2017年5月 6日 (土曜日)

大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景

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大きく変貌する街 渋谷駅界隈の夜景


 タワークレーンが林立する日本橋界隈を見ていたら,同様に大規模な再開発が行われている渋谷駅界隈の写真を撮っておきたくなったので,三越前駅から東京メトロの銀座線に乗り渋谷駅へ。

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 渋谷駅西口バスターミナル側に出る。

 写真左が渋谷駅と一体化した東急東横店南館。渋谷駅直結の東急百貨店東横店は東館・西館・南館で構成されていたが,再開発事業のためにまず東館が解体され,現在は西館と南館の2館体制となっている。

 写真正面では玉川通りの上を首都高速3号渋谷線が走っている。その向こう側が桜丘町。「桜丘町1地区」では東急不動産が大規模な再開発を計画しており,地上36階建てと地上32階建て,地上15階建ての3棟のビルが建つらしい。

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 視線を南側に移すと,東急電鉄本社跡地にセルリアンタワーがそびえ立つのが見える。渋谷では一番高いビルだ。

 数年前までならセルリアンタワーの手前の駅前に東急プラザ渋谷が立地していたが,老朽化により2015年3月に閉館して解体された。現在は跡地に地上18階地下4階建ての再開発ビルの建築が始まっており,2020年の東京オリンピック前に竣工予定だそうだ。ビルの1階部分にはバスターミナルが設置されるらしい。

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 手狭な感じの渋谷駅西口バスターミナルだが,バスのりばまではすべて平面移動で済む。駅の正面を出てすぐのところにバス停が並び,島になっているところのバス停へも地上を歩くだけで到達する。

 世の中には,バスのりばへの移動に階段の上り下りが必要だったり(そういうところは地上が横断禁止になっていても,歩行者は危険な路上横断をしがち),駅の正面にマイカーで横付けできるのにバス停は駅から離れていたりするようなバスターミナルが多い。少しは渋谷駅西口バスターミナルを見習ってほしい気がする。

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 ハチ公前広場を通って宮益坂口のほうへ。ハチ公前広場は人が多すぎて,写真を撮っているような状況ではなかった。

 写真左が東急文化会館跡地に建つ渋谷ヒカリエ,渋谷駅前を東京メトロ銀座線の高架橋が横切る。

 写真右側は渋谷駅宮益坂口である。以前はここに東急百貨店東横店東館が建っていたが,2013年3月末に閉館し,解体された。現在はJR山手線や東京メトロ銀座線の運転を止めずに,線路の上にある東急百貨店の建物を解体する工事が進められている。東急百貨店東横店東館跡地は,最終的には新しい東口バスターミナル(の一部)になるようだ。

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 渋谷駅東口の渋谷ヒカリエ。地上34階,地下4階建て,2012年3月竣工の渋谷の新しい顔だ。以前ここに建っていた東急文化会館の五島プラネタリウムは残念ながら復活せず,ヒカリエ内の劇場「東急シアターオーブ」の名称にその面影を残すのみ。

 写真右側のタワークレーンは東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビルで,地上35階建て,地下4階のビルが2018年秋に竣工予定だ。
 もちろんここも東急系の再開発である。東京丸の内が“
三菱村”,東京日本橋が“三井村”(三井村は大阪の淀屋橋にもある)であるように,渋谷は“東急村”になっている。

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 渋谷駅東口バスターミナルは,東口の南側,東京メトロ銀座線と玉川通りに挟まれたところにあったが,都市再生特別地区の再開発で旧東横線ホーム跡地と併せて渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の建築が始まり,宮益坂側に押し出されてきている。最終的にもこちら側が東口バスターミナルになるようだ。

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 渋谷からのバスの主力,都01系統の六本木経由新橋駅前行きのバス停も宮益坂側に移動している。

 どうでもいい話だが,1990年頃に南青山に通勤していたことがあって,渋谷から勤務先に近い南青山七丁目を通り東京タワーへ行く渋88系統のバスをたまに利用していた。今になってみると1990年もずいぶん昔のことになってしまったが,それでもほぼ現代と言える1990年に,この渋88系統のバスだけは,なぜかワンマン運転ではなく車掌が乗務していたことを覚えている。ほんと,なぜだったのだろう?

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 工事用フェンスで囲まれた東急百貨店東横店東館跡地。

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 明治通りの宮益坂下交差点を渡る。

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 宮益坂下交差点を渡り,渋谷駅方向を振り返る。東急百貨店東横店西館と渋谷マークシティ(イースト)が見える。
 渋谷マークシティイーストは地上25階建てで,京王井の頭線渋谷駅の上に建っている。“東急村”の渋谷では,かつての京王帝都電鉄の京王電鉄も目立たず,駅の上に建つ渋谷マークシティの上層階に入っているのは京王グループではなく東急グループの渋谷エクセルホテル東急である。

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 銀座線の高架線をくぐり,渋谷ヒカリエの前から南側を見る。

 写真正面が東急東横線跡地の「渋谷駅南街区プロジェクト」の再開発ビル,写真右のタワークレーンが渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)である。

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 地方の都市では駅を市街地から少し遠ざけて高架化し,駅前広場を大きく広げる工事が盛んに行われているが,東京を代表する繁華街の渋谷では駅前広場をつぶしてビルを建てている。そのコントラストが興味深い。

 個人的な話になるが,駅を下りて巨大な駅前広場を見ると,その向こう側まで歩くのがおっくうになり,ため息をつきたくなる。駅の改札口を出たら,すぐに商店街になっているような街だと,心からホッとする。
 交通の結節点になって利用者の多い駅では,利用者を受け入れるだけのキャパシティが必要になるので,駅前広場を大きくしなければならない面もあって難しい問題だ。

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 まずは渋谷ヒカリエ9階のヒカリエホールから渋谷駅周辺を俯瞰する。

 ヒカリエ11階には展望スペース「スカイロビー」があるのだが,Googleで画像検索したところ,渋谷駅側には植栽を施したひさしがあるらしく,下のほうを俯瞰できるのは東京メトロ銀座線の真上の一部だけのように思われる。
 それより階数は低くなるが,9階のヒカリエホールのほうが真下に障害物がなく,広角レンズでの俯瞰が撮りやすいと判断したのだった。

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 渋谷駅街区東棟(地上47階地下7階)の様子がよく見える。

 これで綺麗な夕焼けになってくれたら最高なのだが,残念ながら水平線近くに雲があるので難しそう……

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 かぶっていた帽子でレンズを覆って写り込みを防ごうとするが,なかなかうまくいかない。こういう撮影のためにラバーフードが欲しくなるね。

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 ヒカリエホールに到着してから15分。あっという間に日没。鮮やかな夕焼けにはならなかった。

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 思い思いのかたちで渋谷の街を見る。

 今度は標準域〜中望遠のレンズも用意して,11階のスカイロビーにも行ってみたい。

(動画もずいぶん撮ったのだが,Macに取り込み忘れてしまった。大失敗)

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

【関連記事】
2011年4月25日 (月曜日):もうすぐ地下化される東横線渋谷駅界隈
2011年4月25日 (月曜日):ときどき剣呑ベーゴマ遊び 渋谷のんべい横丁

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いかにんじんを買いに…日本橋室町三越前

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いかにんじんを買いに…日本橋室町三越前


 いかにんじん食いたい,阿武隈の紅葉漬食いたい,酪王カフェオレ飲みたい……。福島県で生まれ育ったので,ときどき故郷の食べもの,飲み物が欲しくなる。
 残念ながら「いかにんじん(にんじんイカとも言う)」も紅葉漬も県外の人には知られていないし,近所のスーパーでは売っていないので,日本橋ふくしま館MIDETTEまで買いに行くことにする。

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 戸塚から横須賀線・総武快速線直通君津行きの電車に乗り,新日本橋駅で下車。中央通り(国道4号線・国道6号線・国道17号線等)と江戸通り(国道6号線)が交差する室町3丁目交差点で地上に出る。

 室町3丁目交差点から中央通りの南側,日本橋室町三丁目方向を見る。写真右側の日本橋三井タワーの手前の日本橋室町三丁目地区第一種市街地再開発事業A地区の再開発事業が始まっている。地上25階地下3階建て,延べ床面積約168,000m²の大規模再開発だ。日本橋三井タワーやCOREDO室町と同じ三井不動産の再開発なので,ここもまたCOREDOになるのかもしれない。

 それにしても,日本橋界隈に林立するクレーンは壮観である。

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 室町3丁目交差点のすぐ北側の中央通り柳屋太洋ビルに日本橋ふくしま館MIDETTEはある。MIDETTE=ミデッテは「見でって」で,見ていってね,来てみてね,を意味する福島弁である。

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 いかにんじんだけじゃなく,さまざまな福島県の特産品があって目移りする。

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 私が生まれ育った三春町の三春駒や三春張子(腰高虎),もちろん“かんのやの家伝ゆべし”もある。
 最近では三春の名物と言えば三春滝桜ばかりが有名になっているが,もともとは三春駒や三春張子のほうが全国的に知られていたのだ。

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 食いたくてたまらなかった阿武隈の紅葉漬,いかにんじん,都路村(現在は田村市都路町。美しい村名だよね)のハツの燻製などを購入。

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 酪王カフェオレも買う。酪王牛乳がまだ三春牛乳だった頃,給食の牛乳は三春牛乳だったし,酪王カフェオレがまだコーヒー牛乳だった頃から馴染んだ味だ。三春に帰省したときには,駅前の三春牛乳工場(のちの県酪連三春工場)の前の自販機でテトラパックの酪王カフェオレを買って飲むのが決まりだった。

 昔は大手メーカーのコーヒー牛乳が乳飲料だった時代に,三春牛乳のコーヒー牛乳(酪王コーヒー牛乳)は牛乳なのが,俺たち三春牛乳ファンの自慢だった。牛乳業界での紆余曲折があり,生乳100%しか「牛乳」を名乗れなくなったため,酪王コーヒー牛乳は酪王カフェオレとなったが,牛乳っぽさが残る味は健在だ。

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 日本橋ふくしま館MIDETTEで買物した後は北の神田方面に抜けるつもりだったが,日本橋室町の再開発の様子を見たら,現状を写真に撮っておきたくなったので方針転換。南へ……

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 中央通りの室町三丁目南交差点。写真右が日本橋三井タワー。

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 室町三丁目南交差点から日本橋三井タワーを見上げる。

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 日本橋三井タワーの奥が三井本館(重要文化財)。さらにその先が日本橋三越本店(重要文化財)と国の重要文化財の建物が並んでいる。

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 中央通りから福徳神社に続く浮世小路。江戸時代の地図には「室町うき世少路」ともあり,「うきよこうじ」ではなく「うきよしょうじ」と呼ぶらしい。このあたりに加賀出身者が住んでいたため,加賀言葉で「しょうじ」なのだとか。

 日本橋の浮世小路といえば,古典落語の「百川」がこのあたりにあったという料亭「百川」を舞台にしている。田舎なまり強い奉公人の話なので,東北の福島で生まれ育ち,30年以上も首都圏で生活しているのにいまだになまりが抜けない私にとっては微妙に身につまされる演目である。

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 福徳神社の鳥居と,福徳神社の前で浮世小路と交差する仲通り。写真右がCOREDO室町(室町東三井ビルディング),左がCOREDO室町2(室町古河三井ビルディング)。

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 福徳神社と福徳の森。ビルに囲まれた,ちょっとした憩いの場になっている。

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 中央通りに戻り,三井本館を正面から見る。巨大な大理石の列柱が特徴的な銀行建築である。1929年(昭和4年)竣工の鉄骨鉄筋コンクリート造で,1998年に国の重要文化財に指定された。

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 中央通りと江戸桜通り(駿河町通り)の交差点を挟んで日本橋三越本店が並ぶ。

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 日本橋三越本店の前から三井本館・日本橋三井タワーを見る。

 世の中には「腰巻ビルはダサい」という意見が数多く見られるが,歴史的な建物との連続性や統一感を出すための選択肢として,これ以外に良案が見当たらない気がする。

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 日本橋三越本店本館。
 地下鉄の駅が地下にあって見えないため,日本橋~京橋~銀座の主要な交通機関はタクシーのように思えてくる。郊外や地方都市のようなマイカーではない。

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 日本橋三井本店本館。1914年(大正3年)の竣工で,その後何度か増築されている。同時期の大規模建築だった東京駅前の丸の内ビルヂング(丸ビル)はあっさりと取り壊されてしまったが,この三越本店は約1年前,とうとう国の重要文化財に指定されている。

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 中央通りの日本橋三越本店本館の前から北側を振り返る。

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 日本橋三越本店本館の前の「にほんばし島根館」。最高の立地条件だ。

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 日本橋三越本店本館(写真右)と日本橋三越本店新館(写真左)。

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 かつおぶしの大和屋が角にあるむろまち小路へ。山本海苔店本店(こちらは山本陽子がCMをしていたほう。上から読んでも山本山,下から読んでも山本山の山本山も老舗で日本橋に本店があるからまぎらわしい)や,うなぎの日本橋伊勢定の本店があったりして,そこはかとなく日本の文化を感じさせるあたり,さすがお江戸日本橋である。

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 むろまち小路。江戸時代の品川町通りかな。

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 むろまち小路から中央通りの日本橋三越本店を振り返る。

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 むろまち小路のミカドコーヒー,その奥は志賀直哉が名づけたことで知られる寿司の蛇の市本店。

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 蛇の市本店の前の四つ辻から北に延びる通りは,コレド室町とコレド室町2の間の仲通りに続いている。

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 狂気さえ漂うペットボトル群。日が当たってキラキラするものを猫が嫌うという都市伝説があるらしい。路上駐輪避けにはなるかも。

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 旧室町から本小田原町あたりには細い路地が多い。

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 むろまち小路とあじさい通りの交差点が見えてくる。あじさい通り(ひょっとしたら新仲通りとも言うのかな)は日本橋室町と日本橋本町の境界になる。

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 むろまち小路とあじさい通りの交差点にある老舗中華料理大勝軒。

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 むろまち小路。突き当たりに昭和通りの上を走る首都高都心環状線の高架が見える。

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 老舗の貫禄が感じられる大勝軒。残念ながら定休日だった。

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 中華料理大勝軒。

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 鳥萬,とんかつ宇田川,加賀麩の不室屋の並び。

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 中華料理大勝軒の写真をもう一枚。

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 あじさい通りを南へ。

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 あじさい通りから路地を通って中央通りに抜けようと思うが……

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 天丼「金子半之助」に長い行列ができていて行く手をさえぎる。行列が苦手な私は,思わずここで引き返す。

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 あじさい通りに戻る。
 弁松総本店は折詰弁当専門店。都内の百貨店などでしか買えないが,ここ本店では小売りもしているらしい。
 シャッターに日本橋魚河岸按針町と書かれているように,もともと魚河岸で働いている人向けの食事処で,料理を持ち帰る人が多かったことから,徐々に折詰弁当専門店になったという。

 店の前の桜の木は阿亀桜(オカメザクラ)。マメザクラとカンヒサクラの交雑種という説明書きがあった。

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 昭和通り(高架は首都高都心環状線)の日本橋本町スクエア,本町会館の前。昭和通りの東側の日本橋小舟町には,昭和の初期まで日本橋川から延びた東堀留川・西堀留川という入堀があり,日本橋の魚河岸などとともに舟運で栄えたところである。

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 昭和通りからむろまち小路の加賀麩不室屋の前に戻る。

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 とんかつ宇田川の前からむろまち小路の西側,日本橋三越本店方向を見る。日本橋三越本店本館と新館を結ぶ連絡通路が見える。

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 加賀麩不室屋の横の路地を入る。

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 あじさい通りに抜けようと思ったら,ここにもまた行列。天丼ではなく“天ぷらめし”の金子半之助。

 それにしても行列に並んでまで食べたいという気力がすごいね。行列が苦手な私は,日本橋なら行列のない名店がいっぱいあるだろうに……と思っちゃう。

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 あじさい通りを南へ。中華料理大勝軒の前に戻ってきた。

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 むろまち小路から仲通りに入り,南へ。

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 日本橋焼餃子の前から仲通りの北側を振り返る。コレド室町とコレド室町2を結ぶ連絡通路が見える。

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 日本橋三越新館の前,中央通りの日本橋北詰交差点に出る。

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 日本橋北詰交差点から日本橋を見る。

 大きく見えるビルはコレド日本橋。その上に頭が飛び出ているのがコレド日本橋とは永代通りを挟んで向かい合う東京日本橋タワーである。

 さらにその奥に見えるタワークレーンは,上の方で書いた海苔とお茶の「山本山」本社と丸三証券本社のビル跡地の日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業C街区の再開発による高層ビルで,そのまた隣の高島屋日本橋店本館(日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業B街区)の改修と合わせて工事が行われている。
 ちなみにここも三井不動産。丸の内の“三菱村”に対抗するかのように,日本橋の“三井村”化が進んでいる。

 地方では県庁所在地どころから政令指定都市でも街が寂れ,景気回復の実感に乏しい状況が続いているが,東京のど真ん中では不景気などどこ吹く風といった感じの再開発ラッシュに沸いている。

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 日本橋北詰交差点と日本橋三越新館。

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 そして日本橋川に架かる日本橋。日本の道路元標があり,日本の道路網の源である。

 ちなみに福島県の国道4号線あさか野バイパスには五百川に架かる「日本橋」があるが,こちらは郡山市和田町と宮市にまたがることから名づけられ,日本橋(ひもとばし)と読むので注意が必要である。

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 日本橋は1911年(明治44年)の竣工。日本の首都を代表する橋らしい重厚な石造二連アーチ橋で,親柱や中柱には塔柱が立ち,北詰東側は東京市の紋章を手にした獅子の青銅像が守っている。

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 日本橋の上を首都高速都心環状線が通っている。景観的に上に被さる首都高速を問題視する議論があり,地下化しようという話もあるようだ。

 Wikipediaの「日本橋 (東京都中央区)」の項には,現行の日本橋が1911年に完成した当時の写真が載っている。写真がパブリックドメインなので,次に写真とそのリンクを貼り付けてみた。

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 日本橋の見事さとともに,その手前の複線の線路に目が釘付けとなった。こんなところに鉄道が通ってたっけ? まさか貨物線か? ……と一瞬頭の中がパニックになりかけたが,日本橋の上を走っていた東京都電(当時は東京市電かな)の仮設橋だという考えに思い至り,やっと腑に落ちた。

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 日本橋の南詰東側には「滝の広場」が整備され,日本橋川には東京湾クルージングの日本橋船着場がある。

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 日本橋南詰の野村證券の前の「滝の広場」。

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 日本橋南詰東側の親柱の燈柱。

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 日本橋南詰の親柱も,東京市の紋章を抱えた獅子が守っている。

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 日本橋南詰東側のソメイヨシノの下……

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 日本橋南詰の野村證券ビル(旧日本橋野村ビル)は1930年(昭和5年)の竣工。奥行きがあって「軍艦ビル」とも呼ばれているらしい。

 このビルを含む一帯では,大規模な日本橋一丁目中地区の再開発計画が動いており,重要文化財等に指定されているわけではない野村證券ビルがどうなるのかは気になるところである。

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 中央通りの日本橋南詰の交差点。この「日本橋一丁目1,2街区」でも約7,000m²の再開発が計画されている。もちろんここも三井不動産の計画だ。

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 日本橋南詰西側の親柱。

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 首都高速都心環状線の橋桁に設置された「日本橋」の銘板と野村證券ビル。

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 日本橋南詰西側の親柱の燈柱と獅子。

 その後ろに見えるのは「K&K」の国分グループ本社である。K&K国分といえば缶詰のイメージで,少し前まで勝手に鹿児島県国分市(現在は合併して霧島市)の会社だと思い込んでいた。♫花は霧島 煙草は国分〜のイメージ。子供の頃に刷り込まれた記憶は強いね。

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 日本橋から中央通りの南方を見る。

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 日本橋の上を通る首都高速都心環状線にも「道路元標地点」と彫られた燈柱が立っている。

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 日本橋の中柱の燈柱の両側には麒麟がいる。

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 燈柱の影が伸び,そろい踏み。

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 麒麟は伝説の霊獣で吉兆をあらわすことから,東京の繁栄を象徴している。麒麟の羽は,ここが道路元標地点であり,ここから西に北に羽ばたくことをも意味しているらしい。

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 日本橋を渡り,北詰へ。

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 日本橋北詰交差点。

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 日本橋北詰交差点西側の親柱の獅子。

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 日本橋北詰交差点の横には「道路元標の広場」があり,旧東京市道路元標と日本国道路元標(複製)が展示されている。

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 東京市道路元標。
 里程標には,横浜市 二九粁,甲府市 一三一粁,名古屋市三七○粁,京都市 五○三粁,大阪市 五五○粁,下関市 一○七六粁,鹿児島市 一四六九粁 と書かれている。
 こういう一覧を見ると,その都市を選んだ基準が興味深く感じられる。今選ぶなら,甲府市じゃなくて静岡市,下関市じゃなくて福岡市かな。赤間関市じゃなくて下関市と書かれているということは,それほど古い記述ではないのかな。

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 日本橋三越本店新館と本館の間。空中に連絡通路がある。ここにはタクシーのりばがあり,次から次へとタクシーが出てくる。先にも書いたが,東京都心部の交通手段は地下鉄・タクシー・徒歩が主流である。

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 日本橋三越本店に室町一丁目町会の二の宮神輿が展示されている。この二の宮神輿は商売繁盛・医薬健康・開運招福のえびす様を乗せる神輿で,1973年(昭和48年)に日本橋三越が創業300年を記念して奉納したもの。

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 一週間後には神田明神御祭禮「神田祭」(室町一丁目祭)が開催され,この神輿も神田明神へ宮入する。神田祭は「天下祭」とも呼ばれ,山王祭・深川祭と並ぶ江戸三大祭りのひとつである。

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 日本橋三越本店の前から中央通りの北側を見る。

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 屋号が書かれた弓張り提灯がズラリと並ぶ。

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 日本橋三越本店本館正面玄関に並ぶライオン像。三越の象徴である。

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 日本橋三越本店本館正面玄関のライオン像。前足や鼻はみんなになでられてツルっつるだ。

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 江戸桜通りを挟んで向かい合うコレド室町(写真左・室町東三井ビルディング)とコレド室町3(写真右・室町ちばぎん三井ビルディング)。

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 中央通り(写真左)と江戸桜通りの交差点。

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 中央通りと江戸桜通りの交差点の三井本館(三井住友信託銀行・三井記念美術館)。

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 桜の季節以外は意外にひっそりとした江戸桜通りの日本橋三越本店本館に,「三越地階賣場 地下鐵入口(地下鉄銀座線三越前駅)」があるので地下鉄に乗るために三越前駅へ。

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 東京メトロ銀座線の三越前駅。

新日本橋〜日本橋室町
 ビルが多いのでGPS経路がグシャグシャになっている。

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS or SONY Cyber-shot DSC-RX100M3

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2017年5月 4日 (木曜日)

逢おうかまた蒲田で……Part2 大田区蒲田

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逢おうかまた蒲田で……Part2 東京都大田区蒲田


 JR蒲田駅西口周辺の繁華街を歩く。

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 品川から京浜東北線の電車に乗り,蒲田駅で下車。駅ビル「GRANDUO蒲田」西館を出る。

 グランデュオ蒲田西館は10年ぐらい前までは「サンカマタ」だったが,大規模な改修工事によって,2008年にグランデュオ蒲田として生まれ変わった。

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 蒲田駅西口前。

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 東急池上線・東急多摩川線蒲田駅の駅ビル「東急プラザ蒲田」はグランデュオ蒲田西館とほぼ一体化している。と言っても,全フロアがつながっているわけではないところが若干まぎらわしい。

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 蒲田駅西口のタクシーのりば。

 JR蒲田駅は不幸な駅である。

 蒲田駅には東海道線中距離電車のホームがなく,京浜東北線の電車しか停まらない。
 JR蒲田駅は東京都南部の拠点駅なので利用客数は多く,国内のJR線駅別乗車人数では23位(乗車人数144,072人)になっている。この数字は,東京都東部の拠点駅で総武線快速も停車する錦糸町駅の106,222人(42位)を大きく上回り,中野駅146,400人(22位)とほぼ同数である。

 JR蒲田駅に東海道線のホームが作られないのは,すぐ隣に川崎駅があるからだ。川崎駅は東海道の川崎宿に隣接しており,1872年(明治5年)に日本最初の鉄道が品川−横浜(桜木町)間に鉄道が開業した直後(約1か月後)に開業している。

 それから約30年後の1904年(明治37年),まだ見渡す限り田んぼだったところに蒲田駅が開業。蒲田の街は,この駅を中心に発達した比較的新しい街である。江戸時代からの街である川崎には,駅の出自の時点で敵わず,それを現在も引きずってしまっている。

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 蒲田駅西口には蒲田西口商店街のサンライズ商店街とサンロード商店街というふたつの全蓋式アーケードがある。

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 東急の駅ビル「東急プラザ蒲田」。

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 ふたつある全蓋式アーケード商店街のうち,北側にあるのがサンライズ商店街(西口本通り)。商店街の入口にあった「千成」という大きな八百屋がなくなって,携帯電話ショップになっている。八百屋・果物屋のいろどりは,商店街を印象づける上でとても重要だと思っているので,ちょっと寂しい。

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 サンライズ商店街の前からグランデュオ蒲田西館・東急プラザ蒲田(写真右)を振り返る。

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 ふたつある全蓋式アーケード商店街の南側にあり,東急池上線・多摩川線と平行しているのがサンロード通り。

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 サンロード通りの全蓋式アーケード。「どっきりカメラのキシ」のキシフォートは,“カメラ”,“フォート”を名乗っているが雑貨屋さん的ななにかである。

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 東急プラザ蒲田の前から蒲田駅西口の広場を見る。植栽の工事が行われている。

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 蒲田西口商店街のサンライズ商店街。

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 サンライズ商店街の全蓋式アーケード。

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 東急バスの路線バスが蒲田駅西口を出て行く。蒲田駅西口の駅前ロータリーにバスのりばはなく,駅前のバス通りにバス停が並んでいる。

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 蒲田駅西口のグランデュオ蒲田西館。耐震補強工事を含めて,大規模な改修工事で新しいビルになっているが,上層階の外観には1970年に開業したサンカマタの面影が残る。

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 蒲田駅西口から西に延びるバス通り。

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 グランドキャバレー「レディタウン」がある。

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 グランドキャバレー「レディタウン」。生バンドによる生演奏,生歌・ダンス。貴重な昭和の遺産とでも言える存在であるが,残念ながら8月10日で閉店してしまうとのこと。

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 蒲田西口商店街のサンライズ商店街「サンライズ・ショッピングモール」。

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 サンライズ商店街の全蓋式アーケードからJR蒲田駅を見る。

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 西口サンライズ通り「サンライズ・ショッピングモール」。

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 どっきりカメラのキシフォート,サンライズ蒲田店。カメラ関係は扱っていない。

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 西口サンライズ通りの「サンライズ・ショッピングモール」。

 蒲田西口商店街の東側にあるからサンライズ通り,真ん中がサンロード通りなのだと推測してみた。東急池上線・多摩川線沿いの路地はさしずめサンセット通りなのだと思われる(現実にはくいだおれ横丁・東急駅前通り「バーボンロード」となっている)……

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 約400mの全蓋式アーケード商店街である。

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 南側を見ると平行するサンロード蒲田の全蓋式アーケードが見える。

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 サンロード蒲田「サンロード・ショッピングモール」。

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 サンロード蒲田「サンロード・ショッピングモール」。サンライズ商店街に比べると幅員がかなり狭い。

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 さらに南側には東急池上線・多摩川線(目蒲線)が平行している。東急線のガード沿いは,東側(蒲田駅側・写真左)がくいだおれ横丁,西側が東急駅前通りとなっている。

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 東急駅前通り「バーボンロード」。

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 くいだおれ横丁。ガード上に東急蒲田駅のホーム屋根が見える。

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 東急駅前通り「バーボンロード」。その名の通り飲食店が多い。

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 東急駅前通り「バーボンロード」。東急池上線と多摩川線の電車が頻繁に走る音がするが,残念ながら商店街と一緒に写せる場所が見つからなかった。どこかに俯瞰できる場所があればおもしろいのだが……

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 サンライズ商店街の亀屋百貨店の前に戻る。亀屋百貨店は昭和2年の創業の老舗。家具とインテリアの大きな店だ。

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 亀屋百貨店とサンライズ蒲田「サンライズ・ショッピングモール」。

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 西口サンライズ通り「サンライズ・ショッピングモール」を西へ。

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 蒲田センタービル。

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 西口サンライズ通り「サンライズ・ショッピングモール」のイナバかばん店の前の四ツ辻。

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 四ツ辻を南へ。サンロード蒲田の全蓋式アーケードはここ(写真左)で終わっている。突き当たりは東急線のガード。

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 おふくろの味「蒲田食堂」昔懐かし定食や……と看板に書かれているめし処「壱番隊」。どれが店名だかわかりにくい。店の前で子供たちが遊んでいるという,最近では珍しくなった光景が見られた。

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 蒲田食堂(壱番隊)の前から西側を見る。

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 サンロード蒲田の全蓋式アーケードの中から西側を見る。

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 サンロード蒲田「サンロード・ショッピングモール」。

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 東急池上線の電車とガード横の東急駅前通り「バーボンロード」。

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 蒲田食堂「壱番隊」の横から西に続く路地。

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 サンライズ蒲田商店街に戻る。

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 サンライズ蒲田商店街の純喫茶「リオ」。こういう喫茶店が残っているかどうかは,街の奥深さの指標になる。

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 イナバかばん店の前から東側(蒲田駅方向)を振り返る。

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 蒲田西口商店街から駅前のバス通りを渡り,蒲田西口クロス通り商店街へ。蒲田西口クロス通り商店街は蒲田駅西口の駅前ロータリーの西側に広がり,バス通りと多摩堤通りに挟まれたエリアにあたる。

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 このあたりは,昔少年チャンピオンに連載された漫画「750(ナナハン)ライダー」の作者の出身地だとかで,三番街すずらん通りには「750ライダー」の商店街フラッグが下がっている。

 ただ,蒲田西口すずらん通り商店街は蒲田駅前から多摩堤通りに沿った商店街だと思っていたので,ここがすずらん通り商店街なのか,蒲田西口クロス通り商店街との関係がどうなっているのかがよくわからない。

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 蒲田西口クロス通り商店街を東の蒲田駅方向に歩く。

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 蒲田西口クロス通り商店街のスナック「ガッティ」の横から多摩堤通り方向に続く路地。

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 蒲田西口クロス通り商店街の西側を振り返る。

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 蒲田西口クロス通り商店街は,大きな荷物を引きずって蒲田駅方向に向かう人が多い。商店街の西側にホテルが多いからだと思われる。

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 蒲田西口クロス通り商店街の立花屋。ここの四ツ辻が「クロス通り」の名の元になった交差点だと思われる。大正時代,このあたりにやっと市街地が形成し始め,まだ「御園(ミゾオ)」と呼ばれていた頃(現在は西蒲田七丁目),既にここには十字路があったことが古い地形図から見てとれる。

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 立花屋を正面から捉えた写真を撮っておく。

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 立花屋の前からクロス通りの東側を見る。突き当たりには蒲田駅前の弘城ビルが見える。

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 立花屋の前から蒲田西口クロス通り商店街の西側を振り返る。

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 四ツ辻の少し北側から立花屋・蒲田駅前郵便局方向を振り返る。

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 ラーメン二郎JR西口蒲田店がある。ラーメン二郎と言えば,山盛りになったラーメンの写真を何度も見たことはあるが,たまたま今まで自分の行動範囲に店が存在したことがなく,たぶん生まれて初めて「ラーメン二郎」として視野に入ったラーメン二郎である。店に入らず通過したけど……

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 写真左奥が多摩堤通りとの交差点。

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 ラーメン二郎の前から西に延びる蒲田西口クロス通り商店街を西へ。

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 スナック「カトレア」,スナック「香奈児(シャネル)」がある四ツ辻。香奈児でシャネルは読めない。

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 そのまま西へ歩き,小さな飲食店街のある交差点へ。

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 かつての地名が残る御園写真館の先にはビジネスホテルやラブホテルが並んでいる。

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 多摩堤通り(蒲田西口すずらん通り商店街)へ出る。左側は壱岐いきスナック「さくら」。

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 多摩堤通り(都道11号線)をJR蒲田駅西口に向かって走る東急バス。

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 大國鮨から時計・宝石の精光堂の並び。交差点の45°面取りが美しい。

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 大國鮨の並び。

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 しゃれた工場風にも見える建物。元は何だったのだろう。

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 東京蒲田病院北西の多摩堤通りの交差点。大田都税事務所バス停の近く。

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 東京蒲田病院の裏側(南側)に回ると,10分ぐらい前にチラッと見た飲食店街となる。

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 小料理店やスナックがズラリと並ぶ。

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 特にこの飲食店街の名前があるわけではないようだ。

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 BAR「黒ばら」の前から東側(蒲田駅側)を見る。

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 交差点の45°面取りは大好きだが,角アールはもっと好きだ。

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 焼鳥「松之山」。

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 角アールの建物だけでも大好きなのに,それが向かい合わせになっていて,立ち去りがたい。

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 後ろのビルは東京蒲田病院。

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 焼鳥「松之山」の前から西側を振り返る。

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 西蒲田七丁目,東京蒲田病院裏の飲食店街。

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 西蒲田七丁目,東京蒲田病院裏の飲食店街。

 午後6時半を過ぎ,だいぶ暗くなってきた。

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 再び多摩堤通りを横断して北側の西蒲田六丁目側に抜け,細い路地を通って女塚神社方向へ。榛名看護婦家政婦紹介所がある。このあたりは女塚(ヲナヅカ)という地名だったところである。

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 曲がった道路の雰囲気や古い地図を見た感じだと,右側の道路はこのあたりに家がほとんど建っていなかった頃からの道だと思われる。

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 西蒲田六丁目の女塚神社。もともとはJR蒲田駅東口付近にあった旧御園村・旧女塚村の鎮守の八幡社が,東海道線の敷設でこの地に移転し,女塚神社と改称したものらしい。

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 女塚神社の前から大城通り商店街に抜ける。

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 大城通り商店街。蒲田駅近くの多摩堤通りから都立大森高校付近まで,北北西に約900mもある長い商店街である。

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 大城通り商店街。相生小学校の東側にある変形六叉路(駐車場への通路を入れると七叉路のようにも見える)。

 蒲田付近はもともとは水田地帯で,東京湾に向かってかすかに傾斜のある水田に水を配するために形成されたあぜ道が元になった道路が多く,そこを旧東海道や東海道本線が斜めに真っ直ぐ横切ったところに街が形成したため,道路が斜めに交差している箇所が多く,必然的に五叉路・六叉路(そして七叉路の「七辻」でも有名)が多くなる。

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 大城通り商店街の南端にある商店街アーチ。
 このあたりから西蒲田一丁目〜六丁目にはバス路線がなく,公共交通機関のないエリアが広がっており,タクシーと自転車を多く見かけた。

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 大城通り商店街の商店街アーチの横が五叉路になっている。

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 大城通り商店街の南端の五叉路。

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 飲食店の多い細い路地を通って蒲田駅近くの多摩堤通りに抜ける。

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 西蒲田五丁目にはスナック・小料理屋が密集した三角地帯がある。

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 三軒茶屋の三茶三角地帯より規模は小さいが,紛れもない三角地帯である。

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 直角三角形なのでここの角度は90°。

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 直角三角形の鋭角の横にスーパーホテル東京JR蒲田西口がある。

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 ツタが電線にからまっている。

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 直角三角形の斜辺にあたる路地。直角三角形の斜辺の長さは外接円の直径に等しく,直角をはさむ2辺の長さの和から内接円の直径を引いた差に等しい。

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 直角三角形の斜辺を蒲田駅方向に伸ばした路地にある長屋式飲食店街。

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 多摩堤通りとの交差点が見えてきた。

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 路地の北西方向を振り返る。

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 多摩堤通りとすずらん通りとその他の通りの交差点。日本工学院専門学校・東京工科大蒲田キャンパスの前にあるこの交差点は,蒲田らしく数え方によっては七叉路になっている。

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 日本工学院専門学校・東京工科大蒲田キャンパスの前の交差点から蒲田西口クロス通り商店街・蒲田駅前郵便局方向に延びる通り。

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 この通りは多摩堤通りから蒲田駅方向に延びるバス通りで,バスの降車場が並んでいる。

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 中島ビル。

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 蒲田駅前の降車場に到着した蒲田駅行きのバス。

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 蒲田駅前のニューカマタビル。

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 蒲田駅西口には弘城(ひろき)ビルが複数あるだけでなく,パチンコ弘城やシティホテル弘城,焼肉弘城,中国料理大飯店弘城,台湾菜館弘城など,ヒロキがあふれている。

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 Club Music & Bar 8810。階段のところに身体がはさまって入れなかった……というのはウソだよ。

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 多摩堤通りからJR蒲田駅ホームの横に続くすずらん通り。突き当たりに京浜東北線の電車が停まっているのが見える。
 たぶんここがもともとの多摩堤通りで,東海道本線で分断されてしまったのだと思われる。

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 ここから日本工学院専門学校・東京工科大蒲田キャンパス方向に延びているのが蒲田工学院通り商店街である。

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 蒲田工学院通り商店街には飲食店,特にラーメン屋がとても多い。

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 工学院通り商店街で晩飯を食べようと思ったが,若い人向けの店ばかりのような気がして困ってしまう。

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 工学院通り商店街。

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 蒲田工学院通り商店街の蒲田駅方向を振り返る。

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 工学院通り商店街の商店街アーチ。

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 蒲田駅前のドン・キホーテ。

 ゴチャゴチャとした雑多なものは案外大好きなのだが,なぜかドン・キホーテは私の琴線に触れず,半世紀以上の人生でいまだに利用したことがない。

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 ドン・キホーテ他が入る弘城ビル。都市の雑居ビルの典型といった感じである。

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 蒲田駅から電車に乗って帰路に着く。

 蒲田の街のごく一部を歩き回っただけだが,雑多な街を満喫した。やっぱり蒲田は奥が深い。

蒲田駅西口

── SONY α7S + Vario-Tessar T* FE16-35mm F4 ZA OSS

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2007年11月17日 (土曜日):蒲田の街で晩飯を食う
2010年11月20日 (土曜日):逢おうかまた蒲田で……
2011年11月20日 (日曜日):蒲田駅から品川行きのバスに乗った

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