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2018年2月 4日 (日曜日)

うめちゃんと笑おう 梅屋敷東通り商店街

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うめちゃんと笑おう 梅屋敷東通り商店街


 いつものように目的地もなく京急線の普通電車品川行きに乗っていた。京急蒲田駅に着いたときに,そういえば最近梅屋敷駅で下車してないなと思い,隣の梅屋敷駅で下車する。

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 梅屋敷駅で下車する。2012年に上下線とも高架化されたホームに,以前の梅屋敷駅の面影はない。

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 梅屋敷駅の改札口を出る。以前は踏切の両側まで商店がびっしり並んでいたが,婦人服の橋本屋だけがぽつんと残っている。

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 ちなみにこれは京急線が高架化される前の梅屋敷駅改札口前の写真。2008年6月7日撮影。

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 第一京浜(国道15号線)の梅屋敷駅入口交差点側には居酒屋梅林とそば処しなのが残っている。

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 まずは駅の西側,ぷらもーる梅屋敷商店街(梅交会商店街)へ。ぷらもーる梅屋敷商店街は,梅屋敷駅東側の梅屋敷駅入口交差点から東邦医大通りまで街区ごとに一番街〜五番街に分かれている。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街側から京急線の高架下を振り返る。

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 京急梅屋敷駅の西側。細い路地に並んでいた家屋がなくなり,広い道路ができている。駅の南北に広い通りがあるわけでもなく,何のための空間かがよくわからない状態。梅屋敷駅の側面も,街の表玄関として人に見せるような状態ではなく,家並みの中の一軒が解体されて,見えてはいけない側面が見えているような感じだ。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街から梅屋敷駅を見る。梅屋敷駅の側面が殺風景なのはここも同じで,窓ぐらい付ければホームからの眺望も生まれるし,外観のアクセントにもなるのに……と思う。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街(ぷらもーる一番街)。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街(ぷらもーる一番街)を西へ。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街。
 天気が良すぎて直射日光が強く,露出が難しい。日陰の様子を写そうとすると,雲や直射光が当たったところが白く飛んでしまう。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街(二番街)。

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 二番街から一番街を振り返る。

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 一番街と二番街の境界を南北に貫く通り。大森西六郵便局の前から南側を振り返る。

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 とんかつ福子(ふくね)。

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 やきとり「たぬき」,健康苑「中国」……

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 ぷらもーる梅屋敷商店街に戻り,中華料理「竜香飯店」。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街(二番街)。洋菓子「シェークドール」の前から西側を見る。

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 中国料理「菜香園」の前から東側を振り返る。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街二番街と三番街の境となる四ツ辻から西側を見る。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街二番街を振り返る。写真右側の吉田時計店のテントの形が絶妙だ。

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 ぷらもーる梅屋敷商店街三番街と四番街の間に「ぷらもーる梅屋敷」の商店街アーチがある。

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 うどん・そば「なごみ亭」。ベーカリー「日の出」は土日祝日が定休日。地元密着らしく,私が利用するのは難しそう。

 このあたりで急に腹痛を感じ,トイレに行きたくなる。困ったことに,最近よくある。とりあえず梅屋敷駅に戻ることにする。

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 梅屋敷駅に引き返す。高架駅のホームが見えてきた。

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 立神双葉開発の小さな店舗がかわいい。

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 トイレを済ませた後,また同じ商店街を戻るのもバカらしいので,梅屋敷駅の東へ。

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 梅屋敷駅の横にぽつんと残った婦人服「橋本屋」。京急線の線路と第一京浜の間が軒並み更地になっている。何が予定されているのだろう。バス路線網の要になっているわけではないので,公共交通機関の結節点・ターミナルにする計画はさすがに無理があるし,西口側も含めてマイカー・タクシーでのアクセス用スペースと駐輪場にするには,広大すぎるような気がする。

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 梅屋敷駅入口交差点の梅交会商店街の商店街アーチとそば処しなの。ぷらもーる梅屋敷商店街はここから西側に続いている。

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 第一京浜(国道15号線)の梅屋敷駅入口交差点の東側は梅屋敷東通り商店街となっている。

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 梅屋敷駅入口交差点から梅屋敷梅交会商店街の商店街アーチを振り返る。

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 そば処しなのと居酒屋梅林のところだけ,ぽつんと建物が残っている。

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 第一京浜の南側を見る。京浜急行の線路との間はやはり更地になりつつある。

 第一京浜の拡幅計画がありそうだが,蒲田から梅屋敷までを拡幅しても,すぐ北側の大森警察署前交差点や環七通りと交差する大森東交差点(平和島駅前)をどうにかしないと,あまり効果的ではなさそうだ。

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 梅屋敷駅の南側,焼肉「銭屋」の前。ここにあった踏切は,6両編成の電車が踏切上にはみ出すため,ドアカット(停車中にドアが開かない)していたことで有名だった。高架化でドアカットも解消し,電車のドアに書かれていた「このドアは梅屋敷駅では開きません」の表示もなくなった。

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 2008年6月7日に撮影した,踏切にはみ出した状態で停車する品川行き普通電車の写真。

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 京急線のドアに貼られていた「このドアは梅屋敷駅では開きません」ステッカー(2008年6月14日撮影)

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 現在の写真に戻る。

 梅屋敷駅や大森町駅界隈には自動車が普及する前に市街化した住宅地が広がっているため,駅への車でのアクセスが非常に不便である。駅の高架化にともなう再開発では,当然駅へのアクセス改善が望まれるだろう。

 しかし,残念ながら連続立体交差事業によって駅の周辺に生まれた土地を全部道路にしても,駅前に続く道路が細いままでは何の改善にもならない。駅前に駐車エリアを設けることによって,むしろ周辺の細い生活道路が不便になる可能性のほうが高い。

 防災空間(延焼防止空間,避難場所)としての公園緑地,そして自転車利用者の多い大田区に望まれる巨大な駐輪場を作ることが,ひょっとしたら最も望まれている土地の利用方法なのかもしれない。

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 第一京浜の梅屋敷駅入口交差点を渡り,駅の方向を振り返る。

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 梅屋敷駅入口交差点の東,梅屋敷東通り商店街へ。

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 梅屋敷東通り商店街の三叉路。中華料理「華の星」。

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 いつも客がいっぱい,牛豚肉臓器卸やきとり「竹沢商店」。テイクアウトの焼鳥が安くて美味い。

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 梅屋敷東通り商店街の三叉路から梅屋敷駅入口交差点を見る。

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 うめやストアー。魚屋「め組」,肉のみやがわ,荻原青果店が入ったマーケット。残念ながら日曜日は定休日。

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 竹沢商店の前の三叉路を振り返る。
 通りすぎようとしたが,残念ながら焼鳥の魅力に惹きつけられてしまった。買わずに通り抜けられない。

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 竹沢商店で買った焼鳥。あつあつ……

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 梅屋敷東通り商店街を東へ。街路灯に商店街のイメージキャラクタ「うめちゃん」の旗が下がる。2012年(平成24年)に誕生したキャラクタとのこと。

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 安心して歩ける梅屋敷東通り商店街。15時〜19時は車両通行止め(歩行者天国)になる。

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 八百惣本店の前から三叉路を振り返る。八百惣も残念ながら日曜祝日が定休日。活気ある商店街を見たいときは平日か土曜日に来なければならないようだ。

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 八百惣本店の横の路地から梅屋敷東通りを見る。正面はおもちゃ・プラモデル・花火「みやかわ」。

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 串揚げ・とんかつ・メンチ・お酒「まうか食堂」。舞花食堂と書くらしい。そりゃ読めないわ……

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 おもちゃ「みやかわ」の前から西側を振り返る。

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 梅屋敷東通り商店街コミュニティセンターの前から炭火伊酒場「とりっとりあ」前の四ツ辻を見る。

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 炭火伊酒場「とりっとりあ」。炭火伊? イタリア?

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 うなぎ「五合(はんじょう=一升の半分かな),とんかつ「あずま」。

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 梅屋敷東通り商店街を東へ。

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 西側を振り返る。

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 梅屋敷東通り商店街は曲がりくねりながら産業道路の弁天神社前交差点まで続いている。

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 食品ストアー(丸市食品ストアー)。

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 丸市食品ストアー(丸市商店)。

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 このあたりは明治時代は「前方」という集落で,旧東海道の北蒲田から旧呑川の河口付近にあった川端の集落を結ぶ道が通っていた。都市の中の曲がりくねった道は,ほとんどの場合は歴史の古い道である。

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 丸市食品ストアー(丸市商店)。

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 かねこ玩具店。

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 かねこ玩具店の前から梅屋敷東通り商店街の東側を見る。

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 横並びの自転車軍団……

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 酒処「だるま」の前の丁字路。

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 丁字路の北側を見る。

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 丁字路の北側から梅屋敷東通りの丁字路を振り返る。

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 八百屋の激安「八百長」。ネーミングがすごい。残念ながらここも日曜は定休日。

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 長亨山大林寺。このあたりが大森中二丁目の真ん中になり,梅屋敷東通り商店街の真ん中でもある。

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 K-PORT DRUG MART。

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 K-PORT DRUG MARTの前から激安「八百長」の前の丁字路を見る。

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 カフェ「クリッパー」の前の四ツ辻。梅屋敷東通り商店街を南北に横切る(写真の中では左右)この道路は比較的新しく作られたこともあって,比較的真っ直ぐになっている。

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 カフェ「クリッパー」の前から梅屋敷東通り商店街の東側を見る。

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 クリッパーの隣はイタリアンレストランの梅屋敷デルソーレ。居酒屋「友華」の隣のゴマメーラは何の店か不明。

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 前面のアールがかわいい。

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 梅屋敷東通りから北に真っ直ぐに延びる通り。左側にアパート群があるが,通りに面して出入口がなくて不思議な感じ。

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 西側を振り返る。

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 富士自転車の川見屋自転車店。

 富士自転車は私が小学生の頃にフラッシャー付きの自転車を出したり,学生時代にはOlympicブランドのスポーツ車を出していた。

 小学生の頃に読んだ漫画「サイクル野郎」の影響も残っており,大学生になってランドナー車かツーリング車が欲しくて,各社のカタログを見まくったことを覚えている。結局,ブリヂストンのダイヤモンドツーリングに憧れつつ(小学生の頃に一緒にサイクリングに行った社会人のOさんがダイヤモンドに乗っていた),同じブリヂストンのユーラシアランドナーを買ったのだった。

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 HAIR SALON「ナカダ」とBeauty Salon「アマヒ」が並んでいる。

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 AEONの「まいばすけっと」。

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 まいばすけっとの前からBeauty Salon「アマヒ」,HAIR SALON「ナカダ」を振り返る。

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 おそば「大むら」。

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 印章「墨印堂」,そしてタケウチ製パン(タケウチベーカリー)。

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 うなぎ・天ぷら「源八」の前からタケウチ製パンを見る。露出ブラケット写真をHDR処理した。

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 サンドウィッチも調理パンも具がいっぱい。目移りする……

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 タケウチベーカリー(タケウチ製パン)の前から梅屋敷東通り商店街の西側を振り返る。

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 産業道路(国道131号線)の弁天神社前交差点。梅屋敷東通り商店街はここまで。

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 産業道路の弁天神社前交差点から梅屋敷東通り商店街を振り返る。

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 産業道路の弁天神社前交差点。

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 産業道路を渡り,梅屋敷東通り商店街を見る。

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 弁天神社前交差点の横にある三輪厳嶋神社。かつてこの地の名産であった海苔に関する由来があり,弁天神社とも呼ばれている。境内は弁天神社児童遊園となっており,この日も子供たちがかくれんぼをして遊んでいた。

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 三輪厳嶋神社。三輪神社に厳嶋神社を合祀したらしい。

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 鳥居の額束には三輪・厳嶋神社と併記されている。

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 梅屋敷東通り商店街から弁天神社前交差点を越えて続く大森東四丁目の通り。商店街名はみあたらないが,古くから残る道だけあって商店が多い。

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 大森東四丁目の甘味処「福田屋」。

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「ソフトクリーム福田屋」という看板と「今川焼 福田屋」という暖簾。子供たちに人気らしく,ちょうどこのときにも自転車でやってきた子供たち3人組が店に入っていった。

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 福田屋の隣はキッチンコロッケ。

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 竹沢商店の焼鳥,タケウチベーカリーの調理パンを食べた後なのに,福田屋に引き返して季節的に今川焼を買ってしまう。子供の頃,親から「○○(私の名前)は腹が一杯でも眼で食べたがるから」と言われた言葉を思い出す。

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 あんこがみっしり入った今川焼。

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 弁天神社前交差点方向に引き返す。

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 ここ大森東四丁目に川端自治会の掲示板があった。ということは,このあたりが旧呑川の河口で,大森東五丁目からは濱端と呼ばれた干潟,もしくは東京湾埋め立て地だったと思われる。

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 弁天神社前交差点。

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 弁天神社前交差点のセキデンキ。美しい建物だ。

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 弁天神社バス停で大森駅行きのバスを待つ。

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 あっという間に平和島駅バス停に到着。

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 平和島駅で普通浦賀行きの電車を待つ。やってきた電車は京急蒲田行き。浦賀行きが来るまで,ホームのベンチで福田屋で買ったもうひとつの今川焼を食べる。ちゃんとした昼飯を食べなかったが,腹が一杯だ……

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梅屋敷東通り商店街

【関連記事】
2008年6月 7日 (土曜日):梅雨の晴れ間に梅屋敷
2009年11月 3日 (火曜日):木枯らし一号と梅屋敷
2014年10月29日 (水曜日):梅屋敷〜キネマ通り商店街

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2018年1月 2日 (火曜日)

「江戸本町」日本橋本町を歩く

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「江戸本町」日本橋本町を歩く


 謹賀新年。

 年末に買い込んだ食料を食べながらの寝正月。しかし不満がある。福島県人の正月に欠かせない食べもの“いかにんじん(にんじんいか)”がない。あまりにローカルな食べものなので,残念ながら神奈川県では入手できないのだ。
 食べたくなると,もう我慢ができない。天気もいいし,東京の日本橋ふくしま館「MIDETTE」まで買いに行く……

 JR戸塚駅で総武線直通の横須賀線電車に乗り新日本橋駅で下車すれば,日本橋ふくしま館「MIDETTE」まで徒歩1分だ。

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 新日本橋駅で下車。地上に出る。室町3丁目交差点の南側(写真右)では「日本橋室町三丁目地区第一種市街地再開発事業A地区」の26階建て再開発ビルの建築中。昨年5月に来たときにはまだ建物の姿は見えなかったが,あっという間にビルのかたちになっている。
 中央通りを挟んだ区画でも(仮称)JPビルディングの建築が進んでいる。

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 中央通りの室町3丁目交差点から徒歩30秒で日本橋ふくしま館「MIDETTE」に到着。

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 日本橋ふくしま館「MIDETTE」。会津地方の郷土玩具「赤べこ」が首を振ってお出迎え。

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 いかにんじん他を大量に買い込む。初売りのお振る舞いとして,買い物客全員に白河産コシヒカリ2合の「合格祈願力米」が配られた。

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 室町3丁目交差点を走る「メトロリンク日本橋」の無料巡回バス。沿道の企業が協賛金を出して日の丸自動車興業が東京駅〜日本橋〜京橋を無料で周回運行している。同様の無料循環バスには丸の内・大手町を巡回する「丸の内シャトル」や,台場の東京ベイシャトルがあり,東京の凄さを感じる。
 メトロリンク日本橋には低公害車としてタービン電気バスも走っており,ぜひ一度乗ってみたい。

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 江戸通りの新日本橋駅前郵便局の前から北に入り「時の鐘通り」との交差点。

 写真の交差点を左右に横切っているのが「時の鐘通り」。西側(写真左)に曲がると日本橋ふくしま館「MIDETTE」の前に出るのだが,そこのさくら室町ビルのあたりに江戸の町に時を知らせる「石町時の鐘の鐘楼堂」があったという。
 昭和になって鐘楼は日本橋小伝馬町の十思公園に移され,鐘は東京都の指定文化財になっている。時の鐘の鐘楼堂跡から十思公園までのこの道は「時の鐘通り」と命名された。

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 時の鐘通りの一本北側の通り。

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 日本橋本町四丁目の「時の鐘通り」の一本北側の通り。日本橋本町三丁目あたりは製薬会社が多いことで知られるが,四丁目にも製薬会社がとても多い。
 細長い竹の門松としめ縄は江戸時代から続く伝統的なものらしい。一般的に想像する太い竹を斜めに切った門松とはちょっと違う。

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 日本橋本町四丁目,細い路地が並ぶ一郭。

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 細い路地にも薬品の会社や化学会社がある。

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 岩城製薬や中外薬品工業がある通り。「カケン」は繊維製品の試験を行う会社で,財団法人日本化学繊維検査協会の略称らしい。
 ここにも伝統的な葉っぱまでついた竹を使った門松がある。

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 時の鐘通りの見事な看板建築。

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 時の鐘通りのホテルかずさや。ここの門松も伝統的なもの。

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 時の鐘通りの銅板張り看板建築群。

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 時の鐘通りの看板建築群。

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 こうやって伝統的な門松が並ぶと,江戸っ子の文化が生きていることを実感する。

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 スクラッチタイルの看板建築。

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 時の鐘通りの看板建築群。すばらしい。

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 時の鐘通りから昭和通りに出たところにうなぎ割烹「大江戸」がある。

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 うなぎ割烹「大江戸」。

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 昭和通り。高架は首都高速1号上野線。

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 東急ステイ日本橋の裏側。時の鐘通りに続く細い路地にも看板建築が連なっている。

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 むちゃくちゃシブい外観の喫茶店「ラフレッサ」。

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 店頭に「麻雀カガ」の看板があるので雀荘かと思ったが,よく見たら「カガ」は2F。まぎれもなくCAFE LAFRESAである。この写真の角度ではわかりにくいが風見鶏がある。

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 喫茶「ラフレッサ」。土日祝日は定休日。残念ながらこの日も休みだった。

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 麻雀「カガ」の看板がまぎらわしい。

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 喫茶店「ラフレッサ」の2Fが麻雀「カガ」。

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 寿司「日本橋」の前から中央通り方向を見る。

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 昭和化学株式会社の前から東側の昭和通り方向を見る。西日のように見えるが,十思公園あたりのビルに西日が反射しているようだ。

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 昭和化学の前の四ツ辻。

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 本町交番横の地蔵橋公園で一休み。

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 地蔵橋公園で,日本橋ふくしま館で買ったばかりの福島市駒田屋本舗「みそぱん」を食べる。

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 地蔵橋公園には竜閑川埋立記念の碑が立っている。千代田区神田と中央区日本橋の連名である。竜閑川は,防火のために神田橋と常盤橋の間から外堀の水を浜町川に流すように掘った人工の堀で,神田八丁堀,白銀町堀とも呼ばれ,日本橋と神田の境界になっていたようだ。

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 ビル街にある福田稲荷神社。ふと気付くと,2018年の私の初詣はここ福田稲荷神社ということになる。

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 地蔵橋公園から昭和通りを渡り地蔵橋南東児童遊園へ。

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 東洋経済本町ビルの前からニュー本町ビルを見る。

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 東洋経済本町ビルの前から地蔵橋公園側を振り返る。昭和通りは中央分離帯で分断されており,車は横断することができない。

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 日本橋小伝馬町の十思公園方向を見る。

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 日本橋本町郵便局。

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 時の鐘通りの藤井硝子店の隣,株式会社「ジャパ・コン」の看板建築。ベランダ上部のアーチを支える円柱の造形。大きいアーチと小さなアーチが面白い。

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 時の鐘通りを東へ。路地を入ったところに藤川商店がある。

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 時の鐘通りを東へ。日本橋本町四丁目から日本橋小伝馬町に入ったところにある十思スクエア。大きな角アールの正面とアーチ窓のデザインが特徴的なこの建物は,関東大震災後の復興事業で1928年(昭和3年)に建てられた復興小学校の旧十思小学校である。

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 時の鐘通りの旧十思小学校の前から北側を見る。

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 時の鐘通りから江戸通り(国道6号線)に出る。

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 江戸通り(国道6号線)の十思スクエア前交差点を渡り,十思スクエアを振り返る。
 蛇足だが,「十思スクエア前」交差点のふりがなは「じゅっし」ではなく,ちゃんと「じっし Jisshi Square」となっている。

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 日本橋本町三丁目,そば小倉庵本店がある路地。飲食店が並んでいる。

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 地酒堂「歌仙」,中華「華」がある路地。

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 伊藤パンの丸善商店の前。

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 ギャラリー「桐子モダン」。

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 日本橋本町三丁目の寳田惠比寿神社横の四ツ辻へ。

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 四ツ辻。

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 寳田惠比寿神社(宝田恵比寿神社)。小さな神社だが,参拝客が絶えない。
 ここで行われるえびす講でべったら漬けが売られていたことから始まった「べったら市」が有名で,10月のえびす講はたいそう賑わうらしい。

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 寳田惠比寿神社。

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 寳田惠比寿神社と四ツ辻。

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 寳田惠比寿神社を振り返りながら西へ。

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 昭和通りから寳田惠比寿神社を見る。

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 昭和通り。小津和紙の小津本館ビル。小津ギャラリーがある。

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 昭和通りをくぐる地下道。総武本線の新日本橋駅に向かう。

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 遠くに日本橋室町三丁目地区第一種市街地再開発事業A地区のタワークレーンを見ながら,地下の新日本橋駅へ……

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日本橋本町

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2017年11月25日 (土曜日)

酒の交わい下手なあなた 平和島の今朝

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酒の交わい下手なあなた 平和島の今朝


 久しぶり(5年半ぶり)に京急平和島駅の周辺を歩く。見出しは下手な回文になっている。

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 混雑した電車が好きではないので,いつものように上大岡から普通(=各駅停車)品川行きに乗り,途中の南太田や京急鶴見でガンガン優等列車に抜かれながらも,約一時間ガラガラの普通電車に乗り続けて平和島駅に到着。
 京急線といえばJRに負けじとかっ飛ばす快特(快速特急)が一般的には人気だが,のんびり走る京急の普通電車が個人的には大好きで,今まで快特に乗ったのは京急久里浜より南の区間ぐらいだ(=ほとんど快特しか走ってないし)。

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 平和島駅の東,第一京浜(国道15号線)側に出る。

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 平和島駅のすぐ東側に第一京浜と環七通りの交差点(大森東交差点)があり,第一京浜が高架橋になっている。駅の周辺に広場はなく,平和島駅バス停は第一京浜を北に向かうバスのバス停だけが駅前にあり,その他のバス停は大森東交差点の周囲に点在していて,駅から少し離れている。

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 大森東交差点の第一京浜の高架橋をくぐり,第一京浜の東側の大森本町二丁目へ。

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 横断歩道を渡った正面がうなぎ蒲焼「あきば」。

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 うなぎ蒲焼「あきば」の入口は裏の路地側にあり,その向かいには高級玉子焼「玉幸」がある。

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 うなぎ蒲焼「あきば」と玉子焼「玉幸」が向かい合うこの細い路地は,第一京浜を斜めに横切っていることからわかるように,第一京浜がここを通るより前から存在している。

 古い地図を見ると,大森の町(もともと大森本町のあたりが大森の市街地だった)の南部を流れる内川の支流が大森の町の西端を南北に貫いており,それがこの細い路地である。暗渠にしたのか,流路を変えて埋め立ててしまったのかは不明だ。

 この川は池上村(池上本門寺の門前町)付近から入新井村の新井宿を通り,不入斗付近で南に流れを変えて内川へと流れ込んでいる。ちょうどこの写真の左側が大森町,右側が入新井村となっていて,村の境界でもあった。

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 細い路地を環七通りに抜けると,環七通りの平和島駅バス停がある。

 大田市場方面のバスが多い。森43系統の大田市場行きバスの時刻表が興味深い。言葉で書くとわかりにくいのだが,平日朝夕と土曜日朝の本数は多く,土曜は日中も1時間に3本運行されている。平日日中は1時間に2本で,土曜日よりも少ない。日曜祝日は朝や日中の運行はなく,夜遅くに数本運行されるだけ。なぜか土曜日の夜遅くの運行はない。大田市場に関係する運行形態なのかな。

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 環七美原通り交差点。環七通りと美原通り(旧東海道)が交差する。

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 旧東海道の美原通り仲町商店街。

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 旧東海道の美原通り仲町商店街。

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 自転車がとても多い。

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 環七美原通り交差点方向を振り返る。

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 美原通り(旧東海道)から大森仲町児童公園を見る。

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 美原通り仲町商店街の御菓子処「大黒屋」。大森といえば海苔(浅草海苔・品川海苔),大黒屋といえば「のり大福」。

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 街路灯から「江戸の夕風 絆の街 旧東海道・大森」と書かれた浮世絵風のバナー旗が下がる。

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「麺吉」の横に平和島駅方向に続く路地がある。大森本町二丁目の北側,大森スポーツセンター付近は歩いたことがなかったので,このまま美原通りを北に向かうつもりだったが,久しぶりの平和島だったので,駅の西側のごちゃごちゃとした平和島駅商店街を見てみたくなり,路地を入り平和島駅に戻る。

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 平和島駅に続く路地にある「区民酒場」。暖簾が下がっているのに,シャッターが半開きだった。

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 第一京浜が見えてきた。

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 路地の入口に洋酒のマルセの今月の特選の看板がある。商店街案内板風の看板だ。洋酒の店なのに,魔王・伊佐美・佐藤……と焼酎の名前が並ぶ。

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 洋酒のマルセ。

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 京急平和島駅の高架下に京急ストアがある。

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 平和島駅前の平和島駅商店街。いつもの風景,いつもの信濃路である。

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 京急線の高架横にズラッと店が並ぶ。

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 平和島駅を振り返る。

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 信濃路の日替り定食は「なす味噌定食アジフライ付¥600」「カツカレーセット半うどん又半そばミニサラダ付¥620」。晩飯はカツカレーセットかな……

「信濃路」という店は全国で見かけるが(蕎麦屋が多いかな),そば・うどん・カレー・各種定食を揃えたディープな感じの食堂・酒場「信濃路」は,ここ平和島の他に大森・蒲田に店舗展開している。いかにも大田区っぽい店だとずっと思っていたが,NHKの「ドキュメント72時間」で鶯谷の信濃路が取り上げられているのをみて,大田区以外にも店があることを知った。他に何店舗ぐらいあるのだろう……

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 京急線の高架沿いに南へ。

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 平和島駅方向を振り返る。

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 大衆酒場「遼馬」と青果「多摩川屋」。

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 ダンダダン酒場・元祖肉汁餃子の店・大衆餃子酒場・THE JUICY DUMPLING HEIWAJIMA MANUFACTORY「肉汁餃子製作所」。最近はこういう感じの店をよく見るが,もう少し呼び方を整理した方が良さそうに思う。

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 京急線の高架と干渉しそうだった元「宝ストアー」。

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 元「宝ストアー」の前から平和島駅方向を見る。2階はCOFFEE「クィーン」だった。

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 環七通り側は自転車屋になっている。

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 宝ストアーの前。木造家屋密集地帯では何より火事が恐い。ヒトケのないこんなところでタバコを吸うかなぁ……という印象。

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 喫茶「ハト」。平和島だけに平和のシンボル「ハト」。駅前に昔ながらの喫茶店がある街に悪い街はない。

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 平和島駅商店街のメインストリートへ。酒蔵「初音」跡地にマンションが建っている。

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 平和島駅商店街。

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 平和島駅商店街の串かつ「ひらたや」。

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 やきとり家「すみれ」。焼鳥屋っぽくない店名だ。

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 平和島駅を振り返る。

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 酒蔵「初音」跡地にはマンションが建ったばかり。平和島駅前にまだ馴染んでいない新しいビルも,時が経てば街に馴染んでくるだろう。

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 平和島駅商店街の居酒屋「卜伝」。

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 平和島駅商店街の中央の十字路の西側。商店街は大森第二中の前まで続いている。

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 十字路を北へ。このあたりが澤田と呼ばれ,田んぼの中の細道だった頃からの古い道だ。

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 平和島駅商店街を北へ。岩下糸綿店。

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 エビス平和島総本店の前。ヘアーサロン「コミヤマ」,鳥肉「鳥三」……

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 焼きたて食パン専門店「一本堂」。

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 てんぷら「藤」と鳥料理「ふじ池」が並ぶ。兄弟店かライバル店か……

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 甘酒稲荷神社と大森北六丁目南児童公園。

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 甘酒稲荷神社。咳の神として崇められているとのこと。私は50歳を過ぎてから喘息になり,ちょっとしたことで咳が止まらなくなる。御利益があるといいな……

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 甘酒稲荷神社の横を西へ進み,大森北青空児童公園へ。公園の西隣は大森第二中だ。

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 大森北青空児童公園の北側の三叉路。

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 そば増田屋がある入三銀座商店街へ。入三は入新井三丁目の名残だと思われる。入三銀座商店街は,そのまま西の入三商店街に繋がり,池上通りの大森郵便局の横まで続いている。大森町北原から不入斗を通って新井宿を結ぶ古い道だったようだ。

 実は,平和島駅の東側で現在の第一京浜を斜めに横切るように流れていた川がこのあたりを流れていたはずなので,その名残が感じられるかと思いながら歩いていたのだが,家に帰って地図をじっくり眺めたところ,川は甘酒稲荷神社よりずっと北側の穀豊稲荷神社のあたりからさらに北を流れ,東貫稲荷神社の前から西に続く道を流れていたようだ。入三銀座商店街よりも一区画北側だ。

 もう少し注意深く地図を見ながら歩けば気づいたのだろうが,私はどうしてもその場の気分で歩いてしまう。それが好きなのだからしかたがない。
 私は,内田百閒が言う「目的のない旅こそが至高であり,帰路は家に帰るという目的が生じてしまうのでつまらない」というのに同感で,目的を決めない行動が好きなのだ。観光地に行くのも好まないし,事前に下調べを念入りに行って,どことどこを見て回ろうというのにもなじめない。

 だから,今までに何度も「もう少し先まで歩いていれば○○が見られたのに」「すぐ横にあった○○を見逃した」「事前に調べていれば○○を見逃さなかったのに」という痛い経験をしている。それでも,下調べ・予習という行動ができない。こればかりは性格なのでどうしようもない。

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 入三銀座商店街の大森北六郵便局前の四ツ辻から北側を見る。木下薬局,伊勢屋商店がある。

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 豆腐製造販売の伊勢屋商店。四ツ辻から北側は大森北三丁目となる。

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 大森北六郵便局前の四つ辻の八百宗。

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 大森北六郵便局前の四つ辻を南へ。

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 八百宗の前の四ツ辻を振り返る。

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 入三銀座商店街のGREEN SHOP「アサヒナ」と御菓子司「ほてい屋」。

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 入三銀座商店街の「アサヒナ」の前。

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 大森第二中の北西の四つ辻。街路灯に少し大きめの入三銀座商店街表示がある。

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 大森第二中の北西の四つ辻にある山王鐵工。工場に天井クレーンがある。

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 大森第二中の周りをぐるりと廻って,平和島駅商店街の西端へ。

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 大森第二中の東側の通り。

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 平和島駅商店街を東へ。

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 平和島駅商店街の西側を振り返る。すっかり暗くなってしまった。

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 平和島駅商店街を東の平和島駅に向かって歩く。

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 Boutique「EIKO」の前から西側を見る。

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 平和島駅商店街の美食酒家「楽楽」の前。“らくらく”と読むのかと思ったら,看板には“RARAKU”と書かれている。

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 平和島駅商店街を東へ。

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 平和島駅商店街の美宝堂と松田電気商会。

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 平和島駅商店街の日進亭の前の四ツ辻。

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 日進亭の前から西側を振り返る。

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 平和島駅商店街。

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 平和島駅へ。駅前で炉端焼き「北の家族」の提灯が光る。空には三日月。

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 平和島駅前から平和島駅商店街の西側を見る。

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 信濃路へ。ささっと食べてささっと帰ろう。混んでるかな……

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 平和島駅で帰りの電車を待つ。待つのはもちろん普通浦賀行き。上大岡まで約1時間の旅となる……

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平和島

【関連記事】
2008年7月12日 (土曜日):京浜急行平和島駅周辺を歩く
2009年11月 7日 (土曜日):交わいヘタなあなた……平和島
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2017年6月 2日 (金曜日)

MacBook Pro を抱えて Apple Store 銀座へ

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MacBook Pro を抱えて Apple Store 銀座へ


 酷使していた MacBook Pro が突然動かなくなり,週末の休みを利用してアップルストア銀座の Genius Bar に持ち込んだ(詳細は別ブログの「MacBook Proのバッテリーが膨らむ(三日画師のかすかだり)」に書いた)。

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 東京に向かう電車の中で MacBook Pro の動作を再確認。うんともすんともいわない。こころなしかバッテリーの膨らみが増しているようだ。

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 有楽町駅の銀座口を出る。

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 アップルストア銀座へは有楽町イトシアの側から銀座西三丁目交差点に抜けるのが近道だが,東京都議会議員選挙を前にして中央口前の広場では何やら演説が行われて人だかりになっていたので,それを避けて有楽町マリオンの横から数寄屋橋側を回る。
 写真左の青空が見えているところに建っていたニュー・トーキョービル数寄屋橋本店ビルがなくなっている。ビアホールで有名なビルだったが,再開発事業のため2015年に閉店したとのことだ。

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 有楽町マリオン横の晴海通りの数寄屋橋バス停。

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 有楽町マリオン。西武有楽町店と有楽町阪急の二つの百貨店が入る不思議なビルだったが,現在は西武有楽町店が閉店し,代わりにルミネが入っている。

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 首都高の高架下の西銀座デパート。こういう街中に水着のポスターは下品だな……

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 晴海通りと外堀通りが交差する数寄屋橋交差点の銀座クリスタルビル。屋上に大きな不二家の看板があることで知られる。

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 数寄屋橋交差点のソニービル。ソニープラザやショールームがあったが,今年3月に閉館。まもなく解体される予定。

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 数寄屋橋交差点を渡る。

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 数寄屋橋交差点の南西側の一角には東急プラザ銀座がある。

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 銀座クリスタルビルの曲面状のファサードの1階部分にあるのがスキヤカメラのニコンハウス。並んでいる中古レンズに見入ってしまうと,うっかり財布が軽くなってしまうことがあるので注意が必要だ。

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 天賞堂本店の角に隠れて弓矢を射ようと狙っている天使が,背後からカメラを持った女性に狙われているのをオイラが撮影するという構図……

 天賞堂といえば時計・貴金属,そして鉄道模型の店。私が小学生の頃から(つまり50年近く前から),天賞堂の鉄道模型は他メーカに比べて圧倒的に精密で,圧倒的に高価であり,鉄道模型好きで知らない人はいない存在だった。
 もちろん私には天賞堂の製品が買える財力もなく,天賞堂の製品のベースになっているアダチ(安達製作所。天賞堂の製品の組立も行っているはず)のブラスキット(真鍮製のキット)を買って組み立てていた。D51とD50ではスパイクモデルのパーツを使って13mmゲージ化し,京成高砂のニワモケイのロストワックスパーツを使って,精密感でも天賞堂のモデルに追いつき追い越せと頑張っていた。

 ブラスキットは真鍮製のパーツをはんだ付けで組み立てる。パーツをはんだゴテで加熱してはんだを融かして組み立てるため,接着剤と違ってヘタに加熱すると先につけた部品を固定しているはんだが融けて取れてしまう。はんだ付けの技術のなさを補うため,低融点はんだと高融点のはんだを使うこともあった。そのときのはんだ付けの知識が,まさか仕事でスーパーコンピュータ・汎用超大型機の実装技術を開発したときに,はんだ接合に温度階層を使う技術(たしかIn-48Sn共晶はんだ融点117℃・Sn-38Pb共晶はんだ融点183℃・Au-20Sn共晶はんだ融点280℃を使った)につながるなんて思ってもみなかった。

 現在では天賞堂がプラスティック製の製品を出していたり,Nゲージの製品を出していて,時代の流れを感じる。Webページを見たら,HO 16.5mmのC62形蒸気機関車2号機(カンタム・システム搭載)が¥405,000円,NゲージC59形蒸気機関車161号機が¥120,000円だ。今も昔も天賞堂の製品は高嶺の花だね。

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 銀座四丁目の交差点。和光本館の前から銀座三越を見る。

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 銀座四丁目の交差点の銀座プレイスと銀座コア。その奥に話題の GINZA SIX がチラッと見える。閉館したソニービルのソニーストアやショールームは,ここ銀座プレイスに移って営業中。

 写真右は銀座三愛ビル(三愛ドリームセンター)。知る人ぞ知るリコー三愛グループのビルなので屋上にRICOHの広告塔があり,リコーのフォトギャラリーもある。昔はこの広告塔に三菱電機の三菱マークがついていて,昔のプロレス中継はネオンが光る銀座三愛の三菱マークの俯瞰映像で始まった記憶がある。プロレス中継のなかで,リング上を「風神」掃除機で掃除する生CMもあった。

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 中央通りを銀座三丁目交差点方向へ。

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 銀座三丁目交差点のアップルストア銀座。

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 アップルストア銀座の向かいは松屋銀座。中央通りと交差するのは松屋通り。

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 中央通りの銀座三丁目交差点。

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 アップルストア銀座の Genius Bar へ。

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 Genius Barで座って待つ。

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 MacBook Proのバッテリーが明らかに膨らんでいるので,あっという間に修理内容が決まり,修理を依頼してすぐにアップルストアを出る。

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 中央通りを北へ。シャネル銀座の前から銀座三丁目交差点を見る。

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 中央通りと銀座マロニエ通りが交差する銀座三丁目交差点。

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 銀座三丁目交差点のカルティエ銀座ブティックの前の宝くじ売場。宝くじだけ,なぜこのような売場があるのか,ちょっと不思議な気がする。

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 銀座三丁目交差点から松屋銀座を見る。松屋銀座の手前はルイ・ヴィトン松屋銀座店。

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 銀座マロニエ通り。マロニエというと洒落た印象になるが,日本語にすればトチノキである。葉っぱの形をみるとベニバナトチノキなので,厳密に言えばマロニエ(セイヨウトチノキ)ではないという主張もできそう。

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 銀座マロニエ通りから銀座三丁目交差点を振り返る。正面に見えるのはブルガリ銀座タワー。銀座三丁目交差点の四隅にはブルガリ,ルイ・ヴィトン,シャネル,カルティエが並んでいる。さすが銀座,オイラには縁のない店ばかりだ。

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 銀座マロニエ通りのデビアス銀座ビルティング。ゆるやかな曲面を描くステンレスの外壁が印象的なビルである。

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 銀座ガス灯通り。

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 銀座ガス灯通りのキャバレー「白いばら」。キャバクラなどとは違う,オーソドックスなキャバレーである。生バンドによる音楽ショーやダンスショーがあったり,ダンスフロアがあって踊れたり。昔はたくさんあったキャバレーもずいぶん少なくなった(ひょっとして銀座はここ「白いばら」だけ?)。

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 銀座ガス灯通りを南へ。

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 ガス灯通りの北側を振り返る。

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 松屋通りに出る。あらら,こんなところに車を停めちゃって……というような車は,だいたい埼玉・千葉・神奈川のナンバーだったりする。

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 松屋通りを西(北西)へ。

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 松屋通りから細い路地を入ったところにある親子丼専門店「○勝」。Sobaの看板はラーメンの「篝(かがり)」。

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 銀座レンガ通り。

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 松屋通りと銀座レンガ通りの交差点にある清水カメラ。だいぶ少なくなったとはいえ,銀座〜新橋には中古カメラ屋が多い。

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 PENTAX 67II + SMC Takumar 75mm f4.5 が¥162,000。使わなくなってしまった PENTAX 67II を手放さずに持っているが,これぐらいの値段で売れるなら手放そうかな……
 オリンパスの「実態顕微鏡」は「実体顕微鏡」の typo かな。

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 並木通りの銀座並木通郵便局の一郭。

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 松屋通りの MCM。

 MCM はバッグや財布のブランドだが,私のかつての専門である実装技術の分野で MCM といえばマルチチップモジュール(Multi-Chip Module)を意味する。通常の電子機器はシリコンの LSI をセラミックやプラスチックのパッケージに入れて,それをプリント基板上に並べるのだが,MCM は裸のままの LSI のダイ(ベアチップ)を複数個,直接サブストレートの上に並べることで,LSI 間の伝送経路をより短くして高速化したり,小型化する技術である。もともとは高速化・高性能化のためにスーパーコンピュータや大型汎用コンピュータ向けに開発されていた技術だが,小型化のメリットもあり,現在では携帯電話などの超小型機器にも使用されている。

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 銀座西三丁目交差点の横断歩道で外堀通りを渡る。正面は首都高速高架下の西銀座デパート。

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 銀座西三丁目交差点から数寄屋橋交差点を見る。

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 銀座西三丁目交差点から銀座西二丁目交差点を見る。

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 外堀通りの丸の内東映会館とマロニエゲート銀座2。マロニエゲート銀座2(讀賣銀座ビル)は2016年までプランタン銀座だったところ。

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 丸の内東映会館の向かい側あたりから首都高速高架下は銀座インズとなる。

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 マロニエゲート銀座2 にはニトリやユニクロが入っている。プランタン銀座にニトリの出店が決まったときには,あれこれ驚きの声を耳にした(目にした)ものだった。

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 ふと時刻を見たら午後4時20分。夕方の通勤ラッシュに巻き込まれる前に帰るつもりだったので,そろそろ銀座を離れなければ……

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2017年5月 6日 (土曜日)

大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景

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大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景


 タワークレーンが林立する日本橋界隈を見ていたら,同様に大規模な再開発が行われている渋谷駅界隈の写真を撮っておきたくなったので,三越前駅から東京メトロの銀座線に乗り渋谷駅へ。

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 渋谷駅西口バスターミナル側に出る。

 写真左が渋谷駅と一体化した東急東横店南館。渋谷駅直結の東急百貨店東横店は東館・西館・南館で構成されていたが,再開発事業のためにまず東館が解体され,現在は西館と南館の2館体制となっている。

 写真正面では玉川通りの上を首都高速3号渋谷線が走っている。その向こう側が桜丘町。「桜丘町1地区」では東急不動産が大規模な再開発を計画しており,地上36階建てと地上32階建て,地上15階建ての3棟のビルが建つらしい。

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 視線を南側に移すと,東急電鉄本社跡地にセルリアンタワーがそびえ立つのが見える。渋谷では一番高いビルだ。

 数年前までならセルリアンタワーの手前の駅前に東急プラザ渋谷が立地していたが,老朽化により2015年3月に閉館して解体された。現在は跡地に地上18階地下4階建ての再開発ビルの建築が始まっており,2020年の東京オリンピック前に竣工予定だそうだ。ビルの1階部分にはバスターミナルが設置されるらしい。

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 手狭な感じの渋谷駅西口バスターミナルだが,バスのりばまではすべて平面移動で済む。駅の正面を出てすぐのところにバス停が並び,島になっているところのバス停へも地上を歩くだけで到達する。

 世の中には,バスのりばへの移動に階段の上り下りが必要だったり(そういうところは地上が横断禁止になっていても,歩行者は危険な路上横断をしがち),駅の正面にマイカーで横付けできるのにバス停は駅から離れていたりするようなバスターミナルが多い。少しは渋谷駅西口バスターミナルを見習ってほしい気がする。

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 ハチ公前広場を通って宮益坂口のほうへ。ハチ公前広場は人が多すぎて,写真を撮っているような状況ではなかった。

 写真左が東急文化会館跡地に建つ渋谷ヒカリエ,渋谷駅前を東京メトロ銀座線の高架橋が横切る。

 写真右側は渋谷駅宮益坂口である。以前はここに東急百貨店東横店東館が建っていたが,2013年3月末に閉館し,解体された。現在はJR山手線や東京メトロ銀座線の運転を止めずに,線路の上にある東急百貨店の建物を解体する工事が進められている。東急百貨店東横店東館跡地は,最終的には新しい東口バスターミナル(の一部)になるようだ。

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 渋谷駅東口の渋谷ヒカリエ。地上34階,地下4階建て,2012年3月竣工の渋谷の新しい顔だ。以前ここに建っていた東急文化会館の五島プラネタリウムは残念ながら復活せず,ヒカリエ内の劇場「東急シアターオーブ」の名称にその面影を残すのみ。

 写真右側のタワークレーンは東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビルで,地上35階建て,地下4階のビルが2018年秋に竣工予定だ。
 もちろんここも東急系の再開発である。東京丸の内が“
三菱村”,東京日本橋が“三井村”(三井村は大阪の淀屋橋にもある)であるように,渋谷は“東急村”になっている。

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 渋谷駅東口バスターミナルは,東口の南側,東京メトロ銀座線と玉川通りに挟まれたところにあったが,都市再生特別地区の再開発で旧東横線ホーム跡地と併せて渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の建築が始まり,宮益坂側に押し出されてきている。最終的にもこちら側が東口バスターミナルになるようだ。

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 渋谷からのバスの主力,都01系統の六本木経由新橋駅前行きのバス停も宮益坂側に移動している。

 どうでもいい話だが,1990年頃に南青山に通勤していたことがあって,渋谷から勤務先に近い南青山七丁目を通り東京タワーへ行く渋88系統のバスをたまに利用していた。今になってみると1990年もずいぶん昔のことになってしまったが,それでもほぼ現代と言える1990年に,この渋88系統のバスだけは,なぜかワンマン運転ではなく車掌が乗務していたことを覚えている。ほんと,なぜだったのだろう?

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 工事用フェンスで囲まれた東急百貨店東横店東館跡地。

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 明治通りの宮益坂下交差点を渡る。

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 宮益坂下交差点を渡り,渋谷駅方向を振り返る。東急百貨店東横店西館と渋谷マークシティ(イースト)が見える。
 渋谷マークシティイーストは地上25階建てで,京王井の頭線渋谷駅の上に建っている。“東急村”の渋谷では,かつての京王帝都電鉄の京王電鉄も目立たず,駅の上に建つ渋谷マークシティの上層階に入っているのは京王グループではなく東急グループの渋谷エクセルホテル東急である。

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 銀座線の高架線をくぐり,渋谷ヒカリエの前から南側を見る。

 写真正面が東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビル,写真右のタワークレーンが渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)である。

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 地方の都市では駅を市街地から少し遠ざけて高架化し,駅前広場を大きく広げる工事が盛んに行われているが,東京を代表する繁華街の渋谷では駅前広場をつぶしてビルを建てている。そのコントラストが興味深い。

 個人的な話になるが,駅を下りて巨大な駅前広場を見ると,その向こう側まで歩くのがおっくうになり,ため息をつきたくなる。駅の改札口を出たら,すぐに商店街になっているような街だと,心からホッとする。
 交通の結節点になって利用者の多い駅では,利用者を受け入れるだけのキャパシティが必要になるので,駅前広場を大きくしなければならない面もあって難しい問題だ。

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 まずは渋谷ヒカリエ9階のヒカリエホールから渋谷駅周辺を俯瞰する。

 ヒカリエ11階には展望スペース「スカイロビー」があるのだが,Googleで画像検索したところ,渋谷駅側には植栽を施したひさしがあるらしく,下のほうを俯瞰できるのは東京メトロ銀座線の真上の一部だけのように思われる。
 それより階数は低くなるが,9階のヒカリエホールのほうが真下に障害物がなく,広角レンズでの俯瞰が撮りやすいと判断したのだった。

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 渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の様子がよく見える。

 これで綺麗な夕焼けになってくれたら最高なのだが,残念ながら水平線近くに雲があるので難しそう……

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 かぶっていた帽子でレンズを覆って写り込みを防ごうとするが,なかなかうまくいかない。こういう撮影のためにラバーフードが欲しくなるね。

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 ヒカリエホールに到着してから15分。あっという間に日没。鮮やかな夕焼けにはならなかった。

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 思い思いのかたちで渋谷の街を見る。

 今度は標準域〜中望遠のレンズも用意して,11階のスカイロビーにも行ってみたい。

(動画もずいぶん撮ったのだが,Macに取り込み忘れてしまった。大失敗)

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

【関連記事】
2011年4月25日 (月曜日):もうすぐ地下化される東横線渋谷駅界隈
2011年4月25日 (月曜日):ときどき剣呑ベーゴマ遊び 渋谷のんべい横丁

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いかにんじんを買いに…日本橋室町三越前

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いかにんじんを買いに…日本橋室町三越前


 いかにんじん食いたい,阿武隈の紅葉漬食いたい,酪王カフェオレ飲みたい……。福島県で生まれ育ったので,ときどき故郷の食べもの,飲み物が欲しくなる。
 残念ながら「いかにんじん(にんじんイカとも言う)」も紅葉漬も県外の人には知られていないし,近所のスーパーでは売っていないので,日本橋ふくしま館MIDETTEまで買いに行くことにする。

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 戸塚から横須賀線・総武快速線直通君津行きの電車に乗り,新日本橋駅で下車。中央通り(国道4号線・国道6号線・国道17号線等)と江戸通り(国道6号線)が交差する室町3丁目交差点で地上に出る。

 室町3丁目交差点から中央通りの南側,日本橋室町三丁目方向を見る。写真右側の日本橋三井タワーの手前の日本橋室町三丁目地区第一種市街地再開発事業A地区の再開発事業が始まっている。地上25階地下3階建て,延べ床面積約168,000m²の大規模再開発だ。日本橋三井タワーやCOREDO室町と同じ三井不動産の再開発なので,ここもまたCOREDOになるのかもしれない。

 それにしても,日本橋界隈に林立するクレーンは壮観である。

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 室町3丁目交差点のすぐ北側の中央通り柳屋太洋ビルに日本橋ふくしま館MIDETTEはある。MIDETTE=ミデッテは「見でって」で,見ていってね,来てみてね,を意味する福島弁である。

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 いかにんじんだけじゃなく,さまざまな福島県の特産品があって目移りする。

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 私が生まれ育った三春町の三春駒や三春張子(腰高虎),もちろん“かんのやの家伝ゆべし”もある。
 最近では三春の名物と言えば三春滝桜ばかりが有名になっているが,もともとは三春駒や三春張子のほうが全国的に知られていたのだ。

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 食いたくてたまらなかった阿武隈の紅葉漬,いかにんじん,都路村(現在は田村市都路町。美しい村名だよね)のハツの燻製などを購入。

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 酪王カフェオレも買う。酪王牛乳がまだ三春牛乳だった頃,給食の牛乳は三春牛乳だったし,酪王カフェオレがまだコーヒー牛乳だった頃から馴染んだ味だ。三春に帰省したときには,駅前の三春牛乳工場(のちの県酪連三春工場)の前の自販機でテトラパックの酪王カフェオレを買って飲むのが決まりだった。

 昔は大手メーカーのコーヒー牛乳が乳飲料だった時代に,三春牛乳のコーヒー牛乳(酪王コーヒー牛乳)は牛乳なのが,俺たち三春牛乳ファンの自慢だった。牛乳業界での紆余曲折があり,生乳100%しか「牛乳」を名乗れなくなったため,酪王コーヒー牛乳は酪王カフェオレとなったが,牛乳っぽさが残る味は健在だ。

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 日本橋ふくしま館MIDETTEで買物した後は北の神田方面に抜けるつもりだったが,日本橋室町の再開発の様子を見たら,現状を写真に撮っておきたくなったので方針転換。南へ……

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 中央通りの室町三丁目南交差点。写真右が日本橋三井タワー。

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 室町三丁目南交差点から日本橋三井タワーを見上げる。

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 日本橋三井タワーの奥が三井本館(重要文化財)。さらにその先が日本橋三越本店(重要文化財)と国の重要文化財の建物が並んでいる。

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 中央通りから福徳神社に続く浮世小路。江戸時代の地図には「室町うき世少路」ともあり,「うきよこうじ」ではなく「うきよしょうじ」と呼ぶらしい。このあたりに加賀出身者が住んでいたため,加賀言葉で「しょうじ」なのだとか。

 日本橋の浮世小路といえば,古典落語の「百川」がこのあたりにあったという料亭「百川」を舞台にしている。田舎なまり強い奉公人の話なので,東北の福島で生まれ育ち,30年以上も首都圏で生活しているのにいまだになまりが抜けない私にとっては微妙に身につまされる演目である。

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 福徳神社の鳥居と,福徳神社の前で浮世小路と交差する仲通り。写真右がCOREDO室町(室町東三井ビルディング),左がCOREDO室町2(室町古河三井ビルディング)。

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 福徳神社と福徳の森。ビルに囲まれた,ちょっとした憩いの場になっている。

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 中央通りに戻り,三井本館を正面から見る。巨大な大理石の列柱が特徴的な銀行建築である。1929年(昭和4年)竣工の鉄骨鉄筋コンクリート造で,1998年に国の重要文化財に指定された。

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 中央通りと江戸桜通り(駿河町通り)の交差点を挟んで日本橋三越本店が並ぶ。

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 日本橋三越本店の前から三井本館・日本橋三井タワーを見る。

 世の中には「腰巻ビルはダサい」という意見が数多く見られるが,歴史的な建物との連続性や統一感を出すための選択肢として,これ以外に良案が見当たらない気がする。

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 日本橋三越本店本館。
 地下鉄の駅が地下にあって見えないため,日本橋~京橋~銀座の主要な交通機関はタクシーのように思えてくる。郊外や地方都市のようなマイカーではない。

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 日本橋三井本店本館。1914年(大正3年)の竣工で,その後何度か増築されている。同時期の大規模建築だった東京駅前の丸の内ビルヂング(丸ビル)はあっさりと取り壊されてしまったが,この三越本店は約1年前,とうとう国の重要文化財に指定されている。

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 中央通りの日本橋三越本店本館の前から北側を振り返る。

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 日本橋三越本店本館の前の「にほんばし島根館」。最高の立地条件だ。

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 日本橋三越本店本館(写真右)と日本橋三越本店新館(写真左)。

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 かつおぶしの大和屋が角にあるむろまち小路へ。山本海苔店本店(こちらは山本陽子がCMをしていたほう。上から読んでも山本山,下から読んでも山本山の山本山も老舗で日本橋に本店があるからまぎらわしい)や,うなぎの日本橋伊勢定の本店があったりして,そこはかとなく日本の文化を感じさせるあたり,さすがお江戸日本橋である。

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 むろまち小路。江戸時代の品川町通りかな。

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 むろまち小路から中央通りの日本橋三越本店を振り返る。

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 むろまち小路のミカドコーヒー,その奥は志賀直哉が名づけたことで知られる寿司の蛇の市本店。

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 蛇の市本店の前の四つ辻から北に延びる通りは,コレド室町とコレド室町2の間の仲通りに続いている。

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 狂気さえ漂うペットボトル群。日が当たってキラキラするものを猫が嫌うという都市伝説があるらしい。路上駐輪避けにはなるかも。

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 旧室町から本小田原町あたりには細い路地が多い。

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 むろまち小路とあじさい通りの交差点が見えてくる。あじさい通り(ひょっとしたら新仲通りとも言うのかな)は日本橋室町と日本橋本町の境界になる。

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 むろまち小路とあじさい通りの交差点にある老舗中華料理大勝軒。

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 むろまち小路。突き当たりに昭和通りの上を走る首都高都心環状線の高架が見える。

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 老舗の貫禄が感じられる大勝軒。残念ながら定休日だった。

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 中華料理大勝軒。

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 鳥萬,とんかつ宇田川,加賀麩の不室屋の並び。

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 中華料理大勝軒の写真をもう一枚。

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 あじさい通りを南へ。

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 あじさい通りから路地を通って中央通りに抜けようと思うが……

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 天丼「金子半之助」に長い行列ができていて行く手をさえぎる。行列が苦手な私は,思わずここで引き返す。

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 あじさい通りに戻る。
 弁松総本店は折詰弁当専門店。都内の百貨店などでしか買えないが,ここ本店では小売りもしているらしい。
 シャッターに日本橋魚河岸按針町と書かれているように,もともと魚河岸で働いている人向けの食事処で,料理を持ち帰る人が多かったことから,徐々に折詰弁当専門店になったという。

 店の前の桜の木は阿亀桜(オカメザクラ)。マメザクラとカンヒサクラの交雑種という説明書きがあった。

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 昭和通り(高架は首都高都心環状線)の日本橋本町スクエア,本町会館の前。昭和通りの東側の日本橋小舟町には,昭和の初期まで日本橋川から延びた東堀留川・西堀留川という入堀があり,日本橋の魚河岸などとともに舟運で栄えたところである。

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 昭和通りからむろまち小路の加賀麩不室屋の前に戻る。

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 とんかつ宇田川の前からむろまち小路の西側,日本橋三越本店方向を見る。日本橋三越本店本館と新館を結ぶ連絡通路が見える。

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 加賀麩不室屋の横の路地を入る。

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 あじさい通りに抜けようと思ったら,ここにもまた行列。天丼ではなく“天ぷらめし”の金子半之助。

 それにしても行列に並んでまで食べたいという気力がすごいね。行列が苦手な私は,日本橋なら行列のない名店がいっぱいあるだろうに……と思っちゃう。

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 あじさい通りを南へ。中華料理大勝軒の前に戻ってきた。

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 むろまち小路から仲通りに入り,南へ。

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 日本橋焼餃子の前から仲通りの北側を振り返る。コレド室町とコレド室町2を結ぶ連絡通路が見える。

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 日本橋三越新館の前,中央通りの日本橋北詰交差点に出る。

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 日本橋北詰交差点から日本橋を見る。

 大きく見えるビルはコレド日本橋。その上に頭が飛び出ているのがコレド日本橋とは永代通りを挟んで向かい合う東京日本橋タワーである。

 さらにその奥に見えるタワークレーンは,上の方で書いた海苔とお茶の「山本山」本社と丸三証券本社のビル跡地の日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業C街区の再開発による高層ビルで,そのまた隣の高島屋日本橋店本館(日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業B街区)の改修と合わせて工事が行われている。
 ちなみにここも三井不動産。丸の内の“三菱村”に対抗するかのように,日本橋の“三井村”化が進んでいる。

 地方では県庁所在地どころから政令指定都市でも街が寂れ,景気回復の実感に乏しい状況が続いているが,東京のど真ん中では不景気などどこ吹く風といった感じの再開発ラッシュに沸いている。

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 日本橋北詰交差点と日本橋三越新館。

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 そして日本橋川に架かる日本橋。日本の道路元標があり,日本の道路網の源である。

 ちなみに福島県の国道4号線あさか野バイパスには五百川に架かる「日本橋」があるが,こちらは郡山市和田町と宮市にまたがることから名づけられ,日本橋(ひもとばし)と読むので注意が必要である。

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 日本橋は1911年(明治44年)の竣工。日本の首都を代表する橋らしい重厚な石造二連アーチ橋で,親柱や中柱には塔柱が立ち,北詰東側は東京市の紋章を手にした獅子の青銅像が守っている。

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 日本橋の上を首都高速都心環状線が通っている。景観的に上に被さる首都高速を問題視する議論があり,地下化しようという話もあるようだ。

 Wikipediaの「日本橋 (東京都中央区)」の項には,現行の日本橋が1911年に完成した当時の写真が載っている。写真がパブリックドメインなので,次に写真とそのリンクを貼り付けてみた。

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 日本橋の見事さとともに,その手前の複線の線路に目が釘付けとなった。こんなところに鉄道が通ってたっけ? まさか貨物線か? ……と一瞬頭の中がパニックになりかけたが,日本橋の上を走っていた東京都電(当時は東京市電かな)の仮設橋だという考えに思い至り,やっと腑に落ちた。

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 日本橋の南詰東側には「滝の広場」が整備され,日本橋川には東京湾クルージングの日本橋船着場がある。

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 日本橋南詰の野村證券の前の「滝の広場」。

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 日本橋南詰東側の親柱の燈柱。

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 日本橋南詰の親柱も,東京市の紋章を抱えた獅子が守っている。

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 日本橋南詰東側のソメイヨシノの下……

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 日本橋南詰の野村證券ビル(旧日本橋野村ビル)は1930年(昭和5年)の竣工。奥行きがあって「軍艦ビル」とも呼ばれているらしい。

 このビルを含む一帯では,大規模な日本橋一丁目中地区の再開発計画が動いており,重要文化財等に指定されているわけではない野村證券ビルがどうなるのかは気になるところである。

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 中央通りの日本橋南詰の交差点。この「日本橋一丁目1,2街区」でも約7,000m²の再開発が計画されている。もちろんここも三井不動産の計画だ。

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 日本橋南詰西側の親柱。

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 首都高速都心環状線の橋桁に設置された「日本橋」の銘板と野村證券ビル。

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 日本橋南詰西側の親柱の燈柱と獅子。

 その後ろに見えるのは「K&K」の国分グループ本社である。K&K国分といえば缶詰のイメージで,少し前まで勝手に鹿児島県国分市(現在は合併して霧島市)の会社だと思い込んでいた。♫花は霧島 煙草は国分〜のイメージ。子供の頃に刷り込まれた記憶は強いね。

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 日本橋から中央通りの南方を見る。

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 日本橋の上を通る首都高速都心環状線にも「道路元標地点」と彫られた燈柱が立っている。

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 日本橋の中柱の燈柱の両側には麒麟がいる。

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 燈柱の影が伸び,そろい踏み。

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 麒麟は伝説の霊獣で吉兆をあらわすことから,東京の繁栄を象徴している。麒麟の羽は,ここが道路元標地点であり,ここから西に北に羽ばたくことをも意味しているらしい。

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 日本橋を渡り,北詰へ。

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 日本橋北詰交差点。

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 日本橋北詰交差点西側の親柱の獅子。

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 日本橋北詰交差点の横には「道路元標の広場」があり,旧東京市道路元標と日本国道路元標(複製)が展示されている。

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 東京市道路元標。
 里程標には,横浜市 二九粁,甲府市 一三一粁,名古屋市三七○粁,京都市 五○三粁,大阪市 五五○粁,下関市 一○七六粁,鹿児島市 一四六九粁 と書かれている。
 こういう一覧を見ると,その都市を選んだ基準が興味深く感じられる。今選ぶなら,甲府市じゃなくて静岡市,下関市じゃなくて福岡市かな。赤間関市じゃなくて下関市と書かれているということは,それほど古い記述ではないのかな。

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 日本橋三越本店新館と本館の間。空中に連絡通路がある。ここにはタクシーのりばがあり,次から次へとタクシーが出てくる。先にも書いたが,東京都心部の交通手段は地下鉄・タクシー・徒歩が主流である。

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 日本橋三越本店に室町一丁目町会の二の宮神輿が展示されている。この二の宮神輿は商売繁盛・医薬健康・開運招福のえびす様を乗せる神輿で,1973年(昭和48年)に日本橋三越が創業300年を記念して奉納したもの。

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 一週間後には神田明神御祭禮「神田祭」(室町一丁目祭)が開催され,この神輿も神田明神へ宮入する。神田祭は「天下祭」とも呼ばれ,山王祭・深川祭と並ぶ江戸三大祭りのひとつである。

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 日本橋三越本店の前から中央通りの北側を見る。

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 屋号が書かれた弓張り提灯がズラリと並ぶ。

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 日本橋三越本店本館正面玄関に並ぶライオン像。三越の象徴である。

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 日本橋三越本店本館正面玄関のライオン像。前足や鼻はみんなになでられてツルっつるだ。

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 江戸桜通りを挟んで向かい合うコレド室町(写真左・室町東三井ビルディング)とコレド室町3(写真右・室町ちばぎん三井ビルディング)。

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 中央通り(写真左)と江戸桜通りの交差点。

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 中央通りと江戸桜通りの交差点の三井本館(三井住友信託銀行・三井記念美術館)。

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 桜の季節以外は意外にひっそりとした江戸桜通りの日本橋三越本店本館に,「三越地階賣場 地下鐵入口(地下鉄銀座線三越前駅)」があるので地下鉄に乗るために三越前駅へ。

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 東京メトロ銀座線の三越前駅。

新日本橋〜日本橋室町
 ビルが多いのでGPS経路がグシャグシャになっている。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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2017年5月 4日 (木曜日)

逢おうかまた蒲田で……Part2 大田区蒲田

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逢おうかまた蒲田で……Part2 東京都大田区蒲田


 JR蒲田駅西口周辺の繁華街を歩く。

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 品川から京浜東北線の電車に乗り,蒲田駅で下車。駅ビル「GRANDUO蒲田」西館を出る。

 グランデュオ蒲田西館は10年ぐらい前までは「サンカマタ」だったが,大規模な改修工事によって,2008年にグランデュオ蒲田として生まれ変わった。

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 蒲田駅西口前。

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 東急池上線・東急多摩川線蒲田駅の駅ビル「東急プラザ蒲田」はグランデュオ蒲田西館とほぼ一体化している。と言っても,全フロアがつながっているわけではないところが若干まぎらわしい。

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 蒲田駅西口のタクシーのりば。

 JR蒲田駅は不幸な駅である。

 蒲田駅には東海道線中距離電車のホームがなく,京浜東北線の電車しか停まらない。
 JR蒲田駅は東京都南部の拠点駅なので利用客数は多く,国内のJR線駅別乗車人数では23位(乗車人数144,072人)になっている。この数字は,東京都東部の拠点駅で総武線快速も停車する錦糸町駅の106,222人(42位)を大きく上回り,中野駅146,400人(22位)とほぼ同数である。

 JR蒲田駅に東海道線のホームが作られないのは,すぐ隣に川崎駅があるからだ。川崎駅は東海道の川崎宿に隣接しており,1872年(明治5年)に日本最初の鉄道が品川−横浜(桜木町)間に鉄道が開業した直後(約1か月後)に開業している。

 それから約30年後の1904年(明治37年),まだ見渡す限り田んぼだったところに蒲田駅が開業。蒲田の街は,この駅を中心に発達した比較的新しい街である。江戸時代からの街である川崎には,駅の出自の時点で敵わず,それを現在も引きずってしまっている。

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 蒲田駅西口には蒲田西口商店街のサンライズ商店街とサンロード商店街というふたつの全蓋式アーケードがある。

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 東急の駅ビル「東急プラザ蒲田」。

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 ふたつある全蓋式アーケード商店街のうち,北側にあるのがサンライズ商店街(西口本通り)。商店街の入口にあった「千成」という大きな八百屋がなくなって,携帯電話ショップになっている。八百屋・果物屋のいろどりは,商店街を印象づける上でとても重要だと思っているので,ちょっと寂しい。

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 サンライズ商店街の前からグランデュオ蒲田西館・東急プラザ蒲田(写真右)を振り返る。

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 ふたつある全蓋式アーケード商店街の南側にあり,東急池上線・多摩川線と平行しているのがサンロード通り。

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 サンロード通りの全蓋式アーケード。「どっきりカメラのキシ」のキシフォートは,“カメラ”,“フォート”を名乗っているが雑貨屋さん的ななにかである。

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 東急プラザ蒲田の前から蒲田駅西口の広場を見る。植栽の工事が行われている。

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 蒲田西口商店街のサンライズ商店街。

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 サンライズ商店街の全蓋式アーケード。

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 東急バスの路線バスが蒲田駅西口を出て行く。蒲田駅西口の駅前ロータリーにバスのりばはなく,駅前のバス通りにバス停が並んでいる。

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 蒲田駅西口のグランデュオ蒲田西館。耐震補強工事を含めて,大規模な改修工事で新しいビルになっているが,上層階の外観には1970年に開業したサンカマタの面影が残る。

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 蒲田駅西口から西に延びるバス通り。

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 グランドキャバレー「レディタウン」がある。

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 グランドキャバレー「レディタウン」。生バンドによる生演奏,生歌・ダンス。貴重な昭和の遺産とでも言える存在であるが,残念ながら8月10日で閉店してしまうとのこと。

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 蒲田西口商店街のサンライズ商店街「サンライズ・ショッピングモール」。

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 サンライズ商店街の全蓋式アーケードからJR蒲田駅を見る。

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 西口サンライズ通り「サンライズ・ショッピングモール」。

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 どっきりカメラのキシフォート,サンライズ蒲田店。カメラ関係は扱っていない。

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 西口サンライズ通りの「サンライズ・ショッピングモール」。

 蒲田西口商店街の東側にあるからサンライズ通り,真ん中がサンロード通りなのだと推測してみた。東急池上線・多摩川線沿いの路地はさしずめサンセット通りなのだと思われる(現実にはくいだおれ横丁・東急駅前通り「バーボンロード」となっている)……

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 約400mの全蓋式アーケード商店街である。

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 南側を見ると平行するサンロード蒲田の全蓋式アーケードが見える。

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 サンロード蒲田「サンロード・ショッピングモール」。

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 サンロード蒲田「サンロード・ショッピングモール」。サンライズ商店街に比べると幅員がかなり狭い。

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 さらに南側には東急池上線・多摩川線(目蒲線)が平行している。東急線のガード沿いは,東側(蒲田駅側・写真左)がくいだおれ横丁,西側が東急駅前通りとなっている。

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 東急駅前通り「バーボンロード」。

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 くいだおれ横丁。ガード上に東急蒲田駅のホーム屋根が見える。

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 東急駅前通り「バーボンロード」。その名の通り飲食店が多い。

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 東急駅前通り「バーボンロード」。東急池上線と多摩川線の電車が頻繁に走る音がするが,残念ながら商店街と一緒に写せる場所が見つからなかった。どこかに俯瞰できる場所があればおもしろいのだが……

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 サンライズ商店街の亀屋百貨店の前に戻る。亀屋百貨店は昭和2年の創業の老舗。家具とインテリアの大きな店だ。

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 亀屋百貨店とサンライズ蒲田「サンライズ・ショッピングモール」。

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 西口サンライズ通り「サンライズ・ショッピングモール」を西へ。

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 蒲田センタービル。

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 西口サンライズ通り「サンライズ・ショッピングモール」のイナバかばん店の前の四ツ辻。

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 四ツ辻を南へ。サンロード蒲田の全蓋式アーケードはここ(写真左)で終わっている。突き当たりは東急線のガード。

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 おふくろの味「蒲田食堂」昔懐かし定食や……と看板に書かれているめし処「壱番隊」。どれが店名だかわかりにくい。店の前で子供たちが遊んでいるという,最近では珍しくなった光景が見られた。

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 蒲田食堂(壱番隊)の前から西側を見る。

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 サンロード蒲田の全蓋式アーケードの中から西側を見る。

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 サンロード蒲田「サンロード・ショッピングモール」。

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 東急池上線の電車とガード横の東急駅前通り「バーボンロード」。

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 蒲田食堂「壱番隊」の横から西に続く路地。

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 サンライズ蒲田商店街に戻る。

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 サンライズ蒲田商店街の純喫茶「リオ」。こういう喫茶店が残っているかどうかは,街の奥深さの指標になる。

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 イナバかばん店の前から東側(蒲田駅方向)を振り返る。

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 蒲田西口商店街から駅前のバス通りを渡り,蒲田西口クロス通り商店街へ。蒲田西口クロス通り商店街は蒲田駅西口の駅前ロータリーの西側に広がり,バス通りと多摩堤通りに挟まれたエリアにあたる。

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 このあたりは,昔少年チャンピオンに連載された漫画「750(ナナハン)ライダー」の作者の出身地だとかで,三番街すずらん通りには「750ライダー」の商店街フラッグが下がっている。

 ただ,蒲田西口すずらん通り商店街は蒲田駅前から多摩堤通りに沿った商店街だと思っていたので,ここがすずらん通り商店街なのか,蒲田西口クロス通り商店街との関係がどうなっているのかがよくわからない。

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 蒲田西口クロス通り商店街を東の蒲田駅方向に歩く。

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 蒲田西口クロス通り商店街のスナック「ガッティ」の横から多摩堤通り方向に続く路地。

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 蒲田西口クロス通り商店街の西側を振り返る。

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 蒲田西口クロス通り商店街は,大きな荷物を引きずって蒲田駅方向に向かう人が多い。商店街の西側にホテルが多いからだと思われる。

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 蒲田西口クロス通り商店街の立花屋。ここの四ツ辻が「クロス通り」の名の元になった交差点だと思われる。大正時代,このあたりにやっと市街地が形成し始め,まだ「御園(ミゾオ)」と呼ばれていた頃(現在は西蒲田七丁目),既にここには十字路があったことが古い地形図から見てとれる。

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 立花屋を正面から捉えた写真を撮っておく。

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 立花屋の前からクロス通りの東側を見る。突き当たりには蒲田駅前の弘城ビルが見える。

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 立花屋の前から蒲田西口クロス通り商店街の西側を振り返る。

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 四ツ辻の少し北側から立花屋・蒲田駅前郵便局方向を振り返る。

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 ラーメン二郎JR西口蒲田店がある。ラーメン二郎と言えば,山盛りになったラーメンの写真を何度も見たことはあるが,たまたま今まで自分の行動範囲に店が存在したことがなく,たぶん生まれて初めて「ラーメン二郎」として視野に入ったラーメン二郎である。店に入らず通過したけど……

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 写真左奥が多摩堤通りとの交差点。

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 ラーメン二郎の前から西に延びる蒲田西口クロス通り商店街を西へ。

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 スナック「カトレア」,スナック「香奈児(シャネル)」がある四ツ辻。香奈児でシャネルは読めない。

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 そのまま西へ歩き,小さな飲食店街のある交差点へ。

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 かつての地名が残る御園写真館の先にはビジネスホテルやラブホテルが並んでいる。

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 多摩堤通り(蒲田西口すずらん通り商店街)へ出る。左側は壱岐いきスナック「さくら」。

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 多摩堤通り(都道11号線)をJR蒲田駅西口に向かって走る東急バス。

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 大國鮨から時計・宝石の精光堂の並び。交差点の45°面取りが美しい。

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 大國鮨の並び。

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 しゃれた工場風にも見える建物。元は何だったのだろう。

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 東京蒲田病院北西の多摩堤通りの交差点。大田都税事務所バス停の近く。

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 東京蒲田病院の裏側(南側)に回ると,10分ぐらい前にチラッと見た飲食店街となる。

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 小料理店やスナックがズラリと並ぶ。

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 特にこの飲食店街の名前があるわけではないようだ。

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 BAR「黒ばら」の前から東側(蒲田駅側)を見る。

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 交差点の45°面取りは大好きだが,角アールはもっと好きだ。

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 焼鳥「松之山」。

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 角アールの建物だけでも大好きなのに,それが向かい合わせになっていて,立ち去りがたい。

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 後ろのビルは東京蒲田病院。

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 焼鳥「松之山」の前から西側を振り返る。

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 西蒲田七丁目,東京蒲田病院裏の飲食店街。

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 西蒲田七丁目,東京蒲田病院裏の飲食店街。

 午後6時半を過ぎ,だいぶ暗くなってきた。

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 再び多摩堤通りを横断して北側の西蒲田六丁目側に抜け,細い路地を通って女塚神社方向へ。榛名看護婦家政婦紹介所がある。このあたりは女塚(ヲナヅカ)という地名だったところである。

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 曲がった道路の雰囲気や古い地図を見た感じだと,右側の道路はこのあたりに家がほとんど建っていなかった頃からの道だと思われる。

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 西蒲田六丁目の女塚神社。もともとはJR蒲田駅東口付近にあった旧御園村・旧女塚村の鎮守の八幡社が,東海道線の敷設でこの地に移転し,女塚神社と改称したものらしい。

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 女塚神社の前から大城通り商店街に抜ける。

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 大城通り商店街。蒲田駅近くの多摩堤通りから都立大森高校付近まで,北北西に約900mもある長い商店街である。

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 大城通り商店街。相生小学校の東側にある変形六叉路(駐車場への通路を入れると七叉路のようにも見える)。

 蒲田付近はもともとは水田地帯で,東京湾に向かってかすかに傾斜のある水田に水を配するために形成されたあぜ道が元になった道路が多く,そこを旧東海道や東海道本線が斜めに真っ直ぐ横切ったところに街が形成したため,道路が斜めに交差している箇所が多く,必然的に五叉路・六叉路(そして七叉路の「七辻」でも有名)が多くなる。

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 大城通り商店街の南端にある商店街アーチ。
 このあたりから西蒲田一丁目〜六丁目にはバス路線がなく,公共交通機関のないエリアが広がっており,タクシーと自転車を多く見かけた。

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 大城通り商店街の商店街アーチの横が五叉路になっている。

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 大城通り商店街の南端の五叉路。

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 飲食店の多い細い路地を通って蒲田駅近くの多摩堤通りに抜ける。

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 西蒲田五丁目にはスナック・小料理屋が密集した三角地帯がある。

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 三軒茶屋の三茶三角地帯より規模は小さいが,紛れもない三角地帯である。

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 直角三角形なのでここの角度は90°。

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 直角三角形の鋭角の横にスーパーホテル東京JR蒲田西口がある。

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 ツタが電線にからまっている。

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 直角三角形の斜辺にあたる路地。直角三角形の斜辺の長さは外接円の直径に等しく,直角をはさむ2辺の長さの和から内接円の直径を引いた差に等しい。

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 直角三角形の斜辺を蒲田駅方向に伸ばした路地にある長屋式飲食店街。

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 多摩堤通りとの交差点が見えてきた。

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 路地の北西方向を振り返る。

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 多摩堤通りとすずらん通りとその他の通りの交差点。日本工学院専門学校・東京工科大蒲田キャンパスの前にあるこの交差点は,蒲田らしく数え方によっては七叉路になっている。

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 日本工学院専門学校・東京工科大蒲田キャンパスの前の交差点から蒲田西口クロス通り商店街・蒲田駅前郵便局方向に延びる通り。

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 この通りは多摩堤通りから蒲田駅方向に延びるバス通りで,バスの降車場が並んでいる。

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 中島ビル。

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 蒲田駅前の降車場に到着した蒲田駅行きのバス。

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 蒲田駅前のニューカマタビル。

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 蒲田駅西口には弘城(ひろき)ビルが複数あるだけでなく,パチンコ弘城やシティホテル弘城,焼肉弘城,中国料理大飯店弘城,台湾菜館弘城など,ヒロキがあふれている。

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 Club Music & Bar 8810。階段のところに身体がはさまって入れなかった……というのはウソだよ。

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 多摩堤通りからJR蒲田駅ホームの横に続くすずらん通り。突き当たりに京浜東北線の電車が停まっているのが見える。
 たぶんここがもともとの多摩堤通りで,東海道本線で分断されてしまったのだと思われる。

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 ここから日本工学院専門学校・東京工科大蒲田キャンパス方向に延びているのが蒲田工学院通り商店街である。

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 蒲田工学院通り商店街には飲食店,特にラーメン屋がとても多い。

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 工学院通り商店街で晩飯を食べようと思ったが,若い人向けの店ばかりのような気がして困ってしまう。

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 工学院通り商店街。

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 蒲田工学院通り商店街の蒲田駅方向を振り返る。

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 工学院通り商店街の商店街アーチ。

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 蒲田駅前のドン・キホーテ。

 ゴチャゴチャとした雑多なものは案外大好きなのだが,なぜかドン・キホーテは私の琴線に触れず,半世紀以上の人生でいまだに利用したことがない。

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 ドン・キホーテ他が入る弘城ビル。都市の雑居ビルの典型といった感じである。

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 蒲田駅から電車に乗って帰路に着く。

 蒲田の街のごく一部を歩き回っただけだが,雑多な街を満喫した。やっぱり蒲田は奥が深い。

蒲田駅西口

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS

【関連記事】
2007年11月17日 (土曜日):蒲田の街で晩飯を食う
2010年11月20日 (土曜日):逢おうかまた蒲田で……
2011年11月20日 (日曜日):蒲田駅から品川行きのバスに乗った

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京急品川駅の上下ホーム連絡通路から見る

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 JR東日本の品川車両基地跡地の再開発やJR東海の中央リニア新幹線品川駅の工事,京浜急行の品川駅地平化計画にともなって,数年後には変わり始めそうな品川駅(既にJRのホームは変わりつつある)。
 京浜急行品川駅からJRに乗り換える機会があったので,京急の上下ホーム連絡通路からの俯瞰を中心に写真を撮ってみた。

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 現在の京急品川駅は2面3線の高架駅になっている。これを地平化する計画が進められている。
 全国区の中核都市で,街を駅や鉄道が分断しているため街が衰弱しているという理由で駅の高架化が進められている中,首都東京の中心的な駅である品川駅で,高架駅を地平化する計画があることがとてもおもしろい。
 そういえば,JR東海道本線沿線は,品川も川崎も横浜も地平駅のままである。

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 京急品川駅の下りホームのペイントは,慣れないとわかりにくい。

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 上下ホーム連絡通路をエスカレーターで下る。

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 下りホームの上に掲示される発車案内。比較的最近まで(と言っても2000年頃までだったろうか)反転フラップ式の案内表示機が残っていたが,現在はLED方式の案内表示機になっている。

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 JR品川駅との間にある中間改札口と下り1番線ホームが同じ高さにある。

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 JR品川駅構内の京急線切符売り場。

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 階段を下りるとJR品川駅構内となる。

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 JR品川駅の京浜東北線ホームへの階段。階段の手摺りは転落事故防止の観点から基本的には下り用のはずだが,利用客の動線を考慮したためか,下りは階段の真ん中,上りが手摺りのある両側を利用するようになっている。

 もちろんJRもそのへんはわかっていて,「手すりを必要とされるお客様は、通行区分に関わらずご利用ください。お客さまのご理解とご協力をお願いいたします(品川駅長)」という貼り紙があちこちに掲示されている。真ん中に一本手摺りがあると良いかも(真ん中に手摺りを設けるには階段が狭すぎるかな)。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or iPhone 7

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2017年3月11日 (土曜日)

北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く

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北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く


 上大岡から京急線の品川行き普通(=各駅停車)に乗り,どこへ行こうかと考えながら拙ブログの過去記事を読んでいたら,前回北品川駅で下車したのは9年前の2008年3月ということに気づいた。

 もう10年近く北品川駅で下車していないことに驚く。再開発が急ピッチで進む品川駅北部ほどではなくても,新しい高層ビルが立ち並ぶJR品川駅港南口は近いし,北品川駅周辺が大きく変わっていても不思議ではない。あるいは,10年近く経ってもほとんど変わっていない可能性もある。とりあえず下車して歩き回ってみることに決めた。

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 北品川駅で下車。乗ってきた品川行きの普通電車を見送る。電車の行先にはJR品川駅港南口のビル群が見える。

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 北品川駅のすぐ横の踏切を渡ってすぐに旧東海道に出るのもいいが,まずは北品川駅の北側にある第一京浜の八ツ山橋の踏切を見てみる。踏切付近の大規模な工事が終わり,JR品川駅港南口側と第一京浜新八ツ山橋東詰交差点を結ぶ道路が踏切の下を通るようになったため,地上の(正確には築堤の)道路もだいぶ変わったのではないかと思っていたが,大きな変化はなさそうだ。

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 踏切の築堤からの下り坂にある都営北品川アパート(1966年昭和41年竣工)も健在だ。

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 八ツ山橋の踏切(品川第1踏切)の京急線の電車と都営バス。
 理想をいえば,品川駅方面に去って行く電車ではなく,向かってくる電車が写真に収まってくれたら嬉しいのだが,そうなるともう少しカメラを右に振らなければ構図のバランスが悪くなってしまい,しかも左端に写っているマンション「ペアシティルネッサンス高輪」が写らなくなってしまう。

 ちなみに「ペアシティルネサンス高輪」は1980年末の竣工で,同年結婚引退した山口百恵・三浦友和夫妻が最初に入居した高級マンションであることは知る人ぞ知る話であり,それを構図に入れるかどうかはますますどうでもいい話ではある。

 どうでもいい話を続けると,百恵ちゃんは芸能界デビューしたときに,横須賀市の不入斗中学校から中学3年生で北品川の品川中学校(現在は品川女子学院中等部に名称変更)に転校している。北品川駅のホームで電車を待つセーラー服姿の百恵ちゃんの写真が,当時の雑誌に掲載されたりしていた。初めての住居,ペアシティルネサンス高輪が,卒業した中学とは東海道線・山手線を挟んで斜向かいにあるというのはなかなかの巡り合わせである。

 品川中学を卒業した百恵ちゃんは,芸能活動への理解があり当時から多くの芸能人が通っていた堀越高校ではなく,普通の高校生として通いたいという理由で芸能コースのない日出女子学園に進学する。芸能人「山口百恵」ではなく,同級生と一緒のときには普通の高校生になれることに幸せを感じていたようだ。授業中にサインをねだった簿記の先生の授業を最後までボイコットしたりしつつ,出席日数不足で同級生から遅れること約3か月,6月末に無事に高校を卒業する(そんな日出女子学園も現在は日出中学・高校となって芸能コースが設置され,芸能人がとても多いようだ)。

 普通の高校生であることに幸せを感じ,特別扱いしない友人たちを大切に思う。引退〜引退後と同じだ。弱冠21歳の山口百恵が提示してみせた,大スターや売れっ子芸能人の座にあるより普通の主婦になるほうがとても魅力的であり幸せなのだとする判断は,いつの世も一般の民衆に対して説得力を持ち続けるはずだ。

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 北品川駅ホームのすぐ北にある品川第2踏切から南に続くのが旧東海道(品川宿・北品川本通り商店街)である。

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 旧東海道の北品川本通り商店街。「くさ餅」の幟が立つ枡翁軒。ちなみにATOKの候補は「草餅」「草もち」のふたつ。わかりやすい「草」をひらがなにして「餅」が漢字のままなのは不思議な「かんじ」。

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 枡翁軒の前の丁字路でこの写真(八百半商店)を撮ろうとしていたら,品川浦のほうから坂を上ってきたクルマが丁字路を曲がろうとして,たどたどしいハンドルさばき。私が立っていたのは路側帯の上だったけど,我が身の危険をも感じたので大きく道を譲って差し上げたら,なんとそのまま八百半商店の前に路上駐車,運転していた老人はそのまま八百半商店の中に消えていった。「撮れるときに撮るべし」は,このような短時間でも,数年から数十年のスパンでも,街歩き&写真撮影では鉄則だと思う。

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 北品川郵便局の前から北品川本通り商店街の北側を振り返る。野菜・果物の八百半商店はお客さんでいっぱいだ。

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 フローリスト「はなの樹」の前から北品川本通り商店街の南側を見る。

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 北品川郵便局の前。ちなみに品川宿の北寄りの北品川本通り商店街あたりには,幕府の命により歩行役(かちやく・人足役)が配置されていたことから,歩行新宿(かちしんしゅく)と呼ばれていた。

歩行新宿
(昭和22年発行の地理院地形図。「今昔マップ on the web」より)

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 路上駐車の老人が単なる八百半商店の客なのか(しばらくすれば立ち去る),付近の住人だったりして何十分も停めたままなのか気になりながら,郵便局の前に居続ける。写真の撮影時刻を見ればわかるように,八百半商店の付近に15分も立ち続けている……(なんと酔狂な)

 八百屋での買物に15分もかかるとは思えないので,あきらめて立ち去ろうとしたとき,私の目は見覚えのある老人の姿が店から出てくるのを見逃さなかった。

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 くさ餅の枡翁軒の前に戻り,最初に撮ろうと思っていた構図で撮影。ここまで約20分。そこまで時間を掛けて撮るような写真かと言われればそれまで。

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 せっかくなので問答河岸の碑が立つ丁字路の坂を下る。

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 多国籍料理「居残り 連」の横,八ツ山通りの交差点へ。

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 八ツ山通りの交差点にある多国籍料理「居残り 連」。交差点に面した看板建築の切り欠き(面取り・C面・Chamfer)が美しい。

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 八ツ山通りの栄歩道橋の下から都営北品川アパートを見上げる。

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 都営北品川アパートには都営バス品川営業所が併設されていて,そこからバスが次々に出てくる。

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 八ツ山通りから旧東海道を見ると,旧東海道がかなり高いところにあるのがわかる。

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 都営バス品川営業所の事務所棟。

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 都営バス品川営業所の前の交差点から路地を入ると,品川浦の船溜まりが見えてくる。その横には古い民家の家並みが残っている。

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 品川浦の船溜まり。

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 屋形船が並ぶ品川浦の船溜まりに小さな漁船が帰ってきた。

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 小さな漁船が屋形船の間を抜けて船溜まりの奥へ。

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 それにしても見事な古民家群。路地は未舗装で,中央に石畳がある。

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 建物も植栽も丁寧に手入れされていて,気品を感じる。

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 超高層ビルが立ち並ぶ街のすぐ近くに,このような家並みが残っているのは貴重だ。

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 八ツ山通りを歩いて品川浦船溜まりの南側へ。

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 品川浦がL字型になっている部分に架かる北品川橋。

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 豊かな水産物の水揚げがあり,海苔の産地でもあったかつての品川浦に思いを馳せていたら,突然耳をつんざく轟音が響き,現実に引き戻された。
 公道を走るゴーカートの集団だった。その姿からすぐに,任天堂が提訴したことがニュースになっていた「マリカー」だとわかった。そしてこれはやっぱり“あかんやつ”だと思った。任天堂には相当な苦情が届いたのだろう。個人が任天堂のキャラクターに扮して公道走行しているのならまだしも,レンタルサービスでの集団走行では言い訳できない。

 この後も北品川付近をブラブラしていたら,ゴーカートの爆音が何度も聞こえてきた。調べてみたらこの公道ゴーカートのレンタルショップが北品川にあるようだ。近隣住民の方,大変だね……

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 たくさんの屋形船が並ぶ品川浦と品川の超高層ビル群。

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 品川浦の対岸に先ほどの古い民家の家並みが見える。

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 品川浦(かつての目黒川)に架かるのは1925年(大正14年)竣工の北品川橋。橋のたもとに鮨処「石橋」がある。北品川橋の親柱は石積みなので,それにちなんで石橋なのか,ご主人の名前が石橋さんなのかは不明だ。

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 北品川橋の西側を振り返る。

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 旧目黒川の船溜まり。

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 旧目黒川の右岸(写真左)は河口にできた砂州で,幕府に魚介類を納める御菜肴八ケ浦のひとつ南品川猟師町(現在の東品川一丁目。洲崎とも)と呼ばれる漁業の町だった。沖は埋め立てられ,東京湾が遠くなってしまったが,猟師町だった頃の名残がかすかに感じられる。

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 北品川橋の上から北側を見る。

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 旧目黒川に沿って八ツ山通りを歩く。屋形船・釣り船「ひらい丸」の看板が立つ。

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 品川浦旧目黒川の一番奥。ここから上流側はすっかり埋め立てられ,品川浦公園となっている。

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 品川浦公園から旧目黒川を見る。

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 品川浦公園の横にある利田(かがた)神社。沢庵和尚が弁財天を祀ったのが始まりと言われ,かつて洲崎弁財天・洲崎弁天と呼ばれていた神社である。目黒川河口の南品川猟師町の沖は,江戸時代の中頃から南品川宿の利田吉左衛門によって埋め立てられ開墾(南品川新開場)されたことから利田新地とも呼ばれたという。

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 利田神社(洲崎弁天)といえば「鯨塚」で知られ,品川浦公園にはクジラのオブジェや遊具がある。

 1798年(寛政10年),品川沖に迷い込んだ巨大な鯨を漁師たちが浅瀬に追い込み捕獲,一目見ようとする人で浜は大賑わい。浜御殿(現在の浜離宮)沖まで運び,11代将軍徳川家斉が上覧するほどの大騒動になったという。その後,鯨の骨を埋めて祀ったのが利田神社脇にある鯨塚である。

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 八ツ山通りの台場歩道橋……の下の横断歩道を渡り,台場横丁の坂を上って旧東海道に戻る。

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 星野金物店の見事な看板建築。

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 星野金物店。レンガまたはスクラッチタイルの壁に銅板張りのパラペットがすばらしい。

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 星野金物店の前から旧東海道の南側を見る。

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 同じ場所を撮っても,広角側(この写真は24mm)と中望遠側(ひとつ前の写真は60mm)ではこんなに印象が変わってくる。

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 旧東海道と黒門横丁の交差点。

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 黒門横丁から旧東海道を振り返る。写真左側にあったはずの「天ぷら三浦屋」がなくなってる。がっかりしているところを,「マリカー」装束の外人軍団とすれ違った。こうやって時代は変わっていくんだな……

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 黒門横丁から法禅寺に抜ける。

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 臨海山光照院法禅寺。1384年(至徳元年)開創,芝増上寺の末寺である。

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 法禅寺の山門とレンガ塀。突き当たりが旧東海道である。

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 法禅寺。門の横に品川小学校発祥の地の碑が立っている。品川小学校は品川区で最も古い公立小学校で,法禅寺にあった寺子屋を引き継ぐかたちで開校したという。

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 法禅寺から旧東海道へ。

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 法禅寺の入口から旧東海道(北品川本通り商店街)の北側を見る。

 旧東海道は電線類地中化され,電線は共同溝に埋設されている。しかし,道路上から電柱をなくす無電柱化は行われていない。広い歩道のある道路であれば,歩道上に変圧器や開閉器を納めた地上機器を設置すれば良いが,旧東海道のような道路では設置場所の問題が大きいため,地上に電柱を残して,電柱の上にトランスを設置している(単柱頂部設置方式)。

 トランス用電柱(街路灯)から下がる東海道品川宿のバナー(垂れ幕)には,「きたしなカード葵」と書かれている。北品川地区の北品川本通り商店街・北品川商店街・京急新馬場商店街の三つの商店街共同のポイントカードらしい。

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 野菜・果物「マルダイ」とせんべい処「あきおか」の前。

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 喜楽すしの前の実用自転車。懐かしいロッド式ブレーキだ。

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 喜楽すしの横には品海公園がある。品海公園の入口には小さな街道松とともに品川宿と刻まれた石碑があり,「日本橋より二里 川崎宿へ二里半」と記されている。

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 トーモンハウスの前に東海道品川宿と書かれた門柱のようなものが立っており,ここから南が北品川商店街となる。歩行新宿と北品川宿の境もこのへんになるのだろうと思われる。

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 創業明治23年の老舗尾張屋の前から北品川宿(北品川商店街)を見る。このあたりから目黒川に架かる品川橋までが北品川宿である。

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 尾張屋の前から歩行新宿(北品川本通り商店街)を振り返る。

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 北品川商店街の米の専門店「新実商店」。その奥の緑に囲まれた山門は一心寺。

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 北品川商店街の丸屋履物店は1865年(元治2年・慶応元年),激動の幕末の創業である。店頭にはたくさんの下駄や雪駄・草履が並んでいる。店内には鼻緒をすげていない下駄も並んでおり,ちゃんとした職人さんがいる店らしい。すばらしいね。

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 一心寺。江戸三十三箇所(昭和新撰江戸三十三観音札所)の30番札所である。
 境内は広くなく,山門を入るとすぐに本堂が建っている。

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 一心寺の前から北側を振り返る。

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 一心寺の向かい側,養願寺(品川虚空蔵尊)に続く路地を入る。

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 一心寺側を振り返る。

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 品川虚空蔵尊(天台宗養願寺)。

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 品川虚空蔵尊の前から一心寺方向を振り返る。

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 狭い路地と虚空蔵尊(養願寺)の境内が一体化していて,路地を歩く人が自然に虚空蔵尊の本堂の前を通り抜けるようになっている。

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 虚空蔵尊(養願寺)には女性の参拝者が絶えなかった。

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 虚空蔵尊の南側に続く路地へ。この路地は虚空蔵横丁と呼ばれているらしい。

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 正徳寺を囲む虚空蔵横丁のレンガ塀。

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 正徳寺のレンガ塀と虚空蔵横丁。レンガは下のほうがイギリス積み,上のほうがフランドル積み(フランス積み)になっていて面白い。一般的にはイギリス積みのほうが新しい場合が多いので,施工時期の違いによるものでもなさそうだ。

 そもそも,なぜここにレンガ塀があるのかが不思議だ。由緒ある寺とレンガ塀が結びつかない。古い地図を見ていたら,大正8年発行の地形図のこの付近に学校を示す「文」マークがあることに気づいた。昭和に入ってからの地図には「文」マークが見当たらないが,それがレンガ塀に関係しているのかもしれない。そういえば法禅寺もレンガ塀になっていて,品川小学校発祥之地でもあった。

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 正徳寺のレンガ塀から北品川公園に続く路地に旅館「靜正」がある。

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 旅館「靜正」の横には壊れた井戸がある。このあたりは江戸時代に小泉長屋と呼ばれたところで,入り組んだ路地に共同井戸が残っていることで知られる。探せばまだ現役の共同井戸が見つかるはず。共同井戸の水質は飲用に適さなくても,散水などの生活用水としては十分利用でき,住民に大事に守られている。全国には,「名水百選」に選ばれているのに,飲用不可となっているその土地自慢の名水も多い。飲用に使わないのに,地下水が飲み水の環境基準を満たさないから“安全だけど安心じゃない”とか言っている都知事の行動に唖然とするばかりだ。

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 誰も遊んでいない北品川公園と,寂しく佇む黒猫。

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 入り組んだ路地の中にある北品川公園には飛行機のかたちをした遊具がある。しかも複座だ。印象的な遊具から「ひこうき公園」とも呼ばれるらしい。

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 レンガ塀のある虚空蔵横丁に戻る。

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 虚空蔵横丁から新馬場北口通りへ。

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 新馬場北口通りの京急新馬場商店街。

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 京急新馬場商店街(北馬場参道通り商店街)。以前は商店街の東西に「サクセス品川」という商店街アーチがあったのだが撤去されたようだ。サクセス品川商店街あるいは新馬場北口通り,または新馬場サクセス通りと呼ばれていたのは確かだ。品川神社の前の第一京浜北品川三丁目交差点から東海道北品川交差点まで続く新馬場商店街は,品川神社の参道として発達した商店街である。通りや商店街の名称が定まらないところに迷いが感じられる。

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 明治時代の一軒家を改装したレンタルスペース松本は,戦前は松本酒店,戦後はもつ煮込みが名物の居酒屋「松本屋」だったそうで,この日は山形の野菜を販売中だった。

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 新馬場参道通りから虚空蔵横丁を見る。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)に並ぶ看板建築。

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 お菓子の太子堂とリサイクルショップ桃色雛。

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 麺屋「まる」と休み処「品川宿参道」,桃色雛の並び。見事な三軒長屋の看板建築だ。

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 王将せんべいとさっぽろジンギスカン喜楽,そしてパン屋の龍月堂。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)は看板建築の宝庫だ。

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 サクセス品川(新馬場北口通り)から北馬場参道通りとなった商店街アーチ。赤い電車が走る京急線の高架橋の先には品川神社がある。

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 電線類の地中化でスッキリした北馬場参道通りの京急新馬場商店街。まだ「サクセス品川」だった2008年11月撮影の写真と比べると,そのスッキリ具合がよくわかる。

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 上の写真からわずか2分後の写真。撮ろうと思った瞬間に撮っておかないと,後で後悔することになる。

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 北馬場参道通りを東へ歩き,正徳寺の門前から京急新馬場駅方向を振り返る。

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 創業宝暦11年(1761年)の加藤畳店(創業時は湊屋)。写真右は正徳寺。

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 木村屋和菓子店とトモ薬局。

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 北馬場参道通り商店街のトモ薬局の看板建築。

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 北馬場参道通り商店街。

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 チャイニーズレストラン「野沢屋」の並びの看板建築。

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 ここの看板建築を2008年11月に撮ったときのようにもう少し引いた位置から撮影したかったのだが,ちょうど向かい側で建築工事をやっていて,その関係者のものと思われる車(工事用車両ではない)が路上駐車をしていて,引きの写真が撮れなかった。残念。

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 突き当たりのやまのて青果の前の道路が旧東海道。

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 北馬場参道通り商店街のミツワヤ化粧品店。ちなみに,上に書いた路上駐車の工事現場はここではない。

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 マルサングループやまのて青果。

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 旧東海道の花と園芸「花本園」と旬菜料理「竹乃家」。このあたりは北品川商店街となる。

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 北品川商店街の若素園と魚より。

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 東海道品川宿本宿「北品川商店街」と書かれた商店街事務所と中国料理「登龍」。

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 若素園と魚よりの間に緑の多い路地がある。

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 東海道品川宿本陣跡は聖蹟公園となっている。江戸初期には南北の品川宿それぞれに本陣が置かれたが,江戸中期に本陣は北品川宿のみとなったらしい。「聖蹟」の名は明治天皇の明治元年の行幸の際に行在所となったことから。

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 山手通りと旧東海道が交差する東海道北品川交差点。油そば専門店「ぶらぶら」の油っぽい名前に惹かれたが,がまんがまん……

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 山手通りを渡り,旧東海道をさらに南へ歩き,品川屋海苔店の前。このあたりも北品川商店街になる。「○○○品川店」と「○○○新馬場店」が混在している。

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 北品川商店街の品川宿交流館本宿お休み処。駄菓子屋や休憩所,多目的スペースが設置されている。

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 品川交流館の横から北浜公園に続く石畳の路地に割烹神戸家がある。

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 品川橋のたもと。

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 目黒川に架かる品川橋。品川橋を境に北品川宿と南品川宿に分かれることから境橋とも,昔は北品川宿の品川神社の天王祭と南品川宿の荏原神社の天王祭が同じ日に行われ,この品川橋の上で行き会ったことから行合橋とも呼ばれたという。目黒川の改修で南品川宿側にあった荏原神社が,目黒川の北側になってしまい,紛らわしくなった。
 品川駅の南に北品川があったり,品川駅が品川区ではなく港区にあったり,品川区では海岸通りと呼ばれる道路が,港区に入ると旧海岸通りになったり,紛らわしいといえば紛らわしいことだらけの土地であるとも言える。

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 目黒川の左岸にある北浜公園の北浜こども冒険広場。

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 目黒川の横の須山米店と新品川橋(洲崎橋)。

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 品川橋の上流に架かる赤い欄干の鎮守橋。荏原神社の参道に架かる橋である。大正末期から昭和にかけて,曲がりくねっていた目黒川を真っ直ぐに改修した際,南品川から荏原神社へ渡る橋が必要になり,1928年(昭和3年)に鎮守橋が架けられた。

 南品川から品川橋を渡れば,図らずも北品川側に移ってしまった荏原神社を詣でることは可能だが,荏原神社は南品川の鎮守だったから話は複雑だ。結局,荏原神社の氏子の拠出により,南品川地区から北品川を通らずに目黒川の北に移った荏原神社に直接参拝できる鎮守橋が架けられることとなった。

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 品川橋を渡って南品川宿(品川宿場通り南会商店街)へ。橋のたもとにある小さな建物は,どこからどう見ても旧交番っぽいが,特に説明書きは見当たらなかった。

 その向かいの城南信用金庫品川支店には案内板があり,信用金庫の場所が南品川宿の脇本陣の百足屋だったこと,東海道から荏原神社への道を天王横丁といい,荏原神社の鳥居の向きから往時の様子が推定できることが書かれている。
 地図を見ると,荏原神社から鎮守橋に続く参道の角度は北品川地区の町割りの角度とは違い,目黒川の対岸の南品川地区の町割りに一致することがわかる。

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 品川宿場通り南会商店街のまいばすけっとの前から品川橋を振り返る。

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 旧東海道の南品川宿の品川宿場通り南会商店街。写真右の建物のシャッターに「南品川一郵便局」の文字が残っている。現在郵便局は約100m南に移っている。

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 南品川宿の街道松の広場と「浜松宿の松(品川宿の松)」。浜松市の有賀氏から寄贈された樹齢80年の黒松で,1993年に植樹されたものらしい。

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 品川診療所のある四ツ辻。品川診療所の北隣には昭和ネオンの品川本社がある。

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 南品川二丁目児童遊園でトイレ&休憩。

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 南品川二丁目児童遊園の隣にある青波堂木庭印房(創業明治四十年)。その隣は床屋さん風だが,今は空き家になっている。

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 創業明治二十七年の富田屋工業所。軒下の古い看板は富田工業所となっている。

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 長徳寺の入口付近の旧東海道(品川宿場通り南会商店街)。このあたりになると「○○○品川」「○○○南品川」「○○○東品川」の他に「○○○青物横丁」がチラホラ。

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 写真右側が開校明治七年の城南小学校の正門。品川区立城南小学校と区立城南幼稚園の共用の正門になっている。長年川崎市と横浜市に住んできたため,幼稚園は私立という思い込みがあり,公立の幼稚園と小学校が併設されていることに驚いてしまったが,都市によってはごく普通のことなのかもしれない。

 城南幼稚園・小学校の正門付近から,旧東海道の商店街は青物横丁商店街となる。

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 1779年(安政8年)創業の松岡畳店。大正時代の建築である。

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 畳松岡の看板がある松岡畳店。

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 古い「魚長」の看板が残る居酒屋えいちゃん。

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 青物横丁商店街の焼肉「オモニ」。

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 派手な看板の焼き鳥店(店名読めず)の横に諏方神社の参道がある。

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 南品川二丁目の諏方神社。境内の狛犬は1831年(天保2年)につくられたもの。

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 旧東海道とジュネーブ平和通りが交差する東海道南品川交差点。竹内醫院の下見板張りの洋館は健在だ。

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 東海道南品川交差点から東側の八潮高校入口交差点・南品川二丁目郵便局方向を見る。青物横丁商店街のエンドウ豆風の街路灯が面白い。

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 東海道南品川交差点から旧東海道の南側(南品川三丁目)を見る。

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 東海道南品川交差点から西側の京急青物横丁駅方向を見る。

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 東海道南品川交差点のフードマーケット平野屋。もともとは1800年(寛政12年)創業の酒屋「平野屋」。

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 青物横丁商店街の街路灯は照明の部分がエンドウ豆風になっているだけじゃなく,柱の部分にも果物や野菜が刻まれている。

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 東海道南品川交差点のすぐ南,南品川三丁目の青横ファーマシー薬局。旧東海道らしい縦書きの看板に,創業平成三年と記されている。旧東海道とはいえ,江戸時代や明治・大正時代創業の店ばかりではないのだ。平成生まれでも既に二十年以上になり,昭和生まれの私は時の流れを感じる。

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 ジュエル靴クリームの矢場靴店。

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 青物横丁駅が近づいてきた。

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 青物横丁駅前のジュネーブ平和通りの青物横丁商店街。南品川三丁目にある品川寺(ほんせんじ)の行方不明になっていた梵鐘が大正時代にスイスのジュネーブの美術館に所蔵されていることが判明し,その返還交渉が契機となって品川区とジュネーブ市が友好都市の関係を結んだ。それがジュネーブ平和通りの名の由来になっている。

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 京急本線の青物横丁駅のガード下。

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 青物横丁駅前の横断歩道。モスバーガーの看板を見たら,腹ぺこだったのでハラペーニョがのったスパイシーチリドッグが無性に食いたくなり,足が勝手に横断歩道を渡ろうとしている。

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 横断歩道を渡る。看板通りなら50m先にモスバーガーがある。

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 京急線のガードをくぐる。

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 モスバーガーのスパイシーチリドッグにむしゃぶりつき,一休み。

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 青物横丁駅から京急線の普通電車に乗り,のんびりとした帰路につく。

北品川〜新馬場〜青物横丁 2

── PENTAX K-1 + HD PENTAX-D FA 24-70mmF2.8ED SDM WR or RICOH GR

【関連記事】
2008年11月29日 (土曜日):京急線新馬場駅周辺を歩く
2008年3月22日 (土曜日):北品川駅界隈(品川宿〜品川湊)
2005年4月 3日 (日曜日):京浜急行青物横丁〜鮫洲

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2016年11月26日 (土曜日)

七辻から雑色商店街へ 東京都大田区仲六郷

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七辻から雑色商店街へ 東京都大田区仲六郷


 七辻からは京急蒲田駅に向かっても雑色駅に向かっても,ほぼ等距離になるので,どっちに向かうかが悩ましい。かつて京急の出村駅があった蒲田消防署付近から蒲田温泉あたりを経由して京急蒲田駅に向かうのも魅力的に感じたが,ただなんとなく雑色駅に向かって歩き始めた。

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 七辻通りの南側から七辻を見る。

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 フレッシュフーズ「七辻ひらばやし(都南青果物)」の南側から七辻を見る。七辻に信号機はない。

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 フレッシュフーズ「七辻ひらばやし(都南青果物)」の北側の通りを西へ向かう。

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 七辻の西側,タイ屋台料理「まいぺんらい」のある変形五叉路には信号機がついている。

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 信号機のある変形五叉路には人つながりの呑み処「うちべんけい」,「おそばなかむら」があり,「まいぺんらい」とともにひらがなの店が集まっている。

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 変形五叉路の居酒屋「ビッグマミー」と「三平鮨」。
 七辻から東六郷一丁目を西へ歩いている。

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 同じ変形五叉路の“おさしみの店”「東」。

 東六郷一丁目には信号機が少なく,第一京浜(国道15号線)のように他地区との境界を通る道路にある信号機を除くと,この変形五叉路の信号機が地区内の唯一の存在である(ように思う)。

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 壁面に絵が描かれている大田区職員寮の1階部分が東六郷保育園になっている。

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 東六郷一丁目バス停。日中でも15分間隔でJR蒲田駅~羽田空港のバスが走っている。

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 第一京浜(国道15号線)の東六郷一丁目交差点を曲がる蒲40系統の羽田空港行きバス。

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 第一京浜の東六郷一丁目交差点の横断歩道を渡りながら南側を見る。午後4時を過ぎたばかりなのに,日が沈もうとしている。この時期の東京の日没時間は約4時半で,一年で一番日没が早い。

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 高架化された京急本線の下をくぐると仲六郷小学校がある。付近のガードレールが緑色だ。景観への配慮か,スクールゾーンを意味するものなのかは不明。ちなみに,山口県のガードレールは黄色い。

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 路地を歩いて大田仲六郷郵便局の前。居酒屋「船方」がある。

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 大田仲六郷郵便局の南のディスカウントショップ「モロヤ」(質屋「モロヤ」)。

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 大田仲六郷郵便局の南の四つ辻の季節料理「南部」。

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 四ツ辻の西側に,スナック「チエ」,喰呑処「たま家」,「南部」が並ぶ。

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 戸石商店では畳を打っているところ……

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 仲六郷二丁目のバス通りに出た。

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 仲六郷二丁目のバス通りの雑色商店街。

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 仲六郷二丁目のバス通り(写真左)と 大田仲六郷郵便局の南の四つ辻に続く路地(写真右)。

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 バス通りの雑色商店街を北へ。

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 仲六郷二丁目のバス通り雑色商店街のそば処「満留賀」。

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 街路灯には「人にまちに優しい“笑”店街(雑色商店街)」と書かれている。

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 仲六郷二丁目の雑色商店街(バス通り)の雑色熱帯魚店。交差点から北は仲六郷一丁目となる。

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 仲六郷一丁目(バス通り)の食事処「中むらや」とFマートチェーン「ヤオハン」。ここから北の仲六郷一丁目は仲六郷一丁目商店街となる。

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 写真左の雑色熱帯魚店側が仲六郷二丁目(雑色商店街),Fマートチェーン「ヤオハン」側が仲六郷一丁目(仲六郷一丁目商店街)。

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 仲六郷一丁目商店街のバス通りを蒲73系統仲六郷・六郷橋経由羽田車庫行きのバスが走ってきた。

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 仲六郷一丁目商店街の「ヤオハン」の前から雑色商店街を見る。

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 雑色熱帯魚店。

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 仲六郷二丁目の雑色商店街を南へ。

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 雑色商店街のバス通りの居酒屋「よし成」の前。

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 雑色商店街のバス通りを南へ。

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 雑色商店街の全蓋式アーケード。バス通りから京急線の雑色駅前を通り,第一京浜(国道15号線)の雑色駅入口交差点までアーケードが続いている。
 午後4時半を過ぎ,暗くなってしまった。

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 雑色商店街の西側は東海道本線・京浜東北線の踏切まで商店街が続いている。

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 いつも買い物客で賑わっている雑色商店街。

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 雑色駅方向を振り返る。

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 雑色商店街のアーケード(ZOSHIKI ARCADE)には象のマークが描かれている。

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 雑色商店街のアーケードから西側を振り返る。

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 雑色商店街の全蓋式アーケード。

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 リヨンクローバーというパン屋さん。

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 雑色商店街の尾張屋洋品店と花の豊花園。

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 谷松屋毛糸店にはいろいろなボタンが並んでいる。懐かしい。

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 花の豊花園の横に行き止まりの細い路地がある。

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 行き止まりの路地を入ってみる。居酒屋「みよちゃん」が営業中。

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 居酒屋「みよちゃん」の奥は真っ暗だったが,高感度に強いPENTAX K-1がISOオートでISO12800までアップして,「おとなの駄菓子屋」やYAKITON BAR「BUBU」が写った。

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 雑色商店街の川田茶園。

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 全蓋式アーケードが途切れたところが元は京急線の踏切だったところ。

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 全蓋式アーケードは京急線の高架橋で途切れるが,その先まで続いている。

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 京急線の高架橋の下から東西の雑色商店街の全蓋式アーケードを見る。こんな写し方は魚眼レンズにしかできない。

 京急線雑色駅の高架化は2012年に完了したばかりで,高架下や周辺の整備が行われているところだ。以前はアーケード商店街と雑色駅が密着していたが,高架化にともなって駅は南の六郷土手駅側に少し離れてしまった。今後,この駅前のスペースがどのように整備されるのかが楽しみだ。

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 かつては写真右側のスペースに雑色駅があった。

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 以前の雑色駅があったスペース。アーケード商店街の横が京急線のホームだったが,駅の入口はずいぶん遠くなってしまった。

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 京急線の踏切がなくなり,東西の移動はスムーズになった。

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 以前の雑色駅の駅舎が取り壊され,そこから新しい駅舎まではフェンスに囲まれた通路になっている。フェンスには雑色のシンボルの象が建設用重機を説明する絵が描かれている。これはロードローラー。

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 雑色駅前のオーケーストア・ジャンボサガン店のビル。昨年9月まではここがオーケーストアの本社ビルだったが,現在は横浜のみなとみらいに移転している。

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 新しい雑色駅の入口。

七辻〜雑色

── PENTAX K-1 + smc PENTAX-DA FISH-EYE10-17mmF3.5-4.5ED

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2007年11月 3日 (土曜日):雑色駅界隈を歩く〜ねぶた《後半》
2010年7月31日 (土曜日):浮世草子聞き偲ぶ 雑色
2012年7月15日 (日曜日):初恋草紙聴かせて 雑色

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