2017年3月11日 (土曜日)

北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く

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北品川から青物横丁へ 旧東海道を歩く


 上大岡から京急線の品川行き普通(=各駅停車)に乗り,どこへ行こうかと考えながら拙ブログの過去記事を読んでいたら,前回北品川駅で下車したのは9年前の2008年3月ということに気づいた。

 もう10年近く北品川駅で下車していないことに驚く。再開発が急ピッチで進む品川駅北部ほどではなくても,新しい高層ビルが立ち並ぶJR品川駅港南口は近いし,北品川駅周辺が大きく変わっていても不思議ではない。あるいは,10年近く経ってもほとんど変わっていない可能性もある。とりあえず下車して歩き回ってみることに決めた。

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 北品川駅で下車。乗ってきた品川行きの普通電車を見送る。電車の行先にはJR品川駅港南口のビル群が見える。

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 北品川駅のすぐ横の踏切を渡ってすぐに旧東海道に出るのもいいが,まずは北品川駅の北側にある第一京浜の八ツ山橋の踏切を見てみる。踏切付近の大規模な工事が終わり,JR品川駅港南口側と第一京浜新八ツ山橋東詰交差点を結ぶ道路が踏切の下を通るようになったため,地上の(正確には築堤の)道路もだいぶ変わったのではないかと思っていたが,大きな変化はなさそうだ。

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 踏切の築堤からの下り坂にある都営北品川アパート(1966年昭和41年竣工)も健在だ。

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 八ツ山橋の踏切(品川第1踏切)の京急線の電車と都営バス。
 理想をいえば,品川駅方面に去って行く電車ではなく,向かってくる電車が写真に収まってくれたら嬉しいのだが,そうなるともう少しカメラを右に振らなければ構図のバランスが悪くなってしまい,しかも左端に写っているマンション「ペアシティルネッサンス高輪」が写らなくなってしまう。

 ちなみに「ペアシティルネサンス高輪」は1980年末の竣工で,同年結婚引退した山口百恵・三浦友和夫妻が最初に入居した高級マンションであることは知る人ぞ知る話であり,それを構図に入れるかどうかはますますどうでもいい話ではある。

 どうでもいい話を続けると,百恵ちゃんは芸能界デビューしたときに,横須賀市の不入斗中学校から中学3年生で北品川の品川中学校(現在は品川女子学院中等部に名称変更)に転校している。北品川駅のホームで電車を待つセーラー服姿の百恵ちゃんの写真が,当時の雑誌に掲載されたりしていた。初めての住居,ペアシティルネサンス高輪が,卒業した中学とは東海道線・山手線を挟んで斜向かいにあるというのはなかなかの巡り合わせである。

 品川中学を卒業した百恵ちゃんは,芸能活動への理解があり当時から多くの芸能人が通っていた堀越高校ではなく,普通の高校生として通いたいという理由で芸能コースのない日出女子学園に進学する。芸能人「山口百恵」ではなく,同級生と一緒のときには普通の高校生になれることに幸せを感じていたようだ。授業中にサインをねだった簿記の先生の授業を最後までボイコットしたりしつつ,出席日数不足で同級生から遅れること約3か月,6月末に無事に高校を卒業する(そんな日出女子学園も現在は日出中学・高校となって芸能コースが設置され,芸能人がとても多いようだ)。

 普通の高校生であることに幸せを感じ,特別扱いしない友人たちを大切に思う。引退〜引退後と同じだ。弱冠21歳の山口百恵が提示してみせた,大スターや売れっ子芸能人の座にあるより普通の主婦になるほうがとても魅力的であり幸せなのだとする判断は,いつの世も一般の民衆に対して説得力を持ち続けるはずだ。

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 北品川駅ホームのすぐ北にある品川第2踏切から南に続くのが旧東海道(品川宿・北品川本通り商店街)である。

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 旧東海道の北品川本通り商店街。「くさ餅」の幟が立つ枡翁軒。ちなみにATOKの候補は「草餅」「草もち」のふたつ。わかりやすい「草」をひらがなにして「餅」が漢字のままなのは不思議な「かんじ」。

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 枡翁軒の前の丁字路でこの写真(八百半商店)を撮ろうとしていたら,品川浦のほうから坂を上ってきたクルマが丁字路を曲がろうとして,たどたどしいハンドルさばき。私が立っていたのは路側帯の上だったけど,我が身の危険をも感じたので大きく道を譲って差し上げたら,なんとそのまま八百半商店の前に路上駐車,運転していた老人はそのまま八百半商店の中に消えていった。「撮れるときに撮るべし」は,このような短時間でも,数年から数十年のスパンでも,街歩き&写真撮影では鉄則だと思う。

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 北品川郵便局の前から北品川本通り商店街の北側を振り返る。野菜・果物の八百半商店はお客さんでいっぱいだ。

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 フローリスト「はなの樹」の前から北品川本通り商店街の南側を見る。

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 北品川郵便局の前。ちなみに品川宿の北寄りの北品川本通り商店街あたりは,幕府の命により歩行役(かちやく・人足役)が配置されていたことから,歩行新宿(かちしんしゅく)と呼ばれていた。

歩行新宿
(昭和22年発行の地理院地形図。「今昔マップ on the web」より)

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 路上駐車の老人が単なる八百半商店の客なのか(しばらくすれば立ち去る),付近の住人だったりして何十分も停めたままなのか気になりながら,郵便局の前に居続ける。写真の撮影時刻を見ればわかるように,八百半商店の付近に15分も立ち続けている……(なんと酔狂な)

 八百屋での買物に15分もかかるとは思えないので,あきらめて立ち去ろうとしたとき,私の目は見覚えのある老人の姿が店から出てくるのを見逃さなかった。

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 くさ餅の枡翁軒の前に戻り,最初に撮ろうと思っていた構図で撮影。ここまで約20分。そこまで時間を掛けて撮るような写真かと言われればそれまで。

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 せっかくなので問答河岸の碑が立つ丁字路の坂を下る。

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 多国籍料理「居残り 連」の横,八ツ山通りの交差点へ。

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 八ツ山通りの交差点にある多国籍料理「居残り 連」。交差点に面した看板建築の切り欠き(面取り・C面・Chamfer)が美しい。

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 八ツ山通りの栄歩道橋の下から都営北品川アパートを見上げる。

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 都営北品川アパートには都営バス品川営業所が併設されていて,そこからバスが次々に出てくる。

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 八ツ山通りから旧東海道を見ると,旧東海道がかなり高いところにあるのがわかる。

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 都営バス品川営業所の事務所棟。

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 都営バス品川営業所の前の交差点から路地を入ると,品川浦の船溜まりが見えてくる。その横には古い民家の家並みが残っている。

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 品川浦の船溜まり。

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 屋形船が並ぶ品川浦の船溜まりに小さな漁船が帰ってきた。

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 小さな漁船が屋形船の間を抜けて船溜まりの奥へ。

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 それにしても見事な古民家群。路地は未舗装で,中央に石畳がある。

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 建物も植栽も丁寧に手入れされていて,気品を感じる。

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 超高層ビルが立ち並ぶ街のすぐ近くに,このような家並みが残っているのは貴重だ。

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 八ツ山通りを歩いて品川浦船溜まりの南側へ。

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 品川浦がL字型になっている部分に架かる北品川橋。

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 豊かな水産物の水揚げがあり,海苔の産地でもあったかつての品川浦に思いを馳せていたら,突然耳をつんざく轟音が響き,現実に引き戻された。
 公道を走るゴーカートの集団だった。その姿からすぐに,任天堂が提訴したことがニュースになっていた「マリカー」だとわかった。そしてこれはやっぱり“あかんやつ”だと思った。任天堂には相当な苦情が届いたのだろう。個人が任天堂のキャラクターに扮して公道走行しているのならまだしも,レンタルサービスでの集団走行では言い訳できない。

 この後も北品川付近をブラブラしていたら,ゴーカートの爆音が何度も聞こえてきた。調べてみたらこの公道ゴーカートのレンタルショップが北品川にあるようだ。近隣住民の方,大変だね……

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 たくさんの屋形船が並ぶ品川浦と品川の超高層ビル群。

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 品川浦の対岸に先ほどの古い民家の家並みが見える。

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 品川浦(かつての目黒川)に架かるのは1925年(大正14年)竣工の北品川橋。橋のたもとに鮨処「石橋」がある。北品川橋の親柱は石積みなので,それにちなんで石橋なのか,ご主人の名前が石橋さんなのかは不明だ。

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 北品川橋の西側を振り返る。

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 旧目黒川の船溜まり。

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 旧目黒川の右岸(写真左)は河口にできた砂州で,幕府に魚介類を納める御菜肴八ケ浦のひとつ南品川猟師町(現在の東品川一丁目。洲崎とも)と呼ばれる漁業の町だった。沖は埋め立てられ,東京湾が遠くなってしまったが,猟師町だった頃の名残がかすかに感じられる。

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 北品川橋の上から北側を見る。

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 旧目黒川に沿って八ツ山通りを歩く。屋形船・釣り船「ひらい丸」の看板が立つ。

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 品川浦旧目黒川の一番奥。ここから上流側はすっかり埋め立てられ,品川浦公園となっている。

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 品川浦公園から旧目黒川を見る。

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 品川浦公園の横にある利田(かがた)神社。沢庵和尚が弁財天を祀ったのが始まりと言われ,かつて洲崎弁財天・洲崎弁天と呼ばれていた神社である。目黒川河口の南品川猟師町の沖は,江戸時代の中頃から南品川宿の利田吉左衛門によって埋め立てられ開墾(南品川新開場)されたことから利田新地とも呼ばれたという。

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 利田神社(洲崎弁天)といえば「鯨塚」で知られ,品川浦公園にはクジラのオブジェや遊具がある。

 1798年(寛政10年),品川沖に迷い込んだ巨大な鯨を漁師たちが浅瀬に追い込み捕獲,一目見ようとする人で浜は大賑わい。浜御殿(現在の浜離宮)沖まで運び,11代将軍徳川家斉が上覧するほどの大騒動になったという。その後,鯨の骨を埋めて祀ったのが利田神社脇にある鯨塚である。

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 八ツ山通りの台場歩道橋……の下の横断歩道を渡り,台場横丁の坂を上って旧東海道に戻る。

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 星野金物店の見事な看板建築。

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 星野金物店。レンガまたはスクラッチタイルの壁に銅板張りのパラペットがすばらしい。

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 星野金物店の前から旧東海道の南側を見る。

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 同じ場所を撮っても,広角側(この写真は24mm)と中望遠側(ひとつ前の写真は60mm)ではこんなに印象が変わってくる。

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 旧東海道と黒門横丁の交差点。

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 黒門横丁から旧東海道を振り返る。写真左側にあったはずの「天ぷら三浦屋」がなくなってる。がっかりしているところを,「マリカー」装束の外人軍団とすれ違った。こうやって時代は変わっていくんだな……

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 黒門横丁から法禅寺に抜ける。

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 臨海山光照院法禅寺。1384年(至徳元年)開創,芝増上寺の末寺である。

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 法禅寺の山門とレンガ塀。突き当たりが旧東海道である。

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 法禅寺。門の横に品川小学校発祥の地の碑が立っている。品川小学校は品川区で最も古い公立小学校で,法禅寺にあった寺子屋を引き継ぐかたちで開校したという。

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 法禅寺から旧東海道へ。

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 法禅寺の入口から旧東海道(北品川本通り商店街)の北側を見る。

 旧東海道は電線類地中化され,電線は共同溝に埋設されている。しかし,道路上から電柱をなくす無電柱化は行われていない。広い歩道のある道路であれば,歩道上に変圧器や開閉器を納めた地上機器を設置すれば良いが,旧東海道のような道路では設置場所の問題が大きいため,地上に電柱を残して,電柱の上にトランスを設置している(単柱頂部設置方式)。

 トランス用電柱(街路灯)から下がる東海道品川宿のバナー(垂れ幕)には,「きたしなカード葵」と書かれている。北品川地区の北品川本通り商店街・北品川商店街・京急新馬場商店街の三つの商店街共同のポイントカードらしい。

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 野菜・果物「マルダイ」とせんべい処「あきおか」の前。

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 喜楽すしの前の実用自転車。懐かしいロッド式ブレーキだ。

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 喜楽すしの横には品海公園がある。品海公園の入口には小さな街道松とともに品川宿と刻まれた石碑があり,「日本橋より二里 川崎宿へ二里半」と記されている。

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 トーモンハウスの前に東海道品川宿と書かれた門柱のようなものが立っており,ここから南が北品川商店街となる。歩行新宿と北品川宿の境もこのへんになるのだろうと思われる。

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 創業明治23年の老舗尾張屋の前から北品川宿(北品川商店街)を見る。このあたりから目黒川に架かる品川橋までが北品川宿である。

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 尾張屋の前から歩行新宿(北品川本通り商店街)を振り返る。

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 北品川商店街の米の専門店「新実商店」。その奥の緑に囲まれた山門は一心寺。

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 北品川商店街の丸屋履物店は1865年(元治2年・慶応元年),激動の幕末の創業である。店頭にはたくさんの下駄や雪駄・草履が並んでいる。店内には鼻緒をすげていない下駄も並んでおり,ちゃんとした職人さんがいる店らしい。すばらしいね。

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 一心寺。江戸三十三箇所(昭和新撰江戸三十三観音札所)の30番札所である。
 境内は広くなく,山門を入るとすぐに本堂が建っている。

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 一心寺の前から北側を振り返る。

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 一心寺の向かい側,養願寺(品川虚空蔵尊)に続く路地を入る。

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 一心寺側を振り返る。

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 品川虚空蔵尊(天台宗養願寺)。

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 品川虚空蔵尊の前から一心寺方向を振り返る。

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 狭い路地と虚空蔵尊(養願寺)の境内が一体化していて,路地を歩く人が自然に虚空蔵尊の本堂の前を通り抜けるようになっている。

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 虚空蔵尊(養願寺)には女性の参拝者が絶えなかった。

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 虚空蔵尊の南側に続く路地へ。この路地は虚空蔵横丁と呼ばれているらしい。

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 正徳寺を囲む虚空蔵横丁のレンガ塀。

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 正徳寺のレンガ塀と虚空蔵横丁。レンガは下のほうがイギリス積み,上のほうがフランドル積み(フランス積み)になっていて面白い。一般的にはイギリス積みのほうが新しい場合が多いので,施工時期の違いによるものでもなさそうだ。

 そもそも,なぜここにレンガ塀があるのかが不思議だ。由緒ある寺とレンガ塀が結びつかない。古い地図を見ていたら,大正8年発行の地形図のこの付近に学校を示す「文」マークがあることに気づいた。昭和に入ってからの地図には「文」マークが見当たらないが,それがレンガ塀に関係しているのかもしれない。そういえば法禅寺もレンガ塀になっていて,品川小学校発祥之地でもあった。

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 正徳寺のレンガ塀から北品川公園に続く路地に旅館「靜正」がある。

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 旅館「靜正」の横には壊れた井戸がある。このあたりは江戸時代に小泉長屋と呼ばれたところで,入り組んだ路地に共同井戸が残っていることで知られる。探せばまだ現役の共同井戸が見つかるはず。共同井戸の水質は飲用に適さなくても,散水などの生活用水としては十分利用でき,住民に大事に守られている。全国には,「名水百選」に選ばれているのに,飲用不可となっているその土地自慢の名水も多い。飲用に使わないのに,地下水が飲み水の環境基準を満たさないから“安全だけど安心じゃない”とか言っている都知事の行動に唖然とするばかりだ。

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 誰も遊んでいない北品川公園と,寂しく佇む黒猫。

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 入り組んだ路地の中にある北品川公園には飛行機のかたちをした遊具がある。しかも複座だ。印象的な遊具から「ひこうき公園」とも呼ばれるらしい。

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 レンガ塀のある虚空蔵横丁に戻る。

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 虚空蔵横丁から新馬場北口通りへ。

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 新馬場北口通りの京急新馬場商店街。

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 京急新馬場商店街(北馬場参道通り商店街)。以前は商店街の東西に「サクセス品川」という商店街アーチがあったのだが撤去されたようだ。サクセス品川商店街あるいは新馬場北口通り,または新馬場サクセス通りと呼ばれていたのは確かだ。品川神社の前の第一京浜北品川三丁目交差点から東海道北品川交差点まで続く新馬場商店街は,品川神社の参道として発達した商店街である。通りや商店街の名称が定まらないところに迷いが感じられる。

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 明治時代の一軒家を改装したレンタルスペース松本は,戦前は松本酒店,戦後はもつ煮込みが名物の居酒屋「松本屋」だったそうで,この日は山形の野菜を販売中だった。

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 新馬場参道通りから虚空蔵横丁を見る。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)に並ぶ看板建築。

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 お菓子の太子堂とリサイクルショップ桃色雛。

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 麺屋「まる」と休み処「品川宿参道」,桃色雛の並び。見事な三軒長屋の看板建築だ。

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 王将せんべいとさっぽろジンギスカン喜楽,そしてパン屋の龍月堂。

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 京急新馬場商店街(新馬場参道通り)は看板建築の宝庫だ。

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 サクセス品川(新馬場北口通り)から北馬場参道通りとなった商店街アーチ。赤い電車が走る京急線の高架橋の先には品川神社がある。

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 電線類の地中化でスッキリした北馬場参道通りの京急新馬場商店街。まだ「サクセス品川」だった2008年11月撮影の写真と比べると,そのスッキリ具合がよくわかる。

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 上の写真からわずか2分後の写真。撮ろうと思った瞬間に撮っておかないと,後で後悔することになる。

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 北馬場参道通りを東へ歩き,正徳寺の門前から京急新馬場駅方向を振り返る。

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 創業宝暦11年(1761年)の加藤畳店(創業時は湊屋)。写真右は正徳寺。

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 木村屋和菓子店とトモ薬局。

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 北馬場参道通り商店街のトモ薬局の看板建築。

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 北馬場参道通り商店街。

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 チャイニーズレストラン「野沢屋」の並びの看板建築。

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 ここの看板建築を2008年11月に撮ったときのようにもう少し引いた位置から撮影したかったのだが,ちょうど向かい側で建築工事をやっていて,その関係者のものと思われる車(工事用車両ではない)が路上駐車をしていて,引きの写真が撮れなかった。残念。

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 突き当たりのやまのて青果の前の道路が旧東海道。

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 北馬場参道通り商店街のミツワヤ化粧品店。ちなみに,上に書いた路上駐車の工事現場はここではない。

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 マルサングループやまのて青果。

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 旧東海道の花と園芸「花本園」と旬菜料理「竹乃家」。このあたりは北品川商店街となる。

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 北品川商店街の若素園と魚より。

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 東海道品川宿本宿「北品川商店街」と書かれた商店街事務所と中国料理「登龍」。

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 若素園と魚よりの間に緑の多い路地がある。

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 東海道品川宿本陣跡は聖蹟公園となっている。江戸初期には南北の品川宿それぞれに本陣が置かれたが,江戸中期に本陣は北品川宿のみとなったらしい。「聖蹟」の名は明治天皇の明治元年の行幸の際に行在所となったことから。

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 山手通りと旧東海道が交差する東海道北品川交差点。油そば専門店「ぶらぶら」の油っぽい名前に惹かれたが,がまんがまん……

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 山手通りを渡り,旧東海道をさらに南へ歩き,品川屋海苔店の前。このあたりも北品川商店街になる。「○○○品川店」と「○○○新馬場店」が混在している。

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 北品川商店街の品川宿交流館本宿お休み処。駄菓子屋や休憩所,多目的スペースが設置されている。

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 品川交流館の横から北浜公園に続く石畳の路地に割烹神戸家がある。

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 品川橋のたもと。

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 目黒川に架かる品川橋。品川橋を境に北品川宿と南品川宿に分かれることから境橋とも,昔は北品川宿の品川神社の天王祭と南品川宿の荏原神社の天王祭が同じ日に行われ,この品川橋の上で行き会ったことから行合橋とも呼ばれたという。目黒川の改修で南品川宿側にあった荏原神社が,目黒川の北側になってしまい,紛らわしくなった。
 品川駅の南に北品川があったり,品川駅が品川区ではなく港区にあったり,品川区では海岸通りと呼ばれる道路が,港区に入ると旧海岸通りになったり,紛らわしいといえば紛らわしいことだらけの土地であるとも言える。

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 目黒川の左岸にある北浜公園の北浜こども冒険広場。

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 目黒川の横の須山米店と新品川橋(洲崎橋)。

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 品川橋の上流に架かる赤い欄干の鎮守橋。荏原神社の参道に架かる橋である。大正末期から昭和にかけて,曲がりくねっていた目黒川を真っ直ぐに改修した際,南品川から荏原神社へ渡る橋が必要になり,1928年(昭和3年)に鎮守橋が架けられた。

 南品川から品川橋を渡れば,図らずも北品川側に移ってしまった荏原神社を詣でることは可能だが,荏原神社は南品川の鎮守だったから話は複雑だ。結局,荏原神社の氏子の拠出により,南品川地区から北品川を通らずに目黒川の北に移った荏原神社に直接参拝できる鎮守橋が架けられることとなった。

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 品川橋を渡って南品川宿(品川宿場通り南会商店街)へ。橋のたもとにある小さな建物は,どこからどう見ても旧交番っぽいが,特に説明書きは見当たらなかった。

 その向かいの城南信用金庫品川支店には案内板があり,信用金庫の場所が南品川宿の脇本陣の百足屋だったこと,東海道から荏原神社への道を天王横丁といい,荏原神社の鳥居の向きから往時の様子が推定できることが書かれている。
 地図を見ると,荏原神社から鎮守橋に続く参道の角度は北品川地区の町割りの角度とは違い,目黒川の対岸の南品川地区の町割りに一致することがわかる。

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 品川宿場通り南会商店街のまいばすけっとの前から品川橋を振り返る。

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 旧東海道の南品川宿の品川宿場通り南会商店街。写真右の建物のシャッターに「南品川一郵便局」の文字が残っている。現在郵便局は約100m南に移っている。

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 南品川宿の街道松の広場と「浜松宿の松(品川宿の松)」。浜松市の有賀氏から寄贈された樹齢80年の黒松で,1993年に植樹されたものらしい。

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 品川診療所のある四ツ辻。品川診療所の北隣には昭和ネオンの品川本社がある。

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 南品川二丁目児童遊園でトイレ&休憩。

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 南品川二丁目児童遊園の隣にある青波堂木庭印房(創業明治四十年)。その隣は床屋さん風だが,今は空き家になっている。

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 創業明治二十七年の富田屋工業所。軒下の古い看板は富田工業所となっている。

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 長徳寺の入口付近の旧東海道(品川宿場通り南会商店街)。このあたりになると「○○○品川」「○○○南品川」「○○○東品川」の他に「○○○青物横丁」がチラホラ。

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 写真右側が開校明治七年の城南小学校の正門。品川区立城南小学校と区立城南幼稚園の共用の正門になっている。長年川崎市と横浜市に住んできたため,幼稚園は私立という思い込みがあり,公立の幼稚園と小学校が併設されていることに驚いてしまったが,都市によってはごく普通のことなのかもしれない。

 城南幼稚園・小学校の正門付近から,旧東海道の商店街は青物横丁商店街となる。

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 1779年(安政8年)創業の松岡畳店。大正時代の建築である。

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 畳松岡の看板がある松岡畳店。

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 古い「魚長」の看板が残る居酒屋えいちゃん。

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 青物横丁商店街の焼肉「オモニ」。

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 派手な看板の焼き鳥店(店名読めず)の横に諏方神社の参道がある。

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 南品川二丁目の諏方神社。境内の狛犬は1831年(天保2年)につくられたもの。

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 旧東海道とジュネーブ平和通りが交差する東海道南品川交差点。竹内醫院の下見板張りの洋館は健在だ。

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 東海道南品川交差点から東側の八潮高校入口交差点・南品川二丁目郵便局方向を見る。青物横丁商店街のエンドウ豆風の街路灯が面白い。

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 東海道南品川交差点から旧東海道の南側(南品川三丁目)を見る。

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 東海道南品川交差点から西側の京急青物横丁駅方向を見る。

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 東海道南品川交差点のフードマーケット平野屋。もともとは1800年(寛政12年)創業の酒屋「平野屋」。

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 青物横丁商店街の街路灯は照明の部分がエンドウ豆風になっているだけじゃなく,柱の部分にも果物や野菜が刻まれている。

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 東海道南品川交差点のすぐ南,南品川三丁目の青横ファーマシー薬局。旧東海道らしい縦書きの看板に,創業平成三年と記されている。旧東海道とはいえ,江戸時代や明治・大正時代創業の店ばかりではないのだ。平成生まれでも既に二十年以上になり,昭和生まれの私は時の流れを感じる。

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 ジュエル靴クリームの矢場靴店。

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 青物横丁駅が近づいてきた。

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 青物横丁駅前のジュネーブ平和通りの青物横丁商店街。南品川三丁目にある品川寺(ほんせんじ)の行方不明になっていた梵鐘が大正時代にスイスのジュネーブの美術館に所蔵されていることが判明し,その返還交渉が契機となって品川区とジュネーブ市が友好都市の関係を結んだ。それがジュネーブ平和通りの名の由来になっている。

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 京急本線の青物横丁駅のガード下。

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 青物横丁駅前の横断歩道。モスバーガーの看板を見たら,腹ぺこだったのでハラペーニョがのったスパイシーチリドッグが無性に食いたくなり,足が勝手に横断歩道を渡ろうとしている。

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 横断歩道を渡る。看板通りなら50m先にモスバーガーがある。

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 京急線のガードをくぐる。

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 モスバーガーのスパイシーチリドッグにむしゃぶりつき,一休み。

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 青物横丁駅から京急線の普通電車に乗り,のんびりとした帰路につく。

北品川〜新馬場〜青物横丁 2

── PENTAX K-1 + HD PENTAX-D FA 24-70mmF2.8ED SDM WR or RICOH GR

【関連記事】
2008年11月29日 (土曜日):京急線新馬場駅周辺を歩く
2008年3月22日 (土曜日):北品川駅界隈(品川宿〜品川湊)
2005年4月 3日 (日曜日):京浜急行青物横丁〜鮫洲

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2017年2月25日 (土曜日)

横浜弘明寺商店街で野暮用を思い出す

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横浜弘明寺商店街で野暮用を思い出す


 特に目的もなく横浜市営地下鉄に乗り,特に目的もなく弘明寺の駅で下車する。

 先日は,父の四十九日法要当日になって気管支ぜん息の症状が出て新幹線に乗れず,法要を欠席。もともと親戚や実家の近所の人にダメ社会人であると気づかれていたはずだが,それに明確な鑑定書までつけてしまったようだ。せっかくだから弘明寺(弘明寺観音)を参拝して,わずかでも罪滅ぼしをしようと思う。

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 横浜市営地下鉄弘明寺駅を出る。鎌倉街道の弘明寺や弘明寺商店街とは反対側に出たのは,息切れしてしまう階段を避けてエレベーターを使ったため。

 地上に出たところにある弘明寺バス停に,ちょうどバスがやってきた。神奈中バスの船20系統大船行きのバスだった。これが桜木町〜横浜橋〜上大岡〜大船を結ぶバスだな……とか,上大岡なら大船経由で鎌倉行きのバスもあるな……などと考えているうちに,大船に野暮用があることを思い出してしまった。しかたがない,弘明寺の商店街をさらっと見て回った後で,このバスに乗って大船に向かうことにする。

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 鎌倉街道の弘明寺交差点の真ん前にある横浜国大附属横浜中学の正門。元は横浜国大工学部弘明寺キャンパスである。
 校内で早咲きの大寒桜が咲き始めている。大寒桜(オオカンザクラ)は寒緋桜(カンヒザクラ)と大島桜(オオシマザクラ)の交雑種らしいので,同様に早咲きで知られる河津桜(カワヅザクラ)と起源は同じことになる。

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 横浜国大附属横浜中学と弘明寺交差点を挟んで向かい合うのが全蓋式アーケードのある横浜弘明寺(かんのん通り)商店街。古くから弘明寺観音の門前町として栄えた街で,弘明寺の山門の前に延びる約300mのアーケード商店街となっている。

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 鎌倉街道の弘明寺交差点の南側にも弘明寺バス停がある。北側のバス停には横浜市営バス・神奈中バス・江ノ電バスの案内板があることを確認したが,この南側のバス停には横浜市営のバスが停車していたところを見ると,バス会社ではなく,行先系統によってバス停が使い分けられているようだ。

 写真を拡大してみると,行先に磯子駅・滝頭・みつが丘中央という文字が見えることから,上大岡駅に向かうバスが北側のバス停,横浜南警察署の前の旧道入口から鎌倉街道の旧道に入り,岡村・みつが丘・磯子方面に行くバスが南側のバス停という分け方になっていると推測される(当たるも八卦当たらぬも八卦)。

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 弘明寺商店街の東端,鎌倉街道弘明寺交差点側にあるKTビル。以前は弘明寺センタービルと呼ばれていた気がする。観音最中の盛光堂などが入っている商業ビルである。

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 弘明寺「かんのん通り」商店街の特徴的な全蓋式アーケード。入口は以前は花屋さんが入っていたりしたて,その後なかなか定まらなかった印象だったが,今は牛丼チェーンの「すき家」が入っている。

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 鎌倉街道沿いの歩道の上にアーケードがあり,その端に店舗名がずらりと並んでいる。

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 弘明寺商店街の全蓋式アーケード横の横浜市営地下鉄弘明寺駅入口。地下通路直結ではないが,濡れずに商店街と地下鉄の駅を行き来することができる。残念ながらエレベータは鎌倉街道の弘明寺交差点の反対側にしかないため,私のように楽をするためにエレベーターに乗ると,雨の日は傘を差して交差点を渡ることになる。

 鎌倉街道の弘明寺交差点付近は,1972年(昭和47年)に廃止された横浜市電の南側の終点(正確には滝頭から磯子・杉田へ向かう系統が最南端)だったところで,市電と路線バス乗り換えのターミナルとなっていた。バスのターミナルは隣の上大岡駅に移ったが,弘明寺交差点南側には上大岡を通らないバスののりばがあり,ターミナルの名残と言えるかもしれない。

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 弘明寺「かんのん通り」商店街。アーケードの入口には弘明堂(こうめいどう)ブックストアがある。

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 横浜弘明寺商店街のほまれや酒舗。

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 ほまれや酒舗の前から鎌倉街道の弘明寺交差点方向を振り返る。横浜国大附属横浜中の見事な後者が見える。
 ほまれや酒舗の店頭には,珍しい焼酎や泡盛,日本酒が並ぶ。品揃えが豊富で,酒好きにはたまらない店だと思う。

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 横浜弘明寺商店街を西へ。

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 弘明寺商店街から中島町公園方向に続く通り。

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 弘明寺商店街から中島町公園方向に続く通り。車止めには「山と川のある街 “プラス One 弘明寺” 横浜弘明寺商店街」と書かれている。

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 アーケードのほうを振り返る。

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 大衆焼肉ジンギスカン焼・ホルモン焼。大衆焼肉といえば,大船や平塚にある系列と,野毛(日ノ出町)や上大岡にある系列が同じなのか別なのかよくわからないし,この店は野毛・上大岡系列っぽいが,それもよくわからない。

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 らーめん・担々麺「まえたん」。強烈に惹かれたが,時間がないので無念の素通り……

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 メガネトケイ「タナカ」の横から鎌倉街道に出る。

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 タナカ時計店の前から鎌倉街道の北側を見る。

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 横浜国大附属横浜中学前に並ぶ店舗群。

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 公衆トイレの影の建物から読み取れる「横浜マッサージ学院」の文字。

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 鎌倉街道の弘明寺交差点方向を見る。

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 鎌倉街道の「肉の島忠」。

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 タナカ時計店の側を振り返る。

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 横浜市の空気弁のマンホール。横浜市水道局と交通局のマークが入っている。空気弁ということは水道管かな。

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 天然温泉中島館。銭湯である。このあたりは横浜市南区中島町四丁目。そういえば鎌倉街道の反対側にも若宮湯という銭湯があって,新しいビルに建て替えられても1階で営業していたのだが,数年前に廃業してしまった。中島館が健在でなにより。天然を名乗っているので黒湯かもしれない。

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 天然温泉中島館の前から,三崎のまぐろの幟が立つ「魚杉」のほうを見る。

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 三崎魚問屋杉印直売店「魚杉」とお好み焼「いなちゃん」。

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 越前屋田中酒店。

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 買い物客で賑わう中村商店。

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 中村商店の向かいにはユニー系のスーパーマーケット「ピアゴ弘明寺店」がある。

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 弘明寺商店街のアーケードが近づいてきた。

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 インド・ネパールレストラン「ゴルカキッチン」。カレー・ナンのテイクアウト500円とはずいぶん安い。

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 工事用フェンスに囲まれた製氷販売の店。向かいには藤方豆腐店。氷屋の隣にはギャンブレル屋根の建物があったが,真新しいビルになっていた。

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 肉はワカヤマ弘明寺店の前から北側を振り返る。

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 弘明寺商店街のアーケードへ。

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 ホソイ靴店「shoe遊 Hosoi」の前。

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 ホソイ靴店の向かいの不二家。

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 ホソイ靴店の前からアーケードの東側を見る。

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 きもの,京染「濱田屋」の前からアーケードの西側を見る。

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 弘明寺商店街のアーケードを西へ。

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 中華料理「華満楼」の前からアーケード商店街の東側を振り返る。

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 中華の総菜・弁当の「心味」。

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 弘明寺商店街のアーケードから北に延びる通り。大岡川に架かる鶴巻橋の袂の鶴巻橋交差点(通町一丁目から井土ヶ谷方面に続く,かつて横浜市電が走っていた通り)に続いている。

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 弘明寺商店街のアーケードを振り返る。

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 韓国食堂「どやじ」。焼肉屋ではなく,定食を中心にした韓国料理の店らしい。今度時間があるときに入ってみよう。

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 うまかもん市場やっちゃば。

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 ユニー系のスーパーマーケット「ピアゴ弘明寺店」。こちら側が正面入口かな。

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 ピアゴ弘明寺店の前には三崎のまぐろの幟が立つ作清商店。生クジラ刺身1皿550円,関さば刺身1皿400円より,寒すずき刺身1皿350円とか,近所にあったら嬉しいかも。

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 ピアゴ弘明寺店北側の四ツ辻。

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 大岡川沿いの道に出る。正面に桜の切り株。立派な枝振りの桜の木だったが,枯れてしまったのかもしれない。

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 大岡川沿いはソメイヨシノの桜並木になっていて,桜まつりの時には出店も並ぶ。

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 大岡川と桜並木。

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 大岡川と観音橋(歩道部分はさくら橋)。柳屋は衣料品店。

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 観音橋の袂に弘明寺「かんのん通り」商店街の案内板がある。案内板だが大岡小学校6年2組の切り絵が展示されている。

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 弘明寺商店街の野菜果物「吉津屋青果」とラーメン琉二家。

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 全蓋式アーケードのある観音橋の横に歩行者用のさくら橋がある。歩行者用とは書いたものの,本体の観音橋も歩行者用であり,さくら橋は休憩したり桜を眺めたりするために設けられたようだ。

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 観音橋と時計。橋の上にも全蓋式アーケードが架かっているのは珍しい。

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 アーケードを抜けた先に弘明寺観音がある。

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 観音橋の上から弘明寺商店街の東側を振り返る。

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 観音橋の西側の弘明寺商店街。このまま歩いていると弘明寺観音まで行ってしまいそうなので,このへんで横浜市営地下鉄の弘明寺駅に引き返すことにする。ぶらぶら歩いているが,大船での野暮用を忘れたわけではない。

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 観音橋。さくら橋のベンチで休憩する人々。商店街にはやっぱりベンチが必要だ。

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 観音橋を渡り,吉津屋青果の前へ。

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 ジャーマンベーカリー「ふくや FUKUYA」。“COFFEE SHOP”と書かれた正しい喫茶店である。生粋の昭和人としては,やっぱりこういう喫茶店でナポリタンを食いたくなる。

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 観音橋方向を振り返る。

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 レトロな中華料理「廣州亭」の前から観音橋方向を見る。

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 そめもの濱田屋を正面から。

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 不二家のペコちゃん。

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 ペコちゃんの不二家の向かいはホソイ靴店。

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 下町のカルビ屋本舗(都合により休みますとの貼り紙あり)の横に路地がある。

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 下町のカルビ屋本舗は最近多くなったレトロをウリにした店で,古い看板が飾られている(とは言え,ここの看板はずいぶん前からこの状態)。ただ貼りましたというふうではなく,もう少しリアルな感じに貼ればいいのにと感じる。レトロではなくレトロ風の限界か……

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 ファンタの看板もある。

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 路地からアーケード商店街を振り返る。

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 弘明寺商店街のアーケードの西側を振り返る。

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 鎌倉街道の弘明寺交差点に戻る。

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 鎌倉街道の弘明寺交差点を渡り,横浜国大附属横浜中学側へ。

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 横浜国大附属横浜中学の前から弘明寺商店街のアーケードを振り返る。

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 弘明寺バス停で神奈中バスの船20系統大船行きを待つ。

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 蒔田方面からバスがやってくるところを撮ろうと思ったが,後ろにバス待ちの行列が並んでしまったのであきらめる。

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 左側のかぶりつき席には少年の先客があったため,運転手後ろのかぶりつき席に陣取る。

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 過去には「アイドリングストップをするので(暑くても)ご協力をお願いします」という貼り紙を見た記憶があるけど,「真夏日(30℃以上)には、快適にご乗車いただけるようアイドリングストップを一時中止することがありますので、ご理解の程、お願い申し上げます。」という,快適にすることにご理解下さいという貼り紙は初めて見た。暑いときにエアコンが入ったままになることにまで文句が出る時代になったのかと驚く。サービス業というのは大変だね。

 この後,さらにバスの運転手というのは大変だ感じる事件も起こった。

 途中のバス停で「とまります」ボタンが押されず,運転手さんが○○通過しますとアナウンスし,バスがバス停を通過しようとした瞬間に,ボタンを押し忘れていた乗客が「とまります」ボタンを押し,運転手さんの「○○ですか,次ですか」の問いに,ここで降りますとのことでバス停を10mぐらい過ぎたところで急停車。このままなら乗り過ごさなくて良かった良かったで済んだのだが……

 しばらく走ってから信号機で止まったときに,運転手の横におじさんのバイクが横付けし,運転手さんに向かって「あんたバス停じゃないところで客を降ろしただろ。規則違反だぞ。あんた名前は?」と怒鳴り,運転手が事情を説明するも,しつこく怒鳴り続ける。

 わずかにタイミングを逃した「とまります」ボタンを無視し,バス停以外ではお客様を下ろすことはできない旨を客に説明して走り続けることが良かったのか。客によっては,それもクレームの対象になりそうだ。個人的には,実際に運転手さんがとった機敏で柔軟な対応が最適だったと思うのだが,世の中にはそれに文句を言う人もいる。こりゃ大変だ。

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 バスが大船駅東口バスターミナルに到着。

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 大船駅東口バスターミナルを含む大船駅北第二地区市街地再開発事業(鎌倉市大船ではなく横浜市栄区)の工事が始まり,このバスターミナルも大きく変わることになる。スーパーマーケット「LIFE」やLABI大船が入る「oh!plaza(オー!プラッザ)」が4月16日をもって全館閉館することも発表され,一気にビルの解体まで進むと思われる。
 2020年末には地上8階建ての都市型商業施設と地上21階建てのマンションが建つ予定だ。戸塚駅西口の「トツカーナ」で言われている失敗は繰り返してほしくないと思いつつ,再開発に「トツカーナ東急プラザ戸塚」の東急不動産が参画していることに不安を感じている今日この頃である。

横浜弘明寺商店街

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

【関連記事】
2006年9月23日 (土曜日):弘明寺かんのん通り商店街
2008年1月27日 (日曜日):弘明寺「かんのん通り」商店街を歩く
2008年12月7日 (日曜日):人情! 下町! 門前町! ぐみょうじ商店街
2010年3月10日 (水曜日):京急弘明寺の弘明寺じゃないほう
2011年4月5日 (火曜日):華やぐ苗字 弘明寺かんのん通り
2012年4月7日 (土曜日):さくらの街 ぐみょうじ観音通り 桜まつり

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2017年2月10日 (金曜日)

まさかの雪が降ってきた… 鎌倉市大船

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まさかの雪が降ってきた… 鎌倉市大船


 今日は大船の病院に通院。喘息の調子がいまいちなのに明後日には実家で亡き父の四十九日法要があり,動けなくなっているわけにもいかない。
 午前中は晴れていて,天気予報で「今日はひょっとしたら首都圏でも雪が降るかも」と言っていたのが信じられない天気だった。
 それが昼過ぎから空がどんどん暗い雲に覆われてきて,とうとう雪がちらほら。夕方には本格的な雪になってしまった。最近の天気予報のレベルは高い。

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 雪が舞う大船仲通商店街。
 気温が低いわけでもなく,積もるような降雪ではないが……

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 大船仲通商店街を北に向かって歩く。
 降ってくる雪の量は多いが,雪国の雪と違って融けかけたような雪だし,道路は暖かいので落ちた雪はすぐに融ける。

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 観音食堂の横の四ツ辻。
 首都圏に雪が降る……という天気予報でも,横浜や鎌倉までこのような雪になることは少ない。

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 大船駅前の大船商栄会商店街。靴のヨコハマヤで「売り尽くし閉店セール」をやっていて,「店内ほとんど半額超え」と書かれている。半額超えとは,半額より高いのか安いのか,それが問題だ。

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 JR大船駅東口の前(交番の前)。

 暖かいものを食べたい気分になってきた。

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 暖かいものを食べたくなると,足が勝手に大船石狩亭に向かってしまう……

── SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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