ゆうゆうロードの西村文具店の前。

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 畳の相沢……

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 藤屋精肉店,やきとりふじや。

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 中古レコード屋「おと虫」の前の五叉路。

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 中古レコード屋「おと虫」の前の五叉路。

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 巨大なパイロン(三角コーン)が目印になっている中古レコード屋「おと虫」。店頭でジミヘンのポスターが「聴かなくなったCDなど高価買取するよ」と呼び掛けている。

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 五叉路に庚申塚(庚申塔)がある。1765年(明和2年)に建てられたものらしい。きれいに花が供えられ,ちょっと見ているうちに拝む方がいらっしゃるなど,地元の方に慕われ続けていることがわかる。

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 江古田ゆうゆうロードをさらに西へ。

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 江古田ゆうゆうひろばとインドカレーレストラン「カリカ」。

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 江古田ゆうゆうロードから南に延びる路地。雰囲気がちょっと気になって撮影してみた。

 実はこの日,珍しく事前に自宅で江古田駅周辺の地図をパソコンでチェックして,新桜台駅の南側に銭湯「南湯」があることを予習?していたのだった。そのため,江古田ゆうゆうロードを新桜台駅近くまで歩いてきたのだったが,iPhoneのマピオンには「南湯」の表示がなく,南湯は江古田ゆうゆうロードに面しているはずだとの思い込みがあって,この先10メートル先まで歩けば南湯に気付くことができたのに,ここで引き返してしまった。

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 江古田ゆうゆうロードに戻る。

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 江古田ゆうゆうロードは新桜台駅近くなると歯抜けになったところが多くなる。iPhoneのマピオンをめいっぱい拡大しても銭湯「南湯」が見つからなかったため,てっきり南湯の跡が更地になって歯抜けになっているのだと早合点してしまった。空き地がなければ,もう少し念入りに,Googleマップでも確認したのになぁ……

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 環七通りが見えてきた。

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 江古田ゆうゆうロード(栄町本通り商店街)の環七通り側の入口。環七通りの下には西武有楽町線の新桜台駅がある。

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 環七通りの新桜台駅の北に延びる正久保通りの新桜台駅前商店街。

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 新桜台駅前商店街側から環七通り越しに江古田ゆうゆうロード(栄町本通り商店街)を見る。2014年2月にオープンしたばかりの新しいライフ新桜台駅前店がある。

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 西武有楽町線の新桜台駅。横浜まで座り続けられる有楽町線〜東横線直通の電車で帰ることにする。この日は江古田・東長崎・椎名町の周辺を見て回るつもりだったが,江古田駅まで戻る体力・気力がなくて断念。

江古田駅〜新桜台駅

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